『久しぶり』その一
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学校が休みで、かつ錬金工房が営業している日は、手伝いをすることがある。わたしの仕事は、主に見本品と商品の陳列、それからレジ打ちだ。働きぶりに応じてお金を貰えるので、暇な時には結構なお小遣い稼ぎになる。
最近は、ショコラちゃんも一緒にお手伝いをしている。初めはお小遣いを断っていたショコラちゃんだったけど、『人様から預かっている娘にタダ働きさせるわけにはいかないから』と、お金を胸の谷間にねじ込もうとしてくるお母さんに根負けして、お小遣いを受け取るようになった。
「ユリィ、『マリィ謹製即効軟膏』と『汚れに負けないマリィ印の万能洗剤』を並べてください。ショコラは『旅のお供に、マリィも満足ハニー堅パン』を。先に終わった方は、もう片方の手伝いをしてくださいね。終わったら、報告よろしくです」
「はーい」
「わかりました〜」
商品にやたらとお母さんの愛称が付いているのは、錬金工房の宣伝と作製者の周知を兼ねているからだ。ネーミングセンスはイマイチだけど、その効能は折り紙つきで、遥か遠方からお母さんの作った物を買いに足を運ぶ人も居るくらいだ。
「ユリィちゃん、しばらく見ない間に大きくなったねぇ。今いくつになるの?」
軟膏を並べていたら、おばさんが話しかけてきた。この人はよく錬金工房に来てくれる人だけど、わたしが会うのは久しぶりだ。
「十四歳です」
「そうかい、子供は成長が早いねぇ。べっぴんさんになったじゃないか」
「あはは、ありがとうございます」
「おほほ……さて、軟膏、一つ貰おうかね」
「はい。毎度ありがとうございます」
おばさんに並べたての軟膏を手渡す。常連さんとなら、人見知り気味なわたしでもそこそこ喋ることができる。
「お会計お願いできますか?」
「はい……サーベ軟膏一点……中性ユニカ洗剤二点……それから蜂蜜堅パン二点ですね……合計して二十四クルスと五十メルーです……。……はい、二十五クルスお預かりします……五十メルーのお返しです……ありがとうございました……」
クラーラさんのやる気のない声と、レジのきびきびした音が同時に聞こえる。
お客さんが出ていったのを見計らって、シュリちゃんがずかずかとレジの方へ行く。また、クラーラさんの行動が気にさわったようだ。
「クラーラ、何度言ったらわかるのですか。ちゃんと商品名を言いなさい!」
「長いから覚えられないし……そもそも正式名称は私が言ってるやつだし……」
「なにを言うのですか! ここに並ぶのは全て、マリィが正規品のレシピにオリジナルの改良を加え効能を高めた、上位互換! そんじょそこらの正規品と同じ名称で呼ぶなど、片腹痛いのです!」
「マリィさんは別にいいって言ってたし……それでいいじゃん、めんどくさいな……」
「めんどくさいとはなんですか! だいたい貴女は――」
売り言葉に買い言葉で、また二人の言い合いが始まった。お客さんにこんな状況を見せてしまえば、従業員の管理を怠っているとして、錬金工房の信用に関わる。けれど、不思議とこの二人は、お客さんが居る時には絶対に喧嘩しないのだ。計算ずくなのか、はたまた奇跡なのか。いずれにせよ、いつお客さんが来るかわからないので、こちらとしてはひやひやする。
不意にぴたりと言い合いが止まった。からんころん、と来客を告げるベルが鳴る。ここまでくると、もはや不思議を通り越して怪奇現象の域だ。
「いらっしゃいませ〜」
向こうの棚の奥から、ショコラちゃんが律儀に挨拶をしている。わたしと同様に入ってきたお客さんから見えない位置なのだから、挨拶くらいサボってもいいのに。
「いらっしゃいませです。……おや、レイじゃありませんか。お使いですか?」
名前を聞いた途端、どきんと心臓が跳ねた。“彼”だ。
「はい。いつものありますか?」
落ち着いた、人当たりの良さそうな声。いつからだったろうか、彼の声が低くなったのは。気づいた時には、声が男らしく変わっていた。
「お母様のお薬ですね。ちょっと待ってください。マリィに確認をとってきます」
シュリちゃんがぱたぱたと、お母さんの作業場に入っていくのが見えた。
「レイ……今日ユリィ居るよ……」
クラーラさんは厚意のつもりで言っているのだろうけど、心の準備が全くできていないわたしとしては、ありがた迷惑もいいところだ。
「ユリィですか? そういえば、あいつが高校に上がってから一回も会ってないなぁ。久しぶりに顔が見たいです」
「うん……今呼ぶ……ユリィ、おいで……」
どうしよう、出て行く? ……まったく覚悟ができてない。いや、でもせっかく顔を見たいなんて言ってくれてるんだから、出て行かないと。ていうか、そもそもなんで、わたしはこんなに逡巡しているのか。たかが幼なじみと顔を合わせるだけなのに。ててっ、と棚の影から飛び出して「久しぶり、元気だった?」なんて一声かけてやればいいのだ。よし、行こう。三、二、一で行こう。三、二――
「あっ、居た」
棚の影から、ぬうっと彼の顔が現れた。
「ぴにゃっ!」
「うおっ、変な声出すなよ」
「あ、あぁっ、ひひ、久しぶり、げ、元気だった?」
「なにどもってるんだ?」
「べ、別にどもってないし」
「どもってるじゃないか」
「……レイ君のいじわる」
「あはは、ごめんごめん。でも、元気そうでよかったよ」
そう言って白い歯を見せて微笑む彼の顔は、最後に見た時より少しより男らしくなった気がする。男子三日会わざれば、というやつか。極東の異国の血が半分流れている彼の濃い茶色の瞳に、高校生になったわたしはどう映っているのだろうか。少しは女らしく映っていてほしいものだ。




