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『七不思議』 その五

 今度は図書館にやってきた。図書館は机の並んだスペースを取り囲むように書架が配置されていて、開放的な吹き抜けの二階建てだ。校舎から独立していて、結構でかい建物だ。勉強や調べものをしたい人のために、土曜日も夕方まで開放されている。わたしもたまに本を借りにくる。

 ここの巨大な書架の一つには仕掛けが施され、その裏には秘密の抜け道があり、古代遺跡に繋がっている。らしい。


「フェイクの本があって、それを引っ張ると開く仕組みになってるんだって!! ね、司書さん、そうでしょ?」


 詰め寄られた司書さんは困った顔をしていた。カウンターに置いてある『図書館ではお静かに!』という立て札の、なんと無力なことか。


「えっと、立地的に、壁の向こうは全て外ですよね? 抜け道があるとは思えませんけど」

「むむ……じゃあ、地下に続く階段か、縦穴があるはず!!」

「そもそも、仕掛けの施された書架自体、ありませんよ。大掃除の時にだって、見つからないんですから」

「遺跡を隠す人間の陰謀だ!! 司書さんは知らされてないだけ――むごっ」

「うるさくてすみません、すぐに連れて行きます。お騒がせいたしましたわ」

「むごごー!!」


 シャリーさんは早口で謝辞を述べて、アンさんの口を塞いだまま引きずっていった。図書館で勉強していたであろう生徒達の刺すような視線を浴びながら、わたしたちもすごすごと図書館を後にするのだった。


 さて、気を取り直して、次は鮮血のポプラだ。青々としたポプラ並木の中から、アンさんは迷わず一本のポプラを選んだ。


「このポプラの下には死体が埋まってるらしい!! いっちょ掘ってみるか!!」


 いつか予想した通りのセリフが、アンさんの口から出てきた。


「そ、それはダメですよ! 怒られるだけじゃ済まないです! 停学になるかもですよ!」

「それは嫌だ!! ……うー、じゃあ、どうやって調査すればいいんだよー」

「あの、ちょっと気になったんですけど、この木だけ、他のポプラと違いませんか?」


 道端の並木の一本なんて今まで気にも留めなかったけど、こうして注目すると、確かにメグちゃんの言うとおり他のポプラとは明らかに雰囲気が違う。


「確かに、背が低い気がしますわね」

「枝も、なんか広がってるよね〜」

「それがどうしたのさ」

「この木だけポプラでないのでは、ということです」

「そんなの、鮮血のポプラなんだから、普通のポプラと違うなんて、当たり前じゃん!!」

「それはそうですが……」

「あー、もう、そんなことより、木の根元を掘る以外で、どうやって調査すればいいか考えてよ!! おい、お前のせいでもめてるんだぞ!! すまないと思う気持ちがあるなら、今すぐ赤くなってみろ!!」


 アンさんが八つ当たり気味に木を揺さぶる。ざわざわと木の葉が揺れ、その拍子にぽとぽと何かが落ちてきた。もぞもぞとうごめくそれは、毛虫だった。


『いゃあぁぁぁっ!』


 メグちゃんとシャリーさんとモニカ先生が、高速で後ずさった。


「うわ、毛虫だ、キモっ」

「毛虫だね〜」

「け、けけ、毛虫だぁぁっ!」

「ユリィちゃん! 早くこっちへ! 毛虫に刺されますわよ!」

「大丈夫ですよ。素手で触ったりしなければ」

「しゅ、シュヴァイツァーさん、やっつけてくださいよぉ」

「無理です!」

「ていうか、メグちゃんも『いやー』なんて叫ぶんだね。女の子らしいとこあるじゃん」

「う、うるさい! とにかく、早くそいつらをなんとかしてくれ!」

「こんなにかわいいのに〜」

「いや、かわいくはないでしょ……ん?」


 毛虫に混じって落ちてきた葉っぱに目がいく。――これは、ポプラの葉っぱじゃない。この、特徴的な形は。 


「あの、もしかしてこの木って、ポプラじゃなくてカエデの木じゃないですか? ほら、この葉っぱ」

「なに言ってんの、んな訳……あ、ほんとだ。……はぁー。なんだ、一つだけカエデだから、紅葉してたのか……」


 明らかにアンさんは肩を落としていた。こうも空振りが続いては、さすがのアンさんも堪えるのだろうか。


「そんなことより、あなた達の足元でうごめく毛虫たちを、早くどうにかしてくださいな!」


 うぞうぞと動く毛虫たちに別れを告げ、わたし達は次の七不思議がある、旧校舎へと向かった。なんと、旧校舎のとある階段は、段数が増えたり減ったりするらしい。


「じゅうさーん、じゅうよーん、じゅうご!! 十五段だ!! シャリー、数えてみて!!」

「ひーふーみー……あら? 十四段ではありませんか?」

「すげー!! マジで違う!!」

「すご〜い」

「これは本物か?」

「あ、あの、数え始めの場所が違うだけでは、ないでしょうか」

「……わたしもそう思います」


 わたしたちの指摘に、皆微妙な顔になった。アンさんも気が抜けてしまった様子だ。


「はぁ……さ、次行くかー」


 微妙なテンションのまま、屋上へと続く階段の前にわたし達は到着した。旧校舎の屋上には、自殺した生徒の霊が居て、未だ自分が死んだことに気づかず飛び降りを繰り返しているそうだ。


 けれど確認しようにも、階段にはバリケードのように古い机や教卓が積んであり、通ることが難しそうだ。うずたかい机類の壁が崩れたり持ち去られたりするのを防ぐためなのか、錆びついた鎖が幾重にも張り巡らされている。鎖の一つには、『立ち入り禁止』と血文字みたいにおぞましい感じで書かれた札がかけてあった。

 ここだけ、今までの七不思議スポットとは違う異様な雰囲気を放っていた。昼なお暗い階段の先に、薄ら寒いなにかを感じる。


「ここには初めて来ましたけれど、不気味ですわね」

「あたしは一人で探検した時に立ち寄ったきりだなぁ。なんか気持ち悪くて、一人じゃ奥に行く気になれなかったんだよね」

「むむむむ、無理無理無理、無理です! これは触れちゃいけないタイプです! 早く引き返しましょう! そ、そもそも、旧校舎の屋上は立ち入り禁止です!」


 モニカ先生は今にも卒倒するのではないかと心配になるほど顔面蒼白で、メグちゃんにしがみついていた。


「なんだか、背筋が寒い気がするぞ……」

「ユリィちゃん、私もちょっと怖いよ〜」


 珍しいことに、ショコラちゃんも怖がっていた。そういうものに鈍感そうな彼女ですら、この異様な雰囲気を感じ取っているらしい。


「わたしも、なんか気持ち悪くなってきたような……ん?」


 かつーん、かつーん、と廊下に足音が響く。みんな一斉に音のする方へ視線を向けた。廊下の向こうから、白いローブを身にまといフードを目深に被った人が歩いてくる。


「ひぃっ、ま、ままま、まさか幽霊?!」

「いや、違うよ。たぶん、あたしの知り合いだ」


 その人はわたしたちの目の前まで来ると立ち止まり、おもむろにフードを脱いだ。現れたのは、ショートヘアでそばかすの似合う、ショコラちゃんと同じ南方移民ヘルン系の顔だった。


「ご機嫌よう、錬金術部の諸君。こんな所に、なんの用かしら?」

「やっぱグレーテルだ。あたしたちは七不思議の調査だよ。あんたこそ、こんな所でなにしてんの?」

「旧校舎の屋上はね、その七不思議の噂とこの不気味な雰囲気のおかげで、全く人が寄り付かないから実験に丁度いいの……うふふ」


 グレーテルと呼ばれた女生徒はほくそ笑んだ。怪しい雰囲気満点だ。

 

「実験ってなにしてんの?」

「今は、頭上に輝く星々の彼方、哲学者の海に住まうとされる、次元的上位存在にシュライバー法で魂をメテオール体にして飛ばすことで交信を試みているの。あわよくば、彼の者が携えるとされる、世界の真理とこれから起こる全ての事象が書かれた、ソウ・アマデウス・シュプリヒト・スクロールに触れられればいいのだけど、これがなかなか、うまくいかないのよね」


 なにを言っているのかさっぱりわからないけど、ただ、ヤバそうな雰囲気はビンビン伝わってくる。


「へー。てかさ、屋上に幽霊居るんでしょ? あんた見たことある?」

旧校舎ここの屋上には結構入り浸ってるけど、見たことないわ」

「一度も?」

「一度も。だいたい、幽霊なんて存在しないわよ。非概念的だわ」

「あんたが追っかけてるやつは? それは非概念的じゃないの?」

「彼の者は『居る』わ。我々人間には知覚できない上位の次元に存在しているから、我々の目に見えないだけなの」

「ふーん」

「……さて、お喋りはここまで。私は助手を待たせているの。じゃあね。貴女達に“唯一存在アイン・ザイン”の薬指から滴る血の祝福があらんことを」


 意味不明な、呪われそうな祝福の言葉を残して、グレーテルさんは鎖の間に体を滑り込ませ、バリケードの隙間にもぐり込んで消えてしまった。


「……変な人でしたね」

「あの子、あれでも天文部の部長なんだよね。なんか変なのにかぶれちゃってるけど」

「うぅ、せ、生徒が立ち入り禁止の場所に入っていくのを、黙って見過ごすなんて、私は教師失格です……」

「まぁ、私の見立てでは、あれは止めたところでのらりくらりと話を誤魔化して聞かないタイプでしょうから、仕方ないですよ」

「で、でも、もしなにか危ない目に遭ったら、私の責任問題です」

「どうします〜? 追いかけます〜?」

「いいよいいよ。入り浸ってるみたいだし、勝手知ったる、ってやつでしょ。今までなんともなかったんだから、大丈夫だって。てか、下手に刺激したほうが危なそうだし、面倒くさそうだもん」

「……だ、大丈夫、なのでしょうか」


 モニカ先生はなぜかシャリーさんに、指示を仰ぐような視線を向けた。


「……わたくしたちは、ここに立ち寄っていません。そういうことにしましょう」


 みんな顔を見合わせ、神妙な表情でうなずいて、その場をこそこそと立ち去った。触らぬ神に祟りなしだ。

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