『お菓子パーティー』 そのニ
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紅茶をティーポットに淹れてから、わたしたちは円卓の周りに座る。めいめい、自分の持ってきたお菓子が入った袋を膝の上に置いている。
今日はお菓子パーティーなのだ。
アンさんから時計回りに、シャリーさん、メグちゃん、ショコラちゃん、わたしの順でお菓子を発表することになっている。
「じゃあ、あたしからいくね。……じゃーん!! ボンボンショコラの詰め合わせだよ!!」
アンさんが取り出した箱の中には、いろんな形のボンボンショコラが、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「わ〜、おいしそ〜!」
ショコラちゃんの目がきらきらと輝いている。
「なにか仕込んでるな」
「うん、仕込んでるね」
わたしとメグちゃんの目は淀んでいた。
アンさんはこういう詰め合わせのお菓子に、大抵なにかしらの仕掛けを仕込む。それは激辛ソースだったり、苦い薬液だったり、食用の虫だったり、バラエティーに富んでいる。だいたい、わたしかメグちゃんのどちらかが引っかかるのだ。
「あ、バレた? にししっ、運試しだよ!!」
「わたし、辛いのは嫌だなぁ……」
「私は虫じゃなかったらなんでもいい! あの食感……ああっ、思い出しただけで寒気がする……」
「うふふ、そういうのも含めてアンのお菓子は楽しみですの」
「早く食べたいな〜」
シャリーさんとショコラちゃんは今まで一度もはずれを引いたことがないため、余裕しゃくしゃくである。彼女たちがはずれを引くことを祈るばかりだ。
「さて、次はわたくしですわね。……はい、プチフールですわよ」
小奇麗な黒い化粧箱を、宝箱の蓋でも開けるように、シャリーさんは開けた。中には、一口大のケーキが六つ収まっていた。
「きゃ〜! “ゴルトクーヘン”のプチフールだ〜! えへ、えへへへ〜」
よだれを垂らしそうになっているショコラちゃんの言うとおり、シャリーさんが傍らに置いた蓋には金色の飾り文字で『ゴルトクーヘン』と書かれていた。まさか、リュッケンハイネ随一の高級菓子舗のプチフールをこの場で食べられるとは思わなかった。この部活に入ってよかった。
「あれ? いち、にー……むっつ入ってるじゃん。あたし二つ食べていい?」
「ダメですわ。平等にいきましょう。そうですわね……アンのお菓子で、はずれを引いたかわいそうな子が食べられる、ということにしましょうか」
「シャリーさん、流石です! よーし、わたし、絶対はずれ引くよ!」
「たかがプチフール一つごときではずれを甘んじて受け入れるのか?」
「じゅるっ、私だって絶対はずれ引く〜!」
「ショコラまで……これじゃ、はずれなのか当たりなのかわからないな」
「言っとくけど、今日のはずれは特別、強烈なやつだからね!! はずれがほしいならそれなりの覚悟をしなよ!!」
恐ろしいことを言ってくれる。いったい何が仕込まれているのだろう。
「うっ、強烈なやつって……」
今までの酷さを知っている身としては、その一言で尻込みしてしまう。
「それでも、私は負けませんよ〜!」
ショコラちゃんはやる気まんまんだ。本人が望んでいるのだから、アンさんはショコラちゃんにはずれを引かせてあげればいいのだ。
「……よし、次は私だな!」
待ってましたと言わんばかりにメグちゃんはシュトレンの箱を取り出して、得意げに開けてみせた。
「あら、シュトレンですの」
「うまそー!!」
「早く食べたいな〜」
ショコラちゃんは人差し指を唇に当ててメグちゃんのシュトレンを眺めていた。
「メグ、それ切れてるやつ?」
「あぁ、そうだった。切らないと……えーっと、ケーキナイフはどこだったか」
食器棚は部室の隅に据え付けてある。メグちゃんが歩いていく様子を見て、物で溢れているとはいえ、教室まるごと一つが部室というのは広すぎる気がした。
「一番上の右の引き出しの中に入ってますわよ」
「右の引き出し……おぉ、あった! ありがとうございます、シャリー先輩」
メグちゃんはナイフを片手に、意気揚々と戻ってきた。ナイフの持ち方が、ケーキを切るというより人を刺すような持ち方なのが怖い。
「よし、切るぞ……」
すごくぷるぷる震えている。添える指を切ってしまいそうで、危なっかしいことこの上ない。
「待って〜、私が切るよ〜」
見てられなかったのか、隣にいたショコラちゃんがメグちゃんからナイフを優しく取り上げた。そして、淀みのない手つきでシュトレンを素早く切り分けていく。
「むぅ……すまない、ショコラ」
「いいよ〜。怪我しちゃいけないもの〜」
メグちゃんとショコラちゃんの女子力の差が、垣間見えた瞬間だった。
「よ〜し、次は私ですね〜。は〜い、クッキーですよ〜」
ショコラちゃんの手の上には、クッキーがぎゅうぎゅうに詰まったかわいい小袋がある。それが紙袋の中から、一つ二つ三つ……まだまだ出てくる、六つ七つ……十袋出てきた。
「えへへ〜、ちょっと買い過ぎちゃったんです〜。遠慮しないで、いっぱい食べてくださいね〜。じゃあ、右の人に回してくださ〜い」
ショコラちゃんはクッキーを二袋、右隣のメグちゃんに渡す。
「ありがとう」
メグちゃんはクッキーの袋を眺めてから、右に送る。
「クッキー!! 早く食べたい!!」
アンさんはわくわくした面持ちで、右に送る。
「ショコラちゃんらしい、かわいいクッキーですわね」
シャリーさんはにっこり微笑んで、右に送る。
「美味しそうだね」
みんなに倣い、右に送る。
「わ〜、おかえり〜」
帰巣本能によって、ショコラちゃんの元にクッキーは帰って来た。
「ユリィが右に送ったら意味ないだろ!」
「あ、ごめん、そうだった……」
「あはははっ!! ユリィばっかでー!!」
「うふふ、ユリィちゃんかわいいですわー」
「も〜、じゃあ今度はユリィちゃんから回すからね〜」
わたしから回した結果、問題なく全員に行き渡った。なんだかわたしがアホの子みたいだ。
「最後はわたしかぁ……はい、これです」
最後に、わたしの番が回ってきた。みんなの凝ったお菓子たちの後に出すのは気後れするけど、意を決して小さい紙袋の中から自分のお菓子を取り出す。
「これは……なんですの?」
「なんだこれー!! 変な形ー!!」
透明な小瓶に入った色とりどりの小さな砂糖の塊は、一つ一つがとげとげした不思議な形をしている。
「コンペイトウ、ってやつです」
「コンペイトウ? 名前も変だね!! あははっ!!」
「こ、これが、かのコンペイトウ、ですの……」
なぜかシャリーさんは固唾を飲み、コンペイトウを恐ろしい物であるかのように見ている。
「へ〜、これがコンペイトウか〜。初めて見た〜」
「ショコラでも初めて見るお菓子ってあるんだな」
「あんまりこっちじゃ見ないからね〜。これ、ヤマトのお菓子なんだよ〜。ワガシってやつ〜」
「えっ、お菓子なんですの? 秘伝の霊薬じゃなくて?」
シャリーさんが素っ頓狂な声をあげる。
「えっ? 秘伝の霊薬、ですか?」
「コンペイトウはただのお菓子ですよ〜?」
「そんな……わたくしが読んだ本では、コンペイトウはヤマトのニンジャ達が用いる、オーラヂカラが詰まった秘伝の霊薬で、一粒食べると水の上を走ったり空を飛んだりシュリケンを生み出したりできるという説明でしたのに……」
おおかた、娯楽小説の内容を真に受けているのだろう。シャリーさんはそういうところがある。
「ニンジャの秘伝の霊薬だと!」
「なにそれかっこいい!! あたしも食べればニンジャになれるのかな?! にんにんでござるー!!」
メグちゃんは目を輝かし、アンさんはきゃっきゃとニンジャの真似をしてはしゃぐ。二人とも、ニンジャという言葉を聞いて明らかにテンションが上がった。
「いや、残念ながらそれはないですよ……わたしが味見で食べた時、なんともなかったですし。なんなら、食べてみますか」
「わーい!! ニンジャになるぞー!!」
コルクでできた瓶の蓋を開けるとほぼ同時に、アンさんの小さな手が素早く伸びてきて、コンペイトウを一粒かっさらっていった。
「あーん、んむ……」
「ど、どうですの?」
「アンさんがニンジャになるぞ!」
「んー……シュリケン、出ろー!! やーっ!! うおーっ!!」
手のひらを前に突き出して一生懸命掛け声を出しているけど、シュリケンは出てこない。
「飛ぶぞー!! にんにーん!!」
椅子の上に立ち、ジャンプしてみるけど、普通に床に着地するだけだった。
「……あれー?」
「だから、ただのお菓子ですよ。ニンジャの霊薬だなんて、嘘っぱちです」
「ぶー、なんだー、ニンジャになれると思ったのにー。つまんないの!!」
唇を尖らせてアンさんは椅子にどかっと腰掛けた。
「まぁ、そんなものだよな。……べ、別にがっかりはしてないぞ! うん!」
二人のテンションに水をさしてしまったけど、ヤマト人の血が流れている幼馴染のレイ君が勘違いされないためにも、ヤマトに関する間違った認識は正さなければならないのだ。
「はぁ、わたくし、間違った知識をひけらかしてしまって恥ずかしいですわー!」
シャリーさんは両手で顔を覆ってぶんぶんと首を振っている。
みんなの夢を壊してしまった感があるのは、ちょっと申し訳ない。




