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25.帰省(2009.08.11作 / 文学)
その部屋に入ると、夏らしい香りが鼻をくすぐった。
周りをぐるりと見回せば、足元のすぐ横に渦を描いた緑色。その一番外側の先端からは、少し濁りのある白い煙が細く細くでている。
昔から蚊取り線香――というか、線香の匂いが私は好きだ。母は「湿っぽいから嫌い」と言って、あまりこの部屋に近付こうとはしなかったけれど。
部屋の真ん中まで歩を進め、その場に静かにあぐらをかいた。
「ただいま」
ろうそくを灯すでも、お線香を立てるでも、ましてやお焼香するでもなく。蚊取り線香の匂いが控え目に満ちるこの部屋で、鈴も鳴らさず、手も合わせず。ただポツリと、帰った報告をする。母が微笑む仏壇にさして近付きもしないのは、それこそ〝湿っぽい〟と思ったからだった。
せわしなく鳴きたてる蝉の声に混じって、どこからか夏らしい涼しげな風と音が届いた。
――裏庭の井戸に下ろした西瓜も、そろそろ冷えている頃だろうか?
(2009.08.11作)
■作品メモ
少しは加筆しようかなと思うのですが、今もかなり好きな作品なのであまり変えることもなく終わります(笑)
冬シーズン真っ只中でも、これを読むたび風鈴の音が耳の奥に聞こえて「あの夏」を感じます。




