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『入学前日譚』 その六

「もう少しだけ! お願い!」

「だめです! さぁ、早く仕事に戻るのです!」

「いーやー! もっとショコラちゃんと遊ぶうぅぅぅ……」


 見学が一段落しても仕事に戻ることを渋るお母さんは、シュリちゃんによって強制的に作業場へ押し込められた。

 することが無くなってしまったわたしとショコラちゃんは、クラーラさんに別れを告げて、それぞれの部屋に戻った。


「ユリィちゃん居る〜?」


 ラジオを聞きながら、何をするでもなくぼけっとしていると、流行りの音楽に混じってドアの向こうからショコラちゃんがわたしを呼ぶ声が聞こえた。


「はいはーい。どうしたのー?」

「もう少しお話したいな、って思って〜。部屋、入ってもいいかな〜?」

「いいよ……って、あっ、ちょっと待って! 少し片付ける!」


 日記と創作ノートが机の上に開きっぱなしだったことを、間一髪で気付いた。慌てて閉じて、そこら辺にあった本を上に置いて封印する。これでひとまず、ショコラちゃんの目に触れることはないだろう。


「別に汚くても気にしないよ〜」

「いや、一応ね。あはは……じゃ、入っていいよ。床でもベッドでも、好きなとこに座っていいよ」


 ショコラちゃんを招き入れつつ、自分は机の前の椅子に陣取る。これなら、ショコラちゃんが封印に興味を惹かれても、わたしがディフェンスできるという寸法だ。


「なんだか床に座れるって新鮮だな〜」


 ショコラちゃんは、わたしの足元に横座りした。彼女が封印に触るためには、立ち上がる、手を伸ばす、本を取る、の合計三つのアクションが必要になる。対してわたしは、ショコラちゃんの腕かどこかを掴むだけのワンアクションでそれを防ぐことができる。わたしのディフェンスは、盤石のものと化した。


「お話って?」


 さらに、わたしから話をふることで、封印から注意を逸らす。ここまで徹底すれば、ショコラちゃんが日記とポエムノートに到達することは、万に一つも有り得ない。


「うんとね、もしよかったら明日、街のこと案内してほしいなって思って〜。ここから高校への行き方とか、あとあのケーキ屋さんも行ってみたいな〜」

「あぁ、それならお安い御用だよ。任せて」

「ありがと〜。あとね、どうせ外に行くなら、ユリィちゃんのオススメの場所に行きたいな〜。どこかないかな〜?」 

「うーん、オススメかぁ……本屋さんとか?」

「本屋さんか〜。お菓子の本いっぱいある〜?」

「たぶんあると思うよ」

「楽しみだな〜……あっ!」

「おわあっ!」


 にわかに立ち上がるものだから、びっくりして封印の上に覆いかぶさる。


「急にどうしたの〜?」

「なっ、なんでもないよ。そっちこそ、急に立ち上がってどうしたの?」

「この曲、ティターニアの新曲だよね〜」


 彼女の視線は、ポップな曲調に合わせ甘い声を垂れ流すラジオに注がれていた。ティターニアは、ここ二、三年で知名度を上げたアイドルだ。


「あ、あぁ、そうだね。これ、『恋の戦闘民族――私の恋愛力は五十三万です――』だっけ?」

「そうだよ〜」

「うーん、これもいいけど、わたしは『カミサマの涙†愛の大雨洪水警報†』のほうが好きかな」

「そうなんだ〜。私は『恋愛狩人イェーガーデアリーベ☆あなたの心を撃ち抜く綺羅星☆』が好きだよ〜」

「あっ、それもいいよね」


 曲名からわかるように、彼女の曲はキャッチーさを重視しており、ナウなヤングにバカウケなのだ。わたしも結構ティターニアの歌は好きだ。彼女の紡ぎ出すリリカルな歌詞は、毎回新鮮で、大いにわたしの創作意欲を刺激してくれる。

 ショコラちゃんはラジオの上で手をそっと動かした。ラジオを撫でるような、そんな感じだ。


「私、妹と二人でラジオ使ってたから〜、いつも妹に番組譲ってたんだよね〜」

「へぇ。でも、こっちに来たから、これからは自分の好きな番組聴けるよね」

「ラジオ実家に置いて来たんだよね〜。私の妹、ラジオ聴くの好きだから〜」

「えっ、そうなの」

「だから〜、ユリィちゃんの部屋に、たまにラジオ聴きに来てもいいかな〜?」

「うん、いいよ」

「えへへ、やった〜」

「ショコラちゃんはどんな番組聴くの?」

「えっとね〜、料理番組と音楽番組かな〜。ユリィちゃんは〜?」

「わたしは音楽とドラマかなぁ」


 それから、夕飯の時間までずっとお喋りをして過ごした。正直言って、一日でここまで誰かと打ち解けたのは、初めてだった。ショコラちゃんのふわふわした笑顔はとゆるゆるした口調には、不思議な心地よさがあった。 

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