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『箒の乗り方』 その一


 ☆


 箒で空を飛ぶ。この世に生まれたからには、大多数の人が経験しているだろうし、その誰もがこともなげにできるはずだ。


「がんばれ〜」

「ぐぅ……ふぬぬぬ……」


 けれど、箒に乗ったことの無い人だっている。空を飛んで早く移動する必要性がない――つまり、徒歩圏内で生活の全てがこと足りる人だ。


「ほら、もう少し〜」

「うぅぅん、ぬぅぅぅ……」


 そして、それはわたしのことだ。


「いいよ〜、そのまま〜」

「はぁぁぁ……うぐ、なんか、食い込んできたんだけど……」


 箒に上方向への力がかかり、股に食い込んできた。爪先立ちになって、少しでも上へ行こうと踏ん張る。ふくらはぎがつりそうだ。


「身体も一緒に浮かせないとダメだよ〜」

「やってるけど……あいたたっ! もう無理!」


 我慢できないくらい股が痛くなり、ふくらはぎもつりかけて、堪らず、箒に魔力を込めるのをやめた。箒が上へ行こうとする力がふっと途切れ、股にかかる力も無くなった。


「あ〜、残念〜」

「いや、ちょ……こんなに食い込むものなの?」

「う〜ん、初めてだと力んじゃって、食い込んじゃうかもね〜。練習あるのみだよ〜」

「ううっ、ちょっと休憩したい……ごめん、もう一回手本見せて」

「りょ〜か〜い」


 箒を手渡し、しゃがみ込む。どこがとは言わないけれど、じんじんする。


「見ててね〜……それ〜」


 ショコラちゃんの体が、箒と共にふわりと浮く。どうしてそう、余裕でできるのか、見ていてもさっぱりだ。

 彼女は箒の上で姿勢を変え、腰掛けるような格好になった。そして、地面に足がつくすれすれのところまで降りてきた。


「わかった〜?」

「わかんない」

「わかんないか〜……あっ、そうだ〜。一回、私の後ろに乗ってみる〜? “箒で飛ぶ”って感覚を、一度体験してみるのがいいと思うんだ〜」 

「えぇっ、二人乗りって危なくない?」

「大丈夫だよ〜。私が箒を操作するから、ユリィちゃんは自分が浮くことだけに集中して〜」

「う、うん」


 一度地面に足を付け、ショコラちゃんは箒に跨がる格好をした。その後ろで位置につき、彼女のお腹周りにぎゅっと手を回す。彼女はお腹周りに手を回されるのがあまり好きではないのだけど、今回はわたしの恐怖心を察したのか、何も言ってこなかった。


「じゃあ、行くよ〜。しっかり掴まっててね〜」


 浮くこと。それだけに集中。大丈夫、できる。わたしは鳥。そう、鳥なのだ。

 今度はほとんど箒が股に食い込むことはなく、足が地面から離れた。


「ほら〜、浮いてるよ〜」

「すごい! 浮いてる!」

「このまま前に進むよ〜?」


 ゆっくりと、わたし達の体は前に進んだ。地面すれすれだけど、亀の歩みみたいな速度だけど、ほぼショコラちゃんが飛んでいるようなものだけど、それでも、わたしは今、確かに箒で空を飛んでいる。


「すごい! 飛んでる!」

「じゃあ、少しだけ動き回るよ〜?」


 あまり広いとは言えない裏庭を、わたしたちはゆっくりとした速さで、周回する。今まで飛んだことがないわたしには、それがとても感動的で、それにつられていつもの中庭の景色すら新鮮で瑞々しく見えた。

 箒から降りた後も、なんとなく体がふわふわと浮いているような感覚が持続している。これはもしや、今やればイケるのでは?


「ショコラちゃん、わたし、今なら飛べるかも!」

「お〜、やる気満々だね〜。よ〜し、やってみよ〜!」


 箒を受け取り、意気揚々と跨がる。イケる。そんな確信の中、箒に思いっきり魔力を込める。箒がぐん、と力強く上がってきて。


「みぎゃあっ!」


 箒が思いっ切りわたしの股間を強打し、わたしは勢い余って仰向けにひっくり返った。その拍子に、背中をしたたかに地面に強打する。


「うーっ……」


 股と背中に走る痛みに悶える。


「ちょっとユリィちゃん、大丈夫〜?!」

「痛いよぅ……」


 それはもう、涙目になるくらい。


「ど、どこが痛いの〜!」

「背中……と、あの……ここ……」


 恥をしのんで、股間が痛いことを伝える。


「大変だよ〜! ど、どうしよ〜!」

「お母さん……呼んで……」

「わかった〜!」


 ショコラちゃんは大慌てで裏口に消えた。股間を強打して悶えている姿なんて、お母さんに見せたくはないけど、背に腹は変えられない。

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