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『入学前日譚』 その七

 翌日、約束通りショコラちゃんに街の案内をすることになった。お母さんは納期の関係で作業場に缶詰めだし、シュリちゃんはそれを見張っているので、わたし達は二人で出かけた。

 まずは、数々のお店が軒を連ねる、色彩豊かな目抜き通りにやってきた。家からそんなに遠くないし、大抵の買い物はここだけでこと足りる。よほどのことがない限り、わたしはここら近辺までしか出歩かない。


「わ〜、いっぱいお店があるね〜」

「どこ寄ろっか?」

「うんとね〜……あっ、文房具屋さんだ〜。じゃあ、文房具屋さんに行きたいな〜。今のうちにノート買っておきたいの〜」


 この文房具屋さんは、ノートや万年筆のインク等、わたしの文筆活動に欠かせない物が豊富に取り揃えられている。ここを切り盛りする老夫婦とも、顔なじみだ。


「いらっしゃぁい。おやまぁ、ユリィちゃん、そちらはどなた?」


 今日はおばあちゃんが店番をしていた。彼女は顔をくしゃくしゃにした紙のようにしわくちゃにして、にこにこしている。


「えっと……」

「私、ショコラーデっていいます〜。昨日ここら辺に引っ越してきました〜。これからいっぱいお世話になると思うので、よろしくお願いします〜」


 わたしがどう紹介したものかと悩んでいるうちに、ショコラちゃんは丁寧に挨拶を返していた。


「あらぁ、これはご丁寧にどうも。こちらこそよろしくねぇ。ゆっくり見ていってね」

「は〜い。ユリィちゃん、ノート見にいこ〜」

「うん。ノート選びは任せて」


 文筆活動にはノートが欠かせないので、わたしはノートにもこだわっている。わたしの手にかかれば、ショコラちゃんの要望にピッタリの、最高のノートを選んであげることなど、造作もない。


「これにしよっと〜」

「早っ! もっと悩もうよ!」

「いつも使ってるのがあったから、これでいいかなって〜」


 なんだかんだ言って自分の使い慣れた物が一番という気持ちは、よくわかる。けれど、空振りに終わってしまった意気込みに気恥ずかしさを感じた。

 ノートを片手に文房具を見て回る、ショコラちゃんの後ろを付いて行く。わたしはついこの前に色々と補充したばかりで、買うべきものはないのだけど、こうして商品に囲まれていると、購買意欲が刺激されてしまう。けれど、首をぶんぶんと振ってなんとか耐えた。


「あっ」

「な、なに?!」

「このシャーペンかわい〜。ユリィちゃん見て〜」


 頭をぶんぶんしているところを見られたわけではなかった。彼女が手にしたシャーペンのノック部分には、四葉のクローバーのチャームがぶら下がっている。


「う、うん。かわいいね」

「よ〜し、これも買お〜」


 ショコラちゃんはシャーペンを二つ手に取って、会計に向かった。二つも買うなんて、デザインが気に入ったのだろうか。


「ユリィちゃんにシャーペンあげるね〜」


 外に出てから、ショコラちゃんがシャーペンを手渡そうとしてきた。


「へっ? で、でも……」

「文房具屋さんに連れて来てくれたお礼だから〜。受け取ってほしいな〜」


 デザインが気に入ったわけではなく、わたしに渡すために買ったようだ。この好意を、むげにするわけにはいかないので、受け取る。なんていい子なんだろう。


「……わかった。大事に使うよ。ありがとう」

「えへへ〜。次はどこ行く〜?」

「うーん、じゃあ、本屋さんに行く?」

「本屋さんね〜。行こ行こ〜」


 文房具屋さんもそうだけど、本屋さんも、わたしは足繁く通っている。そこまで規模は大きくないけれど、新しい本はすぐに入荷するし、言えば取り寄せだってしてくれる、いい本屋だ。


「お菓子の本ないかな〜」


 ショコラちゃんはふわふわと、料理本が並ぶ一画を目指す。わたしはそれに追従した。

 視界の隅の小説コーナーに、『新刊発売!』というポップが見えた。小説コーナーに行きたい衝動を、目を思いっきりつぶってぐっとこらえる。目をつぶって数歩歩いたら、どん、と人にぶつかってしまった。


「あっ、ごめんなさ……い?」


 人だと思ったら、平積みした本が入っているワゴンだった。数人のお客さんが、わたしの様子を見ていたのか、くすくすと笑っている。かあっ、と顔が熱くなった。


「ユリィちゃん大丈夫〜? ちゃんと前見て歩かないと〜」

「うん……」


 料理コーナーへの道中、みんながわたしを見ているような気がした。さっきの出来事で、少し自意識過剰になってしまっているようだ。気にしない、気にしない。

 ありもしない視線に悩まされながらも、なんとか料理コーナーに辿り着いた。ショコラちゃんは本を手に取ってぺらぺらとめくり、ぱたんと閉じて元の場所に置き、次の本を手に取る。これは、少し時間がかかるかもしれない。

 わたしはあまり料理に興味はないけれど、他にすることもないので、本に目を通して待つことにした。作り方の解説はちんぷんかんぷんだったけど、紙面でいかにも美味しそうに盛り付けられた料理を見ていると、ヨダレが出そうになる。 


「ふぅ〜。今日は買わなくてもいいかな〜」


 何冊目かの本を閉じ、一息ついたショコラちゃんが言った。


「いい本なかった?」

「また後でゆっくり見に来ようかなって〜」

「ゆっくり見てもいいよ? わたし待ってるし」

「今日は街を見て回らないとだから〜。時間がもったいないよ〜」

「それもそっか。じゃあ、学校見に行こっか」


 学校に行くのは入試の時以来だけど、案外道はちゃんと覚えているもので、迷わずに辿り着けた。

 春休みの午前中だけあって、学校前の並木道はほとんど人通りがなかった。校門前まで来て、遠巻きに校舎を眺める。


「おっきいね〜。これから、ここに通うんだと思うとわくわくだよ〜」

「わたしは不安でどきどきだよ……」

「なんで〜?」

「……友達みんな別のとこに行っちゃったから、一から友達作り直しだもん。上手くやっていけるか不安で……」


 ただでさえ中学校時代は友達が少なかったのに、その少ない友達の進路が見事にバラバラだったのだ。あんまり友達作りが得意でないわたしには、入学前から『友達をどう作るか』という悩みがつきまとっていて、非常に胃が痛い。


「そっか〜。でも、心配しなくてもいいんじゃないかな〜。もう、私が友達だから〜」


 ショコラちゃんは、さもあたりまえのように、そう言った。まだ出会って間もないわたしを、友達と呼んでくれた。


「……ありがとう」


 彼女みたいに臆面もなく、出会って間もない人間を友達と言える性格だったなら。友達ができるかどうかで胃を痛くすることも、なかったのかもしれない。


「高校でユリィちゃんに友達ができなくても、私がずっと友達でいるから安心してね〜」

「うっ……あ、ありがとう?」


 たぶん善意で言ってくれているのだろうけど、心に刺さった。彼女の優しい微笑みが、わたしを哀れんでいるように感じられてしかたなかった。


「よ〜し、学校も見たし、お待ちかねのケーキ屋さんに行こっか〜」

「そうだね……」

「どうしたの〜? 急にしょんぼりして〜」

「なんでもないよ……うん。それより、ケーキ屋だよね、ケーキ屋! お母さんたちにお土産買わないと!」


 そう、お土産にケーキを買ってきてほしいと、シュリちゃんに頼まれたのだ。今まで本や文房具などの誘惑に打ち勝って、死守したお土産用のお金を使うときが、やっと来た。しかも、余ったお金で自分の好きなケーキを買っていいという、オマケ付きだ。下降していたテンションが、ぐぐっと上がってきた。


「ユリィちゃん、急に元気になったね〜」


 気持ちの浮き沈みが激しいと思われたかもしれないけど、いきなり落ち込んでずっとぐずぐずしていると思われるよりはマシだ。

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