『久しぶり』その七
クッキーを食べ終えて、シュリちゃんは下に降り、ショコラちゃんは自室に戻った。わたしは一人、ベッドに寝転がって携帯通信結晶とにらめっこしている。
持ち運びできるよう板状に削り出された透明な通信結晶の中には、中学の時に撮ったちょっと幼い顔のレイ君の写真が映し出されている。さらにその上に重なるように、『通話』の文字が浮かび上がっていた。ここを指先でなぞれば、レイ君の携帯通信結晶と繋がる。去年までは、暇な時はよく通話していたけれど、久しぶりとなると、ためらわれる。何度も、人差し指で、文字の上の空を切る。
「はぁ」
一旦、枕元に携帯通信結晶を置いて、枕に顔を埋める。たかが通話するのに、ここまで躊躇することになるなんて。一年の空白が、目の前に横たわっている。それは、埋めようのない、途方もないものだけれど。
顔を上げ、もう一度、携帯通信結晶を握りしめる。えぇい、ままよ。思い切って、指を滑らかな画面に押し当て、つい、と『通話』をなぞる。
コール音が鳴り響く。一回。どき、どき、と胸の中がうるさい。久しぶり過ぎて無駄に緊張する。二回。無遠慮に通話していた頃が懐かしい。なにを話していたっけ? 三回。出だしはどうしよう。なんて言えば。レイ君が出た。
「もしもし? ユリィか? どうした? なんかあったのか?」
「う、うるさい、ばーか」
「は? なんだよ、用もなしにかけてきたのか?」
「悪い?」
「ははっ、いや、悪かないさ」
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。どうせ暇でしょ」
「僕は今課題やってたんだよ」
「なにやってたの?」
「国語」
「国語って、あの怖い先生担当してるやつじゃん」
「ん? 誰?」
「顔に傷ある傭兵みたいな人」
「あぁ、うちの部活の顧問じゃん」
「え? あんな怖い人が顧問なの?」
「まぁ、見てくれはカタギじゃないよな。でも、怒らせなきゃ基本いい人だぞ」
「へぇ、鬼軍曹みたいな人かと思ったけど、なんか意外」
「意外といえばな、あの人、あぁ見えて猫好きで趣味が猫のぬいぐるみ収集なんだぞ」
「うえ、なにそれ。似合わない」
「あとな、奥さんの尻に敷かれてる」
「えぇ、そうなの?」
「そうなの。あ、でもこれ秘密な。僕が言ったなんてバレた日にゃ、部活で死ぬほどしごかれるから」
「ふーん。どうしよっかなー」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「……じゃあ、今度うちに来る時、モルゲンベイカーのバウムクーヘンを献上すること。それで、秘密にしといたげる」
「ぐうっ、足元見てくれるな……はぁー……しょうがないな。今度持ってくから、マジで頼む」
「ぬふっ、それでよし」
「なんだその笑い方、キモっ」
「はぁ? あーあ、どうしよっかなー。とりあえずショコラちゃんに顧問の先生の秘密言っちゃおうかなー」
「やめろ!」
「じゃあ、バウムクーヘンの他にプリンも買ってきて」
「ぐぬぬ……くそっ、わかった。わかったから。拡散だけはナシで頼む」
「ふふん、よろしい」
「はぁ……わがままだな、お前」
「レイ君にだけだし」
「え? 僕がどうしたって?」
「なんでもないよー、ばーか」
「ばかばか言うなよ」
「ばーか」
「はぁ、今日久しぶりにちゃんと喋ったけど、お前、去年から変わらないな」
「……変わってる方がよかった?」
「ははっ、いや、変わってなくて安心してる。……正直、もう、こうして他愛もない話をする機会なんて無いと思ってた。幼馴染なのに、疎遠になるのは、嫌だからな」
「そっか。……ねぇ、レイ君」
「ん?」
「えっと、ショコラちゃんのこと、どう思った?」
「ショコラさん? そうだな、なんかこう、ふわっとしてて、優しそうだな、って思った」
「好みなの?」
「なんでいきなりそんなこと聞くんだよ……可愛いと思うけど、あぁいう、ゆるふわ系女子っての? そういう人は……って、まさか隣に居たりしないよな?」
「居ないよ」
「そっか。一瞬ヒヤッとしたよ」
「で? そういう人は、なに?」
「そういう人は、僕の好みじゃないかな」
「ふーん。レイ君、あぁいう子が好きだと思ってた」
「なんでだよ。僕は……あー……」
「なに口ごもってんの」
「……僕はな、かわいい系よりも美人系のほうが好みなんだよ」
「へぇ。シャリーさんみたいな人……って、シャリーさん知ってる?」
「おう、知ってる。学年じゃ有名人だよ」
「そうなの?」
「美人でお金持ちで品行方正、しかも頭だって良いときた。もはや崇められてるレベルだよ、あれは。男子の間では彼女と目が合ったら、その日一日は幸運になれるとかまことしやかに噂されてる」
「えぇ、なにそれ。シャリーさんが? 冗談じゃないよね?」
「冗談じゃないって。ていうか、お前こそ、なんでハーゼホルンさんのこと知ってるんだよ。しかもあだ名で呼んでるし」
「わたし、錬金術部だもん」
「へぇ! 錬金術部に入ったのか! じゃあ、ハーゼホルンさんと普通に喋るのか?」
「うん。喋る」
「お前、あの人の上流階級トークに付いていけるのか?」
「上流階級トークってなにさ。あの人、喋ってみるとわかるけどすごい変た……親しみやすいよ」
「へぇ、そうなのか。いいなぁ、僕もハーゼホルンさんと喋ってみたいな」
「なに? レイ君はシャリーさんのこと好きなの?」
「なんでそうなるんだ。憧れではあるけど、好きとかそういう感情を抱くのは恐れ多くてできないよ」
「なんか、そういうこと言われると引くんだけど」
「引くなよ!」
「ドン引きだよ。シャリーさんに報告しようかな」
「やめろ! ……いや、待てよ」
「なにさ」
「逆に考えれば、ユリィが報告してくれることで、彼女が僕の存在を認知してくれる可能性があり、さらには、ユリィという共通の話題を通して俺に話しかけてくれる、かも」
「そんな都合いいことあるわけ……いや、シャリーさんなら、情報収集のために話すかも」
「情報収集? なんの?」
「秘密。ていうか、なんでそんなにシャリーさんと喋りたいの」
「そりゃお前、あんな美人のお嬢様とお近づきになる機会なんて、今を逃したらほぼないからだろ」
「やっぱ好きなんじゃん」
「あのなぁ、なんだってお前はそう短絡的なんだ。お近づきになりたい女の子が居るなら、それは好き、って。初学生かよ」
「悪かったね、見た目も中身も初学生みたいで」
「あぁ、まったくだ」
「ふん! わたしだって、いつかシャリーさんみたいなナイスバディでおしとやかな女になれるし!」
「いや、無理だろ」
「まだわかんないでしょ!」
「外見はともかく、中身は今更変えようがないだろ」
「頑張って変える」
「頑張るくらいなら、変えなくてもいいと思うけど」
「なんで」
「……さっき言っただろ、去年と変わってなくて安心したって。お前はそのままの方がお前らしいよ。いきなりおしとやかになったら、キモくて堪らん」
「キモいとか言うな! むかつく!」
「おしとやかな人はそんな返ししない」
「うっ……うるさい! レイ君がキモいとか言うから!」
「ま、ともかく、だ。そんな今から社交界デビューする訳でもないんだから、無理しておしとやかになろうとするなよ。…………から」
「え? ごめん、最後よく聞こえなかった」
「なんでもない。独り言」
「ふぅん」
「それはそうと、お前、錬金術部なら、アンネって奴居るだろ。そいつとも仲いいのか?」
「アンさん? 仲いいというか、あっちが絡んでくるというか。まぁ、普通に喋る」
「そうか。あいつ、一年の時同じクラスだったんだけど、僕もよく絡まれたなぁ」
「へぇ。今は?」
「あいつは魔術系クラスで僕は魔法系クラスだから、進級してから顔を見なくなってね。変わらず元気か?」
「元気過ぎて困るくらいだよ。この前なんか、箒の乗り方を教えるとか言って――」
話題が湧水の様に溢れ出し、一年の時間の穴を徐々に満たしてゆく。まるで空白なんて、最初から存在していなかったかのようだ。
シュリちゃんが夕飯の時間に呼びに来るまでの間、ずっと、わたしたちは他愛のない会話を続けた。本当にくだらなくてどうでもいいことなのに、途切れることもなく、話し続けていた。




