04.聞こえない声(2008.05.20作)
――はっぱじゃないよ、かえるだよ。
たどたどしくも楽しそうな声が聞こえた気がして、僕は書く手を止めて目を閉じた。
――かえるじゃないよ、あひるだよ。
背中を丸めて一心不乱に、チラシに絵を描いている……。そんなあの子の後ろ姿が、自然とまぶたに浮かぶ。
「雨」が「飴」に聞こえて、なんだかこっちまで楽しくなってくる。出掛ける時はポケットに必ず飴を忍ばせていたことを思い出して、知らず笑みがこぼれた。
三角定規は真ん中に穴があるから、ヒビなんて入ったら使えなくなっちゃうとかなんとか、そういうこともよく言っていた。小さなことに憤慨する姿が、見ていてとても面白かったなと思う。
――アンパンふたーつくださいな。
懐かしさに頬がもっと緩む。本当はコッペパンだけど、どうせなら好きなアンパンがいいんだと言い換えていたから。
「あっ、と言う間に……」
僕も歌に合わせて呟く。何が描けたか聞こえてくると思ったら、やっぱり続きは無かった。
風にカーテンの揺れる窓の外を見て、遠い所へ行った彼女に問う。返事の無いことがやるせなくて、僕は書き掛けの原稿をくしゃりと握り丸めた。
『あっと言う間に?』
『パパかんせい!』
娘が答えてくれるのは、いつも思い出の中でだけ。
(2008.05.20作)
■作品メモ
リレー形式で批評をしていく場で書いたもの。「子供のセリフは漢字を控える」という至極もっともなご意見を頂戴し、今でも教訓の一つ。2015年2月のpixiv転載にあたり、筋はそのままに加筆等けっこうしてる。
内容は哀しげだけど、父娘の話は好きだからそこそこ気に入ってる。そして実は娘、生死すら決めてない。亡くなったのか嫁に取られたのか、はたまた生意気に育っていけ好かない男に取られたか……オチを想像して遊んでもらえたらいいか。