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『久しぶり』その五

 チャック問題が解決し、ショコラちゃんもレイ君と少しは打ち解け、わたし達はぐだぐだと色んな話をした。


「どうして、同じ高校に入学したって教えてくれなかったんだ?」


 ふとした彼のその言葉の裏に、少しだけ、寂しさが滲んでいるような気がした。


「言うほどのことじゃないと思ったから」


 まるで、彼を追いかけて高校に入学したみたいで面映いから、言い出せなかったのだ。


「幼馴染の男の子を追いかけて、同じ学校に入学するっていうシチュエーション、とってもロマンチックだよね〜」

「いや、わたしはそんなつもり一切ないから! たまたま行きたい場所が被ってただけだし!」

「おいおい、そんなに全力で否定されるとへこむなぁ」

「あっ……ごめん」

「ま、いいけど。……ショコラさん、知ってる? こいつさ、小さい時、ずっと僕の後ろくっついて歩いてたんだよ。アヒルのヒナみたいにさ」

「んなっ……」


 不意にレイ君が語ったのは、遠い記憶の彼方に置き去りにされた、幼き日の風景だった。


「へ〜。微笑ましいですね〜」

「でさ、隙を見て物陰に隠れるとさ、僕の事探してぴーぴー泣くんだよ。『レイ君どこいったのー』、って」


 そうだ、あの時はレイ君が急に居なくなるから、突然の孤独に不安になって、泣いていたのだ。いや、今は、そんなことはどうでもいい。


「な、なんでそんな昔の話すんの?!」

「ん? ショコラさんにも知ってほしいんだよ。ユリィにも、可愛い時代があったんだって」

「かっ、か、かか、かわっ……」


 不意打ちで『可愛い』なんて表現をわたしに向けるものだから、二の句が継げなくなってしまった。顔がすごく熱くなった。


「うふふ〜、私もその頃のユリィちゃん見たかったです〜」

「いやー、なかなか微笑ましかったよ。しかし、そんな時期があったのに、どんどんドライな感じに成長しちゃって。今はやさぐれて可愛さの『か』の字もないな」

「は、はぁ? なに言ってんの! 今もかわいいでしょ!」


 とにかくなにか言い返したくて、なにも考えずに言葉を放ったら、とても自意識過剰なものが口をついた。あぁ、なんでこんな、頭が真っ白になっているのだ。


「えぇ……おまえ、自分のこと可愛いと思ってるの」

「あ、いや、そうじゃなくて、これは言葉の綾というか……ぐぬぬ……うわーん! ショコラちゃん! レイ君がいじめるよー!」


 言葉に窮して、隣の彼女の懐に顔を埋める。あったくてふかふかで甘い香りがして、逃げ場としても丁度いい。柔らかなニットが、額にかいた冷や汗を吸い取ってくれた。


「大丈夫だよ〜。ユリィちゃんはちゃんとかわいいからね〜」

「うえーん、ショコラちゃんは優しいなー。それに比べてレイ君は甲斐性なしだー」  

「……なに言ってんだか。ショコラさん、こいつあんまり甘やかしちゃだめですよ。すぐ調子乗るから」


 くそう、わたしをいじめて楽しいのか。そっちがその気なら、こっちだって、きみを辱める切り札を切らせてもらう。


「なにさエラソーに! ていうか、レイ君、さっきズボンのチャック開いてたし! それに気づかないうっかり屋に、どうこう言われたくないし!」


 ショコラちゃんの懐から顔を引き剥がし、突きつけてやるように言い放つ。

 レイ君は目を見開いてから、額に手を当て、うつむいた。おぉ、効いてる効いてる。


「ちょっとユリィちゃ〜ん……も〜、なんで言っちゃうの〜」

「……あー、マジかー……はぁ、恥ずかしいなぁ」

「ふふん、恥ずかしいでしょ」

「ははっ、申し訳ないな、みっともないとこ見せちゃって」


 レイ君は爽やかに笑って許しを乞うた。あんまりダメージを受けていないようだ。


「なっ……ふ、ふん、これに懲りたなら、ちゃんとチャック閉まってるか確認してからうちに来てよね!」

「あぁ、気をつけるよ」


 なんか調子狂う。昔は売り言葉に買い言葉で、よく口喧嘩してたのに。一人で急に大人っぽくなって、わたしの言葉をいなして、受け止めるなんて。わたしだけ、なにも変わってないみたいで、置いてかれたみたいだ。ずるい。


「ぷうっ」

「頬膨らませてどうしたんだよ。謝ったじゃないか。なにがお気に召さないんだ?」

「なんでもない!」


 ばふ、とショコラちゃんのお腹に顔を押し付ける。


「はぁ。久しぶりだってのに、ご機嫌ナナメだな」

「あはは〜。きっと久しぶりで照れてるんですよ〜。ユリィちゃ〜ん、ご機嫌直して〜」


 喉元をこしょこしょと撫でられる。こそばゆくて気持ちいい。


「ごろごろごろ……って、わたしゃ猫か! しゃーっ!」


 ショコラちゃんのおっぱいに、猫パンチをおみまいしてやる。ぽよん、と手が跳ね返された。


「ひゃんっ! やめてよ〜」

「にゃー! やめにゃい!」


 二人でくんずほぐれつしている間、レイ君は苦笑いしながらお茶をすすっていた。なにその余裕。あんたのせいで、わたしがこんなに変な感じになってるのが、わかってるの? 彼のほうを睨んでやると、困ったような、まるで、子供をあやすみたいな、優しい笑みをわたしに返した。大人ぶっちゃって。せっかく追いついたと思ったら、どうしてもっと遠くに行っちゃうの? 彼は、昔より爽やかで、優しく、鼻持ちならないむかつくやつになってしまった。

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