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『箒の乗り方』 その四

 休日明け、旧校舎の前庭で、みんなに休日の練習の成果を見せた。浮くだけで歓声が起こるものだから、ちょっと得意な気分になった。

 地面に降りてみんなのいるところまで戻ると、まばらな拍手が迎えてくれた。特にシャリーさんは、興奮ぎみに、大きく拍手をしてくれている。


「ユリィちゃん、二日でよくぞここまで飛べるようになりましたわね! 天才ですわ! なでなでして差し上げますわ!」


 シャリーさんは、わたしを抱きしめてなでなでしてきた。ここまで大仰に褒められると、恥ずかしい。


「まぁ、あたしと比べたら全然まだまだだよね」 

「乗って二日のユリィと比べても仕方ないですよ、アン先輩」

「これで来週末は安心ですよね〜?」


 おっぱいで顔をホールドされてなでなで攻撃に晒される最中、三人の声が聞こえる。


「いや、地元最強を目指すなら、まだまだ足りないね」

「来週までに地元最強は無理がありますわよ。そもそも、地元ってどこですの」


 シャリーさんが声を発する時、彼女の胸元が震えてちょっとくすぐったい。


「ここら辺一帯かな?」

「曖昧ですわね」

「兎にも角にも、もう少し速く飛べるようにならないと、お話にならない!! 明日から特別コーチ呼んで特訓する!! ユリィが地元最強になるためのメソッドを、みっちり叩き込んでもらうからね!!」


 果たして誰を呼ぶのか、特訓とはいかなるものなのか。アンさんのことだ、あまりいい予感はしない。シャリーさんのあったかふわふわした胸の中で、わたしはちょっと不安になるのだった。

 そして翌日、遅れて部活にやってきたアンさんは、うかない面持ちでため息をついた。


「はぁ……ダメだった」

「ダメですの?」

「特別コーチ、大会が近いから勘弁してくれって……」

「あらまぁ、残念ですわねぇ。久しぶりにお顔を拝見したかったのですけど」


 わたしには朗報だった。無茶苦茶な練習をさせられずに済みそうだ。


「特訓ないんですか? やったー!」

「いや、特別コーチはいなくても、あたしがコーチとして教えるから!! 特訓はやるよ!!」

「えー……」


 ぬか喜びだった。テンションだだ下がりだ。もう飛べるようになったんだから、特訓なんかしなくてもいいのに。地元最強なんて不良みたいな称号、わたしは要らない。


「ほら、みんな外行くよ!!」


 飲みさしや食べさしをやっつけ、食器を片付け、体操服に着替えて、みんな連れ立って外に出る。


「特訓って何するんだろうな? 楽しみだな、ユリィ!」


 メグちゃんの目がきらきらしている。彼女が特訓を受けるわけでないのに、何が楽しみなのやら。


「楽しみじゃないよ……特訓なんてしなくても、もう飛べるのにさ」

「何を言ってる! 日々これ鍛錬だぞ! 現状に満足せず上を目指すんだ!」


 また、熱血病が始まったようだ。普段クールぶっているくせに、彼女は根性だとか努力だとか、そういう『アツい』ものが大好きなのだ。


「上ばかり見てたらキリないよ。そんなに言うなら、メグちゃんも特訓する?」


 ふざけ半分で言ってみたら、彼女は天啓だと言わんばかりにはっとした顔を見せた。


「おぉ……そうだな。現状で満足していたのは、私のほうだった。アン先輩、私も特訓を受けさせてください!」

「おっ、メグもやる気か!! ビシバシしごいてやるから、覚悟しなよ!!」

「はい! よーし、燃えてきたぞ!」

「やる気満々だね!! ならば、一刻も早く特訓する!! 前庭までダッシュだー!!」


 二人は雄叫びを上げなら廊下を走って行って、あっという間に背中が見えなくなった。


「アンはともかくメグちゃんまで……落ち着きがないですわねぇ」

「二人とも元気だね〜」

「元気なのはいいけど……これからあれに巻き込まれるのかと思うと、げんなりだよ」

「ユリィちゃん、もしアンが無茶なことをさせるようでしたら、わたくしがすぐにやめさせますわ。だから、安心してくださいな」

「そのときはお願いしますよ、ホントに」

「任せてください。いざとなったら、アンを気絶させてでも……なんて、冗談ですわよ。うふふ」


 冗談と言いつつ、目が笑っていない。頼もしいけれど、なんだか怖い。

 前庭では、箒に乗ったメグちゃんが猛スピードで行ったり来たりしていた。


「あと五往復だよ!! 気合入れな!!」

「はいッ! うおぉぉぉぉ!」


 これがアンさんの言う特訓の片鱗だというのか。完全に、運動部のそれと変わらないじゃないか。こんなの、錬金術部の活動じゃない。


「ユリィ、遅い!! 罰として校庭三十周だ!! もちろん、走ってな!!」

「そんな、いきなり無茶苦茶ですよアンさん……」

「アンじゃない!! コーチと呼べ!! 次間違ったらプラス五周だ!!」


 本当に無茶苦茶だ。運動音痴のわたしがそんなこと、いきなりできるわけがない。


「いきなりきつそうだね〜。ユリィちゃんできる〜?」

「無理……」

「アン、ちょっとこちらへいらっしゃいな」

「なんだよぅ、あたしは指導で忙し――」

「いいから来なさいな」


 シャリーさんの笑顔が怖い。アンさんもそのただならぬ雰囲気を察したのか、むくれながらもこっちに来た。

 二人は少し離れた場所まで行き、なにごとか話し始めた。メグちゃんの雄叫びのせいで、会話はよく聞こえない。


「どうしたんだろうね〜?」

「さぁ?」


 しばらくして戻ってきた二人の顔は対照的だった。シャリーさんは満足気な笑顔なのに対して、アンさんは顔面蒼白でしょぼくれていた。


「ユリィ……」

「は、はいっ」

「あたし調子乗ってた……ユリィのペース考えてなかった……もっとゆっくり練習するべきだよね……ごめん」


こんなにしおらしいアンさんは初めてだ。面食らってしまって、なにも言えない。

 ショコラちゃんと顔を見合わす。彼女も当惑した表情だった。


「これからわたくしがコーチを引き継ぎますわ。ユリィちゃん、ゆっくり頑張りましょうね」

「あっ、はい、わかりました」

「走らないで済んでよかったね〜」

「うん、ホッとしたよ」


 シャリーさんはいったいどんな手品で、あんなにやる気満々だったアンさんを鎮めたのだろうか。なんにせよ、これで無茶な特訓はさせられずに済みそうだ。


「はぁ、はぁ……終わりましたよ、アンさん!」


 息せき切らせて、やり切った顔のメグちゃんが来た。


「んぁ、お疲れ。でも、これからシャリーがコーチだから。あたしはもう解雇だよ」

「なっ、なぜですか? あんなに勢い込んでいたじゃないですか!」

「あたしは所詮小市民。潰されたのさ……権力という名の巨人にね」

「アンさん……」

「メグ、お前は、潰されるんじゃないよ。あたしは……げほっ、げほっ!」


 アンさんはわざとらしく咳き込んで膝をついた。驚いたメグちゃんがしゃがみ込み、小さい背中に手を当てる。


「アンさん?! どうされたのですか!」

「持病の『しゃく』が……もう、限界みたいだ……げほっ、ごほっ」

「持病だと?! そんな、アンさん!」

「メグ、あんたの特訓、最後まで見届けたかった……ごほっ、達者で、ね……がくっ」


 ご丁寧に擬音まで口に出して、アンさんは地べたに倒れ伏した。


「アンさん? 嘘、だろ……目を開けてくださいよ! アンさぁぁぁん! うわぁぁぁ……」


 メグちゃんの慟哭が迫真の演技過ぎる。演技していない、ナマの反応のように思える。


「……ぐずっ、ひっ、なんでっ、みんな泣かないんでずかっ! ……ずずっ、アンさんがっ、アンさんがっ……!」


 あっ、これ本当に信じてる。純粋過ぎて怖い。

 突っ伏したアンさんがぷるぷると震えている。メグちゃんの純真無垢な心が、ツボにハマったようだ。

 なんて声をかけたらいいかわからず、ショコラちゃんのほうを見る。彼女はなんとも言えない微妙な表情で、わたしを見てくる。


「アン、おふざけはやめなさい。メグちゃんが信じちゃったじゃないですの!」


 シャリーさんの一声で、アンさんはむくりと起き上がった。そして、顔からいろんな汁を垂らしながらぽかんとしているメグちゃんと目が合うと、せきを切ったように大笑いした。


「あはははははっ!! 嘘だよーっ!!」

「なっ……」

「信じた? ねぇ、信じた? あはははっ!!」

「酷いぞ! 本当に心配したんだからな!」


 メグちゃんは顔を真っ赤にして、けらけら笑うアンさんをぽかぽかと叩く。


「あははっ!! うぅっ、また『しゃく』が……今回はホントにだめだー……」


 ぱたりと、アンさんはまた倒れ込む。その様子を見て、メグちゃんは呆れた様子で鼻を鳴らし立ち上がった。


「もう騙されませんからね!」

「くだらないことしてないで、早く立ちなさいな」

「やれやれ、もたもたしてるとユリィの練習時間なくなっちゃうってのに……よっこいしょ」

「誰のせいでもたついてると思っているんですの、まったく」

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