『久しぶり』その四
「レイ君お茶ある? 注ごうか?」
「おっ、気が利くな。頼む」
「レイさ〜ん、お茶もう一杯いかがですか〜?」
「うん、もらうよ」
「レイ君お茶足りてないよね。はい、おかわり」
「お、おう」
「レイさ〜ん。うふふ〜、お茶飲んでください〜。どうぞ〜」
「……あ、あぁ、ありがとう」
「レイ君、お茶飲むよね? ていうか飲んで」
「……」
「レイさ〜ん、おかわり――」
「ちょっと待って」
レイ君がショコラちゃんを手で制した。せっかくショコラちゃんがお茶を汲もうとしてくれたのに。
「どうしたの?」
「お茶は、もういらないかな。お腹たぷたぷだ」
それは困る。レイ君にはお茶をたくさん飲んでもらって、早くトイレに行ってもらわないければならないのに。
「まだいけるって。レイ君の限界はそんなもんじゃないでしょ」
「なんでお茶で自分を限界まで追い込まないといけないんだよ」
「細かいこと言ってないで飲んでよ」
「わかった! 飲むから! その前にちょっと……あー……行ってくる!」
彼はすっくと立ち上がって、部屋を飛び出した。これはひょっとして、作戦成功か。
「やった! レイ君、トイレ行ったっぽいよ!」
「う〜ん、無理矢理お茶飲ませちゃって、ちょっと申し訳ないな〜」
「えー? そもそもチャック半開きでいたレイ君が悪いんだから、申し訳なく思う必要ないよ」
「そ、そういえばそうだったね〜」
レイ君の半開きチャックを思い出したのか、ショコラちゃんが顔を赤くした。つられてわたしも彼の深淵を思い出し、えもいわれぬ気持ちになった。
「それにしても〜、私ちょっとびっくりしちゃった〜」
「レイ君がチャック空いてたこと?」
「それはそうだけど〜、それじゃなくて〜、ユリィちゃんのことだよ〜」
「わたし? 何かしたっけ?」
「ユリィちゃんがレイさんと接する時って、すごく気のおけない感じで、普段と違うよね〜」
指摘されてもいまいちピンと来ない。ショコラちゃんたちみたいな友達と接するときと、何一つ変わらないと思うのだけど。
「えぇ? そうかな?」
「そうだよ〜。私ね〜、実家の近所には女の子しか居なかったから、幼馴染の男の子って、ちょっと憧れてたんだ〜。ちょっぴり羨ましいな〜」
「ふーん」
「レイさんと一緒に登校したり、放課後遊んだりはしたの〜?」
「中学まではよくしてたよ」
「基本だよね〜。じゃあ、朝寝坊しそうなレイさんよ家まで迎えに行って起こしたり、レイさんのご家族と一緒にご飯食べたりとかは〜?」
「起こしにいったことはないけど、ご飯はごちそうになったことあるかな」
「そっか〜。いいな〜、私もそういう生活してみたかったな〜」
「男の幼馴染なんて、別にいいものじゃないと思うけど」
「いいものだよ〜! 多感な時期の苦楽を一番身近で共にする異性だよ〜? 最終的にどんな関係になるにせよ、かけがえのない存在であることには間違いないんだから〜!」
熱弁するショコラちゃんの翡翠の瞳は、夢見る少女のようにらんらんときらめいていた。彼女の変なところにあるスイッチが入ってしまったようだ。
「そんなに憧れているなら、レイ君に幼馴染風に接してもらえばいいんじゃない?」
「そんな紛い物はだめ〜! 偶然にも近所で生まれた年齢の近い男女、っていうところが肝なんだから〜! 運命の女神様によって結び付けられた異性二人の絆、それが尊いんだよ〜……はぁ〜、私も男の子の幼馴染が欲しかったな〜」
ショコラちゃんはうっとり夢見心地の目をして、虚空を見つめる。彼女の目にはなにが見えているか知る術はないけれど、理想の幼馴染男子の幻影が見えているとわたしは思う。
彼女はわたしのレイ君に接する態度にびっくりしたと言ったけど、わたしだってこんなショコラちゃんの一面を垣間見てびっくりした。
寝食を共にして親密に過ごしているとはいえ、わたしたちはまだ出会って一ヶ月とちょっとしか経っていないのだ。まだまだ、お互い知らないことが多いようだ。
「やー、ごめん、待たせた」
レイ君が帰ってきた。さりげなく視線を動かして確認すると、チャックがちゃんと閉まっていた。作戦は完遂された。
「ショコラちゃん! 閉まってる!」
「よかった〜!」
「閉まってる?」
「あ、いや、ナンデモナイヨ?」
「そうか?」
怪訝な顔をしている彼に、わたしたちがさっきまで薄氷の上を歩むがごとく、気取られぬよう神経をすり減らしチャックを閉めさせるのに、どれほど苦労したか、語ってやりたい。まったく、世話の焼ける幼馴染だ。




