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『七不思議』 その七

 彼女のガラクタに対する情熱と考察は並々ならぬものだった。けれど、腹から綿が飛び出たぬいぐるみを『愛の行き先』、折れた角材を『勇気』などと言われたところで、わたしにはさっぱりわからない。特にお気に入りなのは、首にかけた金ぴかの懐中時計で、彼女はこれを『悠久の友』と言っていた。


 早々に彼女の講義に飽きたらしいアンさんは、「自慢のコレクションをもっと近くでじっくり見たいな!! 壊さないからいいよね?」なんて言って、さっさと上に逃げて行った。

 独特な感性から繰り広げられるガラクタ講義が、四つ目に差し掛かろうという時だ。ベンチに腰掛けモニカ先生を膝枕していたメグちゃんが、声をあげた。


「モニカ先生! 気づかれましたか!」

「わ、私……あっ! ゆ、幽霊はどうなりました?」


 モニカ先生はふらりと膝から起き上がり、きょろきょろと周囲を見回した。


「やっとメガネが起きたの。人の顔を見て気絶するなんて、失礼なやつなの!」


 講義を中断して、トラウムちゃんはモニカ先生の前に行って腕組みをした。わたしたちも、モニカ先生の元に集まる。


「えぇ? ス、亜人スルークさん? なんで?」

「亜人呼ばわりはやめるの! 亜人じゃなくてトラウムなの!」

「まぁまぁ、トラウムさん、落ち着いてくださいな。実は、かくかくしかじかでして」


 シャリーさんの説明を聞いて、モニカ先生は悩ましげに眉をひそめた。


「こ、困りましたね。ここを占拠しているのが亜人さんとなると……まずは校長、それから、や、役所にも話を持っていかないと」

「またヤクショなの!」 

「ま、また、ですか?」

「この前、亜人居住区画コロニーを抜け出して散歩してたら、ケーサツに捕まってヤクショに連れてかれたの! トラウムは人間の街を見たいだけなのに、あいつら、『亜人は勝手に亜人居住区画から出ちゃダメ』って言うの! なんでダメなの!」

「あ、貴女たちが、保護対象だからだと思いますよ」

「そんなのわかってるの! でも、トラウムは人間の街を歩きたいの……」


 しゅんとうなだれてしまった彼女の手首に巻かれた、亜人識別票に目がいく。シュリちゃんと同じ無機的なデザインのそれは、彼女にとっては枷でしかないのだろう。けれど、それは彼女が『保護されている亜人』であることの、何よりの証明でもあるのだ。


「……わ、私には、なにもしてあげられません。すみません」

「そんなに亜人居住区画の外に出たいの〜?」

「当たり前なの! トラウムは、人間の建築物や芸術作品をいっぱい見たいの。画像や映像じゃなくて、ナマのやつに触れたいの。それで、いつか、自分でも……」


 彼女の瞳の赤は、憧憬を燃料にして燃える夢の炎の色かもしれない。確固たる目的意識が、強い眼差しから感じられた。


「じゃあ、うちに来る?」

「お前の家なの?」

「うん。うちのお母さん、錬金術師だから、頼み込めば二人目の“弟子”くらい、なんとかなる、と思う」


 そんな簡単な話じゃないのは重々承知だ。けれど、夢を語る彼女の応援がしたくて。見ている方向は違っても、“夢”を見ている彼女に、共感を覚えたから。


「ふーん。……悪くないの」

「じゃあ――」

「でも嫌なの! トラウムは働きたくないの。トラウムは自由に生きてたいの。誰かの下で働くなんて、まっぴらごめんなの!」


 あっけらかんと、トラウムちゃんは言い放った。感動的な路線で話が進みそうだったのに、これじゃ台無しだ。せっかくかっこいい感じの独白まで入れたのに。


「ユリィちゃん、トラウムさんの代わりにわたくしを“弟子”にどうかしら? ユリィちゃんのためなら、どんなご奉仕でもいたしますわよ」


 さらにシャリーさんが追い打ちをかけてくる。どうしてこう、しまらない感じになってしまうのだろう。


「おーい!! トラウムちゃーん!! なんかもげちゃったんだけどー!!」

「はぁ?! なにやってるの黒髪チビ! 触るなって言ったの!」


 もの凄い速さで、トラウムちゃんは階段を駆け上っていった。


「時計塔に潜む亜人か。最後の最後で、七不思議足り得る案件だったな」


 頭上で響く甲高い怒声を尻目に、メグちゃんが言った。


「さ、最後の最後で、とんでもない案件ですよ。うぅっ、どうやって報告書を書けば……」

「報告書……あの、トラウムちゃんがここに秘密基地を作っているって学校に報告したら、トラウムちゃんはここから立ち退かないといけないんですか?」


 ここは、彼女にとっては、自分だけの城のようなものだろう。それを取り上げるなんて、酷なことではないだろうか。


「……そ、そうなる可能性は十二分にあるかと」

「あんなに楽しそうにしているのに、かわいそうだよ〜。私達がお役所にお願いして、ここをトラウムちゃんの秘密基地として認めてもらうことはできないんですか〜?」

「そ、そんなに簡単な話ではありません。亜人さん達は、一人一人が“国有遺産”ですから。亜人居住区画外、しかも学校の敷地内で、もし彼女の身になにかがあったら、だ、大問題になります」

「そうですか〜……」


 みんな押し黙ってしまった。結局、わたしたち一般人にできることは、祈るくらいが、関の山なのだ。

 かかん、かかん、と二つの足音が階段を下ってくる。げんなりした様子のアンさんを後ろからせっついて、唇を尖らせたトラウムちゃんが降りてきた。あのアンさんをげんなりさせるなんて、なんとも末恐ろしい。


「なんなの、お前たち、シケた顔して」

「い、いえ、なんでもありませんよ」

「ふーん。……って、あーっ! もうこんな時間なの!」


 首にかけた懐中時計を見て、トラウムちゃんが叫んだ。時計はガラクタではなかったようだ。


「晩御飯の時間なの! トラウムは帰るの!」


 もと来た穴の目前まで一足飛びに駆けてから、くるりと彼女は振り返った。


「お前たちのこと、けっこう気に入ったの。たまには遊びに来るといいの。ばいばい、なの!」


 はにかんで手を振って、彼女は穴に飛び込んだ。白い手が手探りで穴の蓋を閉めるまで、わたしたちはずっとその様子を見守った。


「……行っちゃいましたね」

「えぇ。つむじ風のような子でしたわね」 

「これで一応、七不思議の調査は終わり、なのか?」

「あー、そうだね。疲れたしあたし達も帰るかー」

「アンさん、急に冷めてませんか〜?」

「結局どれもこれも肩透かしだったもん、期待外れだよ、まったく」

「み、みなさん気をつけて帰ってくださいね。私は職員室に戻りますので」


 こうして七不思議の調査は幕を閉じたのだった。

 それから数日間、何度か時計塔に顔を出してみたものの、トラウムちゃんと出会うことはなかった。

 そしてあくる日、なぜか唐突に時計塔の工事が始まっていた。簡易な柵にぐるりと周囲を囲まれ、さらには警備のおじさんが徘徊するようになってしまって、入ることはおろか近づくことすら困難になってしまった。


「わ、私も、気になるんですけど、みだりに亜人の個人情報は教えられないって言われて……すみません」


 モニカ先生は、彼女のその後を知らなかった。


「彼女と同じ亜人居住区画の亜人に聞いてくるにしても、外に出ていない亜人の個人情報を、外の人間に漏らしたら、シュリもですけどマリィとユリィまで厳罰を受けてしまいます。……力になれなくて、申し訳ないのです」


 頼みの綱のシュリちゃんも、法律には勝てないようだ。

 これで彼女への手がかりは、全て潰えた。まるで掌に舞い落ちた一粒の淡雪のように、彼女は跡形もなく消えてしまった。


「あのトラウムとかいう亜人、どこ行ったんだろうな」

「案外けろっとして、他のところに秘密基地作ってるかも」

「そうだよね〜。きっと元気でどこかにいるよね〜」


 けれど、あの場にいたみんなは確かに覚えている。彼女は幽霊や幻なんかではなく、確かに存在していたのだ。

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