『夢みるユリィ』
「わたしね、おとなになったられんきんじゅちゅしになりたい!」
膝の上のユリィが、舌っ足らずながらもそう言った。眩しいほどに、屈託のない笑顔だった。
「どうして錬金術師になりたいの?」
少々癖のあるユリィの金髪を手ぐしですきながら、問いかける。娘はきゃっきゃと笑い、くすぐったそうに身をよじった。
「……んっとね、れんきんじゅちゅしになって、こまってるひとをたすけたいの!」
「困っている人を助けたいのなら、錬金術士じゃなくても、お医者さんとか、警察の人とか、他にもそういうお仕事はいっぱいあるよ?」
意地悪をしたくて言っているわけではない。母親としては、娘が自分の職業に憧れてくれることは嬉しい限りだ。けれど、錬金術士の実情を知る人間としては、素直に喜べない。
錬金術士になるということが何を意味しているのか娘は知らないし、説明したところで理解できるわけもない。できれば、ユリィにはもっと広い視野を持って職業選択をしてほしい。もちろん、わたしのそんな願いも、娘には理解できないのだろうけど。
「れんきんじゅちゅしじゃなきゃやなの!」
「どうして? 錬金術士はすっごく忙しい仕事だよ? ユリィとこうしてお話する時間だって、すごく久しぶりだし。ユリィまで錬金術士になったら、わたしとユリィはもう会えないかもしれないよ?」
わたしの言葉にユリィは大きくかぶりをふった。
「そんなことないもん! れんきんじゅちゅしになったら、おかあさんといっしょにおしごとできるもん! そうすればずっとおかあさんといっしょだもん! それでね、わたしがおかあさんのおてつだいをして、おかあさんのいそがしいのをかたづける! そうすれば、もっとおかあさんはおやすみできるから! わたしはずっとおかあさんといっしょにいられるし、おかあさんもおしごとらくになるよ!」
言い終えて、ユリィはふんふんと鼻を鳴らした。少々興奮したのかぷっくりした頬がりんごみたいに紅潮している。
「ユリィ……っ……ううっ」
娘の健気さに、申し訳ない気持ちと愛しさで胸が溢れそうになる。目頭が熱くなって、鼻がつんとする。あぁ、泣いてしまう。でも、涙を見せるわけにはいかない。これ以上、幼い我が子を心配させるわけにはいかない。
ユリィの細い肩をそっと抱く。ひだまりのような温かさだ。ほのかに石鹸の香りがする。小さい、けれど力強い鼓動を感じる。わたしの頬に伝った熱い雫が、ユリィの癖っ毛に吸い込まれた。
「おかあさん、くるしいよ……」
知らず、きつく抱きしめていたようだ。洟をすすって涙を拭い、そっとユリィを解放する。彼女は一息ついて、瑕のない大粒の青玉みたいな瞳でわたしを見上げた。
「おかあさん、どこかいたいの?」
「ううん、なんでもない。ありがとう、ユリィ。わたし、自分の“錬金工房”を持てるように頑張るから。そうしたら、きっと、ユリィに寂しい思いをさせることもなくなるから。……だから、もう少しだけ待っててね」
「うん!」
ユリィは元気よく返事をして、わたしにしがみついてきた。頭を撫でてやると、子猫のように頬を胸にすりつけてくる。
このゆったりした時間が永遠に続くことはない。明日から、いつも通り仕事が始まる。娘のために、一層仕事に励まなければならない。
「ユリィ、愛してるよ」
「うん! わたしも、おかあさんのことあいしてゆ!」
ユリィの言葉とその笑顔だけで、不思議と体に活力がみなぎってくる。その効能はどんな薬や魔法をもってしても敵わない、唯一無二のものだ。