『錬金術部へようこそ』 その四
「あっ、いつの間にか暗くなりかけてるじゃん!!」
メグさんの視線に耐えて針のむしろに座った気分で雑談しているうちに、外は暗くなりかけていた。
「あらまぁ。では、そろそろお開きにしましょうか。片付けをするので、一年生の皆さんは少々お待ちくださいな」
シャリーさんとアンさんは、二人で手分けして円卓の上の食器を持って、部室の外に消えた。外に出るついでに、シャリーさんが明かりを点けていった。ぱっ、と光が降り注ぎ、わたしたちを照らす。
メグさんは思い詰めたような、シリアスな顔だった。ショコラちゃんは相変わらず、ぽけっとした顔だった。それに挟まれたわたしは、どんな顔をしていいものやら。
「……二人とも、ちょっといいか」
しばしの沈黙の後、不意にメグさんが口を開いた。なにか意を決したかのような声色だった。
「なに〜?」
「……その……あの……わ、私と、と、とと、友達になって、くれないか!」
言い終えると、メグさんは耳まで顔を真っ赤にして伏し目になった。予想外の言動に、ぽかんとしてしまう。
友達? わたしたちと? ショコラちゃんはともかく、わたしも? あんなに睨んでたのに?
「いいよ〜」
ショコラちゃんは二つ返事で了承した。
「ほ、本当か?!」
メグさんは、がば、と顔を上げた。ここで初めて、彼女の笑顔を見た。さっきまでしかめっ面しか見ていなかったから、こんな表情ができることにびっくりした。
「ユリィちゃんはどうなの〜?」
「え? あ、あぁ、えと……わたしでよければ、いいよ」
「そうか……二人とも、ありがとう」
噛みしめるように、彼女は言う。
「どういたしまして〜」
「あぁ、そうだ! なぁ、お前たちのこと、名前で呼んでもいいか? 友達同士は名前で呼び合うんだよな?!」
彼女はワクワクした面持ちだった。えっ、そんなキャラだったっけ? わたしがレッテル貼りして勝手に建立したいかめしいメグさん像が、みるみる崩壊していく。
「もちろんだよ〜。私もメグちゃんって呼ばせてもらうね〜」
「あぁ。ショコラーデ、これからよろしくな」
「あだ名でいいよ〜。ショコラって呼んで〜」
「む、そうか。……じゃあ、ショコラ、よろしくな」
「こちらこそ〜」
「えっと、ユリナルカ……お前も、よろしく頼む」
ショコラちゃんとのやり取りが一通り終わって、メグさんはこちらを向いた。
「あ……うん。ユリィでいいよ。わたしも、メグちゃんって呼ぶから」
「あぁ。わかったよ、ユリィ」
なんだか拍子抜けだ。さっきまでびくびくしてたのが、バカバカしくなる。
「ユリィとショコラは、どうしてこの部活の見学に来たんだ?」
「ユリィちゃんがアンさんに引っ張られて〜、それについて行ったら、いつの間にか来てたの〜」
「ははっ、なんだそれ?」
「アンさん……あのちっちゃい先輩に声かけられて、いきなり腕掴まれて、あれよあれよと言う間に連れて来られたんだよ」
「へぇ。あの人って、そんなに強引な人なのか」
「人ごみの中でどんどん行っちゃうから、はぐれるかと思ったよ〜」
「そう言う割には、だいぶのんびり追いかけて来たよね」
「え〜? あれでも私なりに一生懸命ついて行ってたんだけどな〜」
こうして話が盛り上がりかけてきたところで、シャリーさん達が帰ってきた。
二人は食器棚の隣に置いてあったラックに、洗った食器を並べていた。悲しいことに、あの食器乾燥ラックと化した物が、唯一この部活で有効に使われている錬金術の器具だった。
「お待たせしました。今日はこれで、部活見学の時間を終わりますわ。こんな部活に足を運んでいただいて、重ね重ね、ありがとうございますわ」
「明日は歓迎会するからね!! 絶対来てよね!!」
「皆さんが入部してくれることを、心より祈っておりますわ。……さぁ、帰りましょうか。校門までお送りしますわね」
先輩二人に付き添われ、わたしたちは学校を後にした。先輩二人は駅へ向かうのに対して、メグちゃんは帰る方向が同じだということで、一緒に帰ることになった。
「なぁ、二人は錬金術部に入るか?」
「私は入るよ〜」
「わたしも、たぶん入るかな」
「そうか……私は、どうしようか悩んでいるんだが……」
「入部しようよ〜。三人で錬金術部に入って、これから三年間仲良くやってこうよ〜」
「あぁ……それ、いいな。……よし、決めた。私も錬金術部に入るぞ」
「やった〜。錬金術部三人娘の誕生だよ〜」
「えぇ、なんか売れない歌手みたい」
「いいじゃないか、錬金術部三人娘。私は気に入ったぞ」
帰りの道中、わたしたちは延々と、くだらない話を続けた。無理矢理連れて来られたけど、錬金術部に足を運んでいなかったら、メグちゃんとこうして交友関係を結ぶ機会なんてなかっただろう。
「私の家はあっちなんだ。すまんが、ここでお別れだ」
話に夢中になっているうちに、いつの間にか、水路にかかる橋のたもとまで来ていた。
「ねぇ、明日みんなで学校に行こうよ〜。この橋の所で待ち合わせしよ〜」
「いいな。何時集合だ?」
「七時過ぎくらいかな〜?」
「よし、わかった。七時だな。……じゃあな」
それを言うと、メグちゃんは足早に行ってしまった。かつかつかつと足音を鳴らし、あっという間に背中が小さくなっていく。どうやら、さっきまでは歩く早さを、わたしたちに合わせてくれていたようだった。
「ばいば〜い」
「じゃあねー」
高速で去ってゆく背中に、別れの挨拶をする。メグちゃんは振り返らずに、後ろ手に手を振った。
翌日、寝ぼけ眼のショコラちゃんを引っ張って、気持ち早めに家から出た。待ち合わせ初日だし、メグちゃんを待たせてはいけないと思ったからだ。けれど、待ち合わせ場所に着いてみてると、すでにメグちゃんが待機しているではないか。
「メグちゃんおはよう」
「おはよ〜……むにゅむにゅ」
「おう、二人とも、遅かったな」
「遅かったって、まだ七時だよ?」
「六時半くらいには、ここに居たんだ」
「えぇ、早すぎだよ」
「その……楽しみで、待ちきれなくて」
そういえば、彼女の目元にはクマがあり目が赤い気がする。まさか、寝付けなくて早く来たのか。そんな、イベント前の子どもじゃないんだから。
「寝れなかったの?」
「……そうだ」
メグちゃんは頬を染めてそっぽを向いた。図星だった。
「ショコラちゃんなんかぐっすり寝たのに、まだ眠そうなんだよ……っていうか寝てるし」
立ったまま目を閉じ、船を漕いで規則正しい呼吸をしている彼女から、大物のオーラを感じる。
「ほら、ショコラちゃん起きて!」
「む〜、あと五分〜」
この後、宣言どおり五分くらいショコラちゃんはむにゃむにゃし続けた。その間、わたしたちは辛抱強く、彼女の寝言に耳を傾けていた。
オリエンテーションがメインの授業もそこそこに、ついに放課後となった。わたし達三人は終業早々、部室の前にやってきた。いざ入部、となると、なんだかちょっと尻込みしてしまう。
「もしかしたら、まだ歓迎会の準備してるんじゃない? メグちゃん、先に行って様子見てきてよ」
「なんで私が? ユリィが先に行けよ」
「私が先に行こうか〜?」
「どうぞどうぞ」
「頼む」
「え〜、そこはもっともめるのがお約束だよ〜」
部室の前でわちゃわちゃやっていると、声を聞きつけたのか、先輩二人がひょっこり顔を出した。
「ちょっと、聞こえてるんだけど!!」
「みなさん、もう準備はできていますわよ。どうぞ入ってくださいな」
部室の様子は、昨日とすこし違っていた。黒板目一杯に『祝入部!』と色とりどりのチョークで書かれた文字が躍り、天井には紐でくくられた可愛い形の色紙が満艦飾のように張り巡らされていた。円卓には五人分の食器とお茶菓子が並べられている。
「朝早くから準備したんだよ!!」
「お菓子とお茶は、今用意したばかりですので、ご安心を」
「よし、じゃあ、シャリー、“あれ”、いくよ!!」
「えぇ!」
「せーの!!」
『錬金術部へようこそ!!』
「ですわ!」
わたし達の背後で、先輩達は高らかに言った。
こうして、わたしの錬金術部生活は幕を開けたのだった。




