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『お菓子パーティー』 その五

 起きる様子のないショコラちゃんをこのまま放置するのもかわいそうなので、ブランケットをかけてあげた。気持ちよさそうにすうすう寝息を立てる顔は、いつもの彼女だった。


「それにしても、なんでショコラちゃんがあんなことを……」

「いきなりでしたものねぇ」

「うーん、なんとなく、原因がわかるかも」

「アン先輩、まさか私のやつ以外にもなにか仕込んだのですか?」

「あたしが仕込んだというか、あたしが持ってきたお菓子全部に最初から仕込まれてたやつ……お酒、だと思う」

「……なるほど、アンの用意したボンボンショコラには、ウィスキーが入っていましたわね。きっと、ショコラちゃんはお酒に弱い体質なのでしょう。ショコラちゃんのような南方移民系の方たちの中には、お酒に耐性のない人がいると、聞いたことがありますわ」


 少量だけど、お酒の入ったものを食べた。そして、お酒に弱い体質のショコラちゃんは酔っ払ってしまった、と。


「そうだったんですね……難儀だな、ショコラのやつ」

「……これから、持ってくるお菓子は考えないといけませんわね。お酒が入ったようなものは、なるべくやめましょう」


 体質で食べられる物が制限されてしまうなんて、仕方ないこととはいえショコラちゃんが気の毒だ。


「ショコラがこんな状態じゃ、お菓子パーティは中断かなぁ。残ったお菓子、どうしようか」

「りあえず、食べかけの物は食べて、他は持って帰りましょうか。ショコラちゃんの分も、包んであげましょう……と言っても、あらかた食べちゃってますわね」


 円卓上のショコラちゃんのエリアには、クッキー一袋とコンペイトウ一粒しか残っていなかった。あの短い間に、分けたぶんはほぼ全部食べてしまったようだ。

 ともあれ、わたしたちは残ったお菓子を食べることにした。


「アンさん、なんでショコラちゃんが酔っ払ってたって、わかったんですか?」

「んー? あたしさ、親戚の宴会とか混じって騒ぐ時があるんだよ。酔っ払うとみんな人が変わるから面白いんだけど、ショコラもそんな感じがしたから、たぶん、そうかなと思って」

「そうなんですか……すごいですね。素面で酔っ払いの人たちと騒ぐなんて」


 そういえば、わたしも幼い頃に酔っ払ったお父さんの相手をしたことがあるのを思い出した。普段寡黙なくせに、やたら陽気になるから、すごく面倒くさかった。


「にしし、まぁね」

「うふふ、わたくしもご一緒したことがありますけれど、アンのお兄様には困ったものですわ。老若男女構わず愛を語風る様はもう畏怖すら感じますわ」

「あーっ!! ちょっと、それ言わないでよ!!」

「しかも、それだけでは、飽き足らず色んなところをまさぐりますのよ。えぇ、それも老若男女問わず」

「だーっ!! やめて!!」

「アン先輩……」

「ちょっとメグ!! なにその軽蔑した目は!! あたしじゃなくて、にーちゃんの話だからね!!」


 なんだかんだで話は盛り上がる。けれど、ショコラちゃんのほわほわした合いの手がないと、なんだか物足りない。

 そんな中で残り物をやっつけて、みんなで後片付けをする。お皿をかちゃかちゃ重ねても、部室のドアをがらがらと忙しなく開閉しても、ショコラちゃんは起きる気配を見せなかった。


「あたし、ショコラが起きた時のために水買ってくるよ」


 一通りの片付けが終わったところで、アンさんが言った。


「先輩に買いに行かせるわけにはいきません。ここは私が……」

「いーの!! ショコラが酔っ払っちゃったの、あたしのお菓子のせいだし!!」

「しかし――」

「い・い・か・ら!! あたしが行くったら行くの!!」


 メグちゃんの静止を振り切り、アンさんは部室の外へ飛び出た。


「あの子なりに責任を感じているのですわ。わたくしも、ちょっとそこまで行ってきますわね」


 シャリーさんも部室から出て行って、わたしとメグちゃんはすることが無くて、タタミに座ってただショコラちゃんの寝顔を見る。穏やかな、満ち足りた寝顔だった。


「うぇへへ〜……お菓子いっぱい〜……幸せ〜……」

「はは、こいつは夢の中でもお菓子を食べてるようだな」

「そうみたいだね」


 苦笑いで顔を見合わせる。ふいに、メグちゃんが真面目な顔になった。


「それにしても、酒というものは恐ろしいな。人の性格を変えてしまう作用があるなんて」

「うん、わたし達も、気をつけないとね」

「……私達は、酔っ払ったら、どうなってしまうんだろうな」

「さぁ。わたしのお父さんは、普段静かなのにやたら陽気になるから、わたしもそうなるかも」

「ユリィが陽気に、か。ははっ、想像できないな」

「わたし、そんなに陰気臭い?」

「陰気ではないが、陽気ではないな。なんというか、淡々としてるよな」

「えぇ? そうかな?」

「あくまで私から見たお前のイメージだよ。じゃあ逆に、ユリィは、私のことどう思う?」

「えっと……基本的にクールだけど、かわいいところもある、とか」


 メグちゃんは一瞬目を見開いてから、頬を紅に染めて微笑んだ。


「ふふっ、そうか。そう思ってくれてるか。……そう、なのか。……自らが抱くイメージと他人からのイメージなんて、乖離していてしかるべきものなんだ。……本当の自分なんてものは、どこにもないのかもな。私が思う私、ユリィが思う私、どちらも私であって、私ではない」

「どうしたの急に哲学的なこと言って。もしかして、メグちゃんも酔ってるの?」

「あぁ、そうだな、酔っ払ったショコラと酒にあてられて、少々酔っているのかもしれない。……なぁ、ユリィ」


 ずい、と秀麗な顔立ちが近づいてきた。琥珀色の瞳の中にいるわたしは、戸惑った顔だった。


「な、なに?」

「お前の瞳に映る私は、どんな顔をしている? なにを考えていると思う?」


 血色のよい唇が言葉を紡ぐと、清涼感のある香りがした。いつの間にか彼女は、ガムを噛んでいた。


「そんなの、わかんないよ」

「こうしたらわかるか?」


 肩を捕まれ、ぐい、と押し倒された。不意をつかれ、ただ成り行きに任せるしかなかった。わたしに跨がるメグちゃんは、真面目な顔だった。凛とした、何か覚悟を決めたような。瞳の中の琥珀に、吸い込まれそうだ。ショコラちゃんがすぐ隣で、くぅくぅと寝息を立てている。異様に背徳感溢れるシチュエーションだった。もろもろの思いが去来した長い一瞬の後、にわかにメグちゃんが破顔した。


「ぷっ……あははははっ! なんだその顔! 冗談だよ、冗談」

「だ、だよね! 焦ったー、メグちゃんまでおかしくなったかと思ったよ」

「ははっ、そんなわけないだろ」


 メグちゃんは普通にわたしの上からどいてくれた。よかった。わたしを“てごめ”にしようとするメグちゃんなんて、いなかったんだ。


「う〜ん……」


 わたしが胸を撫で下ろしたところで、ショコラちゃんはもぞもぞと動き、眩しそうに眉間にしわを寄せた。


「あ、ショコラちゃん、大丈夫?」

「……う〜、む〜……ふあぁ」


 上半身を起こし大あくびした彼女は、寝ぼけ眼をぐしぐしとこすった。 


「やっと目が覚めたみたいだな、心配したぞ」

「おはよ〜。……あれ〜? 私いつの間に寝てたの〜? お菓子パーティーは〜?」

「うん、詳しいことは追々話すよ。体調は大丈夫?」

「う〜ん……ちょっとあたま痛いし、気持ち悪いかも〜」

「無理はするなよ。今、アンさんが水を買ってきてくれるからな」

「……ん~? わかった〜」


 ショコラちゃんは夢うつつのとろんとした瞳で、わたしたちを眺めている。先ほどわたしを襲った人物は、本当に彼女だったのだろうか。人格を変えてしまう作用があるなんて、つくづく酔うという現象は恐ろしい。

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