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『ユリィの一日』 その二

 校門前には、コワモテの生徒指導の先生が一人と生徒会の腕章を着けた生徒が二人、門番のように立っていた。生徒の身だしなみをチェックしているのだ。制服のない我が校でチェックされることといえば、だらしない服装じゃないかとか過剰に装身具や化粧はしていないかとか、そんなところだ。

 無駄にどきどきしたけれど、先生も生徒会の人もわたし達にちらりと一瞥をくれただけで、あっさり通ることができた。


 校門を通り抜けて前庭に入ったところで、まず目に飛び込んでくるのは、知恵と学問の女神イェナの像だ。見上げるほど大きな像は、右肩に知恵を司るふくろうを乗せ、世の学問が全て記されているという分厚い本を小脇に抱えている。その足元を囲むように噴水があり、さらにそれを四方から囲むようにベンチがあって、ここでお昼ご飯を食べる人も居る。右手の乗用箒置き場に整然と立て掛けられた箒たちは、個々人の趣味でシールを貼られたりペイントが施されたりしている。


 像の向こう側には、我らが学び舎がでんとそびえている。最近建てられたばかりの新校舎は、伝統と斬新の両立を目指した建築なのだそうだ。伝統的なハーフティンバー様式でありながら、玄関の上にでかでかとステンドグラスが輝いている様は、入学当初は度肝を抜かれた。ステンドグラスの意匠は、杖を振りかざし天変地異をほしいままにする全ての魔法の始祖ニルヒェルという、これまた壮大なものだった。


 数段の階段を昇って、生徒たちでごった返す玄関ホールに入る。上から見ると十字架みたいになっている我が校舎は、十字架でいう縦棒の下の部分が玄関ホールだ。アトリウムとなっていて天井からは陽光が差し込み、等間隔に設置されたベンチ、カフェテラスのある購買、さらには初代校長の胸像まである。ここだけ、学校というよりも休養施設みたいだ。


 部活動の勧誘で芋洗い状態になっていた頃と比べるとずいぶんマシになったけど、やっぱり人が多い。初代校長像の背後にある時計塔は、七時四十分を示していた。まだ朝のホームルームまで、四十分近く時間がある。こうして人が集まっているのもうなずける。


「相変わらず人がいっぱいだね〜」

「ユリィ、この前みたいにはぐれるなよ」

「だ、大丈夫だよ。あの時はアンさんに引っ張られたからはぐれたんだもん」


 喧騒の中をずんずん進んで行くと、両開きの扉が口を開けている。ここに入ると天井のある空間になって、やっと建物の中に入れた気がする。十字路を右に行って、別のクラスの人たちが駄弁っているのを横目に、Ⅰ年A組の教室に向かう。

 ドアを開ける音が予想以上に響いたみたいで、クラスメイト数人が顔を上げてこちらを見た。


「おはようございます」


 その中でドアに一番近い席の眼鏡っ子だけが、挨拶をしてくれた。彼女は学級委員長である。わたしたちが挨拶を返すと、目礼して読書に戻った。


「荷物置いてくるね〜」


 そう言ってショコラちゃんは、教室の最前列にある彼女の席に向かった。メグちゃんとわたしは、窓際の最後尾と二番目の席だ。くじ引きで決まったこととはいえ、ショコラちゃんだけ離れているのが残念でならない。

 荷物を机に詰め込み、後ろを向く。メグちゃんは櫛をかばんから取り出していた。黒地に、金色の植物の蔦みたいな意匠が施されている。高そうだ。


「その櫛いくらしたの?」

「うん? 確か、八十クルスだったか」

「ひえー、そんなにするんだ……」


 わたしのお小遣いは一ヶ月あたり百クルスなので、この櫛を買うだけで一ヶ月のお小遣いの八割が無くなってしまう。ちなみにわたしが普段使っている櫛は、十五クルスもしないくらいだ。


「身体に直接触れるものだからな、ある程度いいものを使わないと」

「へー、こだわりだね。さすがメグちゃん」

「まぁな」


 メグちゃんははにかんで、照れ隠しなのか目の細かい櫛の歯を指でなぞった。


「二人ともお待たせ〜」


 荷物を置いてきたショコラちゃんが隣の席に座った。その席は、いつも朝のホームルーム直前まで教室に姿を見せない男子のものだから、この時間はショコラちゃんが拝借している。


「ショコラ、早く髪をとかすんだ」


 待ってましたと言わんばかりに、メグちゃんは櫛を渡した。


「わ〜。すごい高そうな櫛だね〜」


 ショコラちゃんは櫛をまじまじと見た。一目で高いとわかるその櫛を使うのを、ためらっている様子だ。


「遠慮はしなくていい。握って少し魔力を込めてやれば、歯が熱を帯びるはずだぞ。あぁ、そうだ、火傷には気をつけろよ」

「……わかった〜、じゃあ、遠慮なく〜」


 メグちゃんの後押しによって、ショコラちゃんはおそるおそる髪をとかす。とかせばとかすほど、もさもさした髪が直毛じみるほどまとまってゆく。


「うん、寝ぐせは直ったみたいだな」


 すごく満足げな表情だった。よっぽどショコラちゃんの寝ぐせが気になっていたのだろうか。


「えへへ〜、櫛、ありがとね〜。お礼に飴ちゃんあげる〜」


 ショコラちゃんはポケットから飴玉を取り出して、櫛と一緒にメグちゃんへ渡した。

 この一連の動作の間に、直毛じみていた髪が少しづつぴょこぴょことはね始めていた。くせっ毛というものは実に恐ろしい。


「あぁ、すまない」

「ユリィちゃんにもあげる〜」

「ありがとー」


 貰った飴玉の、いちご柄の包装紙をむく。まんまるくて透き通った赤の飴玉を、口に放り込む。ほどよく酸味と甘みのバランスがとれていて、いちごの香りが口いっぱいに広がる。


「私も食べよ~っと。あむ……う〜ん、おいし〜」


 見ているこちらまでほっこりしてしまう幸せそうな顔で、ショコラちゃんは頬に手を当てる。


「ショコラちゃん、今日は飴以外で何かお菓子持ってきてる?」

「んっとね〜、ビスケットと〜、チョコとプレッツェルかな〜」

「そんなに……歩く食料庫だね」

「備えあれば憂い無しだよ〜」

「備えって、なにに備えるてるんだ」

「ん〜、食糧難とか〜?」

「さすがに今の時代、食糧難なんてそうそう起きないだろうに」

「でも、もし食糧難になっても、ショコラちゃんならなにも食べなくても一週間くらい生き延びられそうだよね」


 遠い遠い乾燥地帯の国にはラクダという生き物が居る。彼らは背中にこぶがあって、その中に脂肪を溜め込んでおり、そのおかげで食料の乏しい乾燥地帯でも、長い間生き延びることができるんだとか。ショコラちゃんの豊かな胸は、そのラクダのこぶを想起させるのだ。


「ちょっと〜、ユリィちゃんそれどういう意味〜? あと、どこ見て言ってるのかな〜?」

「いや、体の一部を見るにつけ、なんとなく飢えに強そうだなって……」

「飢えに強そう、か。私は、むしろ食いしん坊だからなにか食べないとすぐ動けなくなりそうだと思うぞ。『お腹空いたよ〜』とか言ってな」

「あ、それもそうかも」

「も〜、二人とも失礼だよ〜!」


 ショコラちゃんは唇を尖らせた。本気で怒っているわけではないようで、目が笑っている。


「あはは、ごめんごめん」

「すまんな、ショコラ」

「も〜、許さないよ〜」

 ショコラちゃんは目を閉じてぷいとそっぽを向いたけど、口元が笑っていた。

「ごめんって! なんでもするから許して!」


 両手を顔の前で組んでショコラちゃんにお願いする。


「私も言いすぎた。ユリィに同じくなんでもするから許してくれ!」


 メグちゃんも続いてショコラちゃんを拝む。


「なんでも〜? じゃあ〜、二人はお昼ご飯のおかずを一品ずつ私に献上すること〜。それで許してあげる〜」


 ショコラちゃんは片目を開けてわたしたちの誠意を見た後、そっぽ向いたままいたずらっぽく言った。


「ふふっ、やっぱり食いしん坊だな」

「えへへ〜、食べるの大好きだもの〜」


 こちらを向いたショコラちゃんはいつものにこにこ顔だった。


「でも、わたしとショコラちゃんってお弁当一緒だよね」

「ユリィちゃんは〜、うさぎさんウィンナーね〜」

「えーっ! 楽しみにしてたうさぎさんウィンナー……」


 こういう風に三人で話をしていると、あっという間に時間が過ぎる。気付いたらホームルーム十分前の予鈴が鳴っていた。いつの間にか殆どのクラスメイトが登校してきて、教室の中がずいぶん賑やかになっていた。


「私そろそろ戻るね〜」


 ショコラちゃんは自分の席に戻って行った。彼女の歩く姿を、数人の男子がじいっと見ていた。歩くだけで男子の注目を集めるとは流石である。わたしなんか、目の前を歩いていても気づかれずに、ぶつかられることが多々あるというのに。


「ユリィ、その、うさぎさんウインナーってなんだ?」


 ショコラちゃんのぷりぷりしたおしりを眺めていたら、メグちゃんが控えめに聞いてきた。


「うん? うさぎさんウインナーはうさぎさんの形のウインナーだよ。……って、そのまんまだね」

「それは市販されているか?」

「ううん、買ってきたウインナーに切れ目を入れて作るの」

「そうか」


 メグちゃんはがっかりした様子だ。うさぎさんウインナーが欲しいのだろうか。でも、メグちゃんにまでうさぎさんウインナーをあげてしまったら、わたしのぶんが無くなってしまう。


「うさぎさんウインナー食べたいの?」

「いや、そういうわけではないんだ。……ユリィはうさぎさんウインナーの作り方、わかるか?」


 できることなら教えてあげたいけれど、うさぎさんウインナーは我が家の料理番であるシュリちゃんオリジナルなので、わたしも作り方がわからないのだ。


「えっと、自分で作ったことはないけど、切れ目入れるだけだし教えてもらえば簡単に覚えられると思うな」

「じゃあ、今度、作り方を教えてくれないか?」

「うん、いいよー。今日帰ったら教わってみるよ」

「ありがとう、頼んだぞ」

「自分で作るの?」

「あぁ、まぁ、そんなところだ」


 曖昧な返事だ。そういえば、メグちゃんは自分で料理はしないはずなのに、どうしてうさぎさんウインナーの作り方なんて聞いてきたのだろう。気になるけれど、詮索するのもちょっとはばかられる。きっと、お母さんあたりにでも作ってもらいたいのだ。きっとそうだ。


「はいはぁい、みなさぁん、座ってくださぁい」


 次の話題を考えていたところで、艶のある特徴的な声と共に担任のヴェロニカ先生が教室に入ってきた。

 そろそろ、朝のホームルームが始まる。クラスメイト達はだらだらと自分の席に戻って行く。わたしの隣の男子は、みんなが着席した頃にようやく、教室に転がり込んできた。


「毎日よくもまぁ、ギリギリで登校して来るわねぇ。狙ってやっているのかしら? だとしたら、関心するわぁ」


 ヴェロニカ先生に褒めているのかけなされているのかわからない言葉をかけられ、彼はクラスの笑いものになった。

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