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『七不思議』 その六

 そしてついに、最後の七不思議だ。旧校舎の時計塔、ここには白い少女の霊が住み着いている、という噂がある。

 数年前はこの学校の生徒だったモニカ先生いわく、旧校舎が使われていた頃、ここは立ち入り自由で、生徒の憩いの場になっていたそうだ。今は封鎖されているけど、壁に沿うようにして螺旋を描いて上まで伸びている階段も、利用できたそうだ。てっぺんにある無骨で精巧な時計の機構が動く姿を、間近に見ることができたらしい。


 アンさんはてっぺんが怪しいとふんで、どこからか持ってきた箒にまたがり探索している。シャリーさんはそれに付き添っていた。


「な、懐かしいです。使われなくなった今でも、掃除が行き届いているんですね」


 確かに、レンガの床にはゴミ一つ落ちていない。少し不自然なくらいだ。もうほとんど誰も立ち入ることのなくなった場所を、ここまで入念に掃除する必要が、果たしてあるのだろうか。


「それにしたって、綺麗すぎませんか?」

「なんか気味悪いよな」

「使わなくなったのにお掃除って、普通しないよね〜」

「そ、そうですよね。確かにおかしいですよね。でも、清掃員さんじゃないなら、いったい誰が掃除しているのでしょうか……」


 モニカ先生の疑問には、誰も答えられなかった。

 しばらくみんなで頭をひねっていたところ、先輩二人がふわ、と降りてきた。上の探索があらかた終わったのだろう。


「上の方には、ガラクタがたくさんありましたわ。誰かが運び込んだのかしら?」

「幽霊は居なかったけどねー。でも、使われなくなった今でも、人の手が入ってるのは間違いないよね。……むむっ、ここであたしの灰色の脳みそが一つのシナリオを導き出したぞ!! この時計塔を根城にしている秘密組織が、幽霊が居るという噂によって人を遠ざけ、夜な夜な怪しい実験をしているに違いない!! てか、そうじゃないとあたしの気がおさまらない!!」

「あ、怪しい人達が学校の敷地内に入って勝手に施設を占拠して、あまつさえ怪しい実験をしているなんて、大問題ですよ。こ、校長に報告しないと」

「いや、そんな大それたものじゃないでしょう。先程会ったグレーテルさんが利用していると、私は思いますが」

「でも、天文部にだって、ちゃんと部室があるんじゃないの? わざわざ、時計塔の上に物を運び込んだりするかなぁ」

「あの階段を荷物を持って歩くの、めんどくさそうだよね〜」

「あんな大荷物、箒で運ぶにしてもかなり大変ですわよ。……きっと、誰か、心ない人がごみ捨て場にしているのかもしれませんわ」


 みんなであーでもないこーでもないと議論していたら、ごとごと、ずずず、となにか重いものが動いたような音がして、みんなの注意が一斉にそちらに向いた。

 なんと、隅っこのほうの床の一部分が蓋でも開けたかのように移動しているではないか。床に空いた穴は、人一人通れるくらいの大きさだった。その穴の中から、いきなり白い手がにゅっと飛び出してきて、穴から這い出そうとするかのような動きを見せた。


「うおー!! 出た!! 本物だ!!」

「あっ……」

「モニカ先生! 気を確かに持ってください!」

「ユリィちゃん! わたくしがお守りいたしますわ!」

「ひぃ〜! 本物の幽霊さんだよ、ユリィちゃ〜ん!」

「むぎゅう。ちょ、二人とも、苦しい……」


 正体不明の手の登場に、みんなの反応は戦々恐々、気絶、狂喜乱舞と実に様々だった。シャリーさんとショコラちゃんのおっぱいの間に挟まれたわたしは、窒息しそうで、幽霊どころじゃなかった。


「うるさいの! おまえたち、ここになんの用なの!」


 甲高い声と同時に穴から躍り出てきたのは、幽霊ではなく、亜人だった。その長い髪は、新雪のように真っ白だった。頭頂部にはぴんと直立する、一対の耳がある。燃えるような赤い瞳が印象的な彼女は、間違いなく兎型亜人カニーヒェンだ。


「あ、あれ? 亜人じゃん」

「亜人呼ばわりしないでほしいの! トラウムって立派な名前があるの!」


 トラウムと名乗る亜人は、地団駄を踏んで抗議した。亜人は、個人差もあるけど、動物の身体的特徴以外に習性も継承するそうだ。彼女が地団駄を踏むのは、兎が怒ったときにやる仕草とよく似ている。


「おぉ、ごめんよ、トラウムちゃんや。そんなに怒らないでおくれ」

「ふん、わかったならいいの。……で、おまえたちはなんでここにいるの。ここは、トラウムの秘密基地なの!」

「秘密基地だって? あんた、ここがどういう建物かわかってるの?」

「ここは誰も使ってない廃墟なの。だから、ここはトラウムのものなの!」


 どうやら、トラウムちゃんはここを学校の敷地内にある時計塔だとは知らずに、私物化しているようだった。


「この床をお掃除したのもあなたなの〜?」

「そうなの。トラウムは綺麗好きなの」

「上のガラクタも、貴女が集めたんですの?」

「ガラクタじゃないの! トラウムが集めたコレクションなの! ふぅ、アレの価値がわからないなんて、かわいそうなヤツなの」


 『やれやれ』とでも聞こえてきそうなポーズとため息だった。半笑いで、こちらを小馬鹿にしているのが伝わってくる。


「あら、それは失礼いたしましたわ。貴女にとっては、大切な物だったのですね」

「む、謝ることができるとは殊勝な人間なの。……そうなの! その謙虚さに免じて、無知なお前にトラウムコレクションの素晴らしさを教えてやるの! ちょっと待ってるの!」


 言うが早いか、トラウムちゃんはわたしたちの横を風のようにすり抜けていった。階段の鎖で封鎖されている所を軽く飛び越え、軽快に、兎が飛び跳ねるように登っていった。すごい瞬発力だ。

 それにしても、七不思議の調査のつもりが、とんでもない事実を発見してしまった。亜人が学校に入って秘密基地を作っているなんて、前代未聞ではないだろうか。わたしたちはどう対処すればいいか。学校側はどのように対応するのか。全くもって、検討もつかない。


「ほら、持ってきてやったの! 今から説明してやるから、耳穴かっぽじって、よく聞くの!」


 ただ一つ思うのは、こんなにも目を輝かせている無邪気な彼女を、悪いようにすることだけは、避けたいということだ。

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