17.風と海神と少年(2008.10.11作)
「ターコーターコーあーがーれー、おーそーらーをーせいすのだー!」
船縁に座り足をパタパタ、少年は陽気に歌っていた。その背中には、小柄な体躯に不釣り合いの太く長い筒が吊られている。
豪快に笑いながら一人の水夫――船長が誰の歌かと問えば、「作詞作曲・僕ちゃん」とこれまた陽気に少年は答えた。
空は快晴、波風も穏やか。波止場には絶好の釣り日和と喜ぶ者もいることだろう。だが、少年の楽しみは別のところにあった。
「なぁ、おっちゃん。今日は大漁の兆し、あり?」
「おおよっ! ……つっても、ただの勘だがな」
ガハハと一つ盛大に笑った船長は、船員に号令をかけて仕掛けの引き上げに入った。――どうやら釣果は上々のようだ。
「よし、坊主! いっちょ派手に頼むぜ?」
船長の言葉に少年は頷いて、背負っていた筒から丸く巻かれた白いものを取り出した。その丈は少年の足元から胸ほどもある。
一振るいすると、パンッという小気味よい音と共にその姿は四角くて薄いものへと変わった。何の意味があるのか、四隅からは先が輪になった糸が垂れている。
少年はそれを足元に置き、横にいた水夫から今回の釣果の一つを受け取った。ひとしきり眺めたところで腰のポーチから針と糸を取り出し、〝それ〟を器用に白いものへとくくり付け始める。
しっかりと固定した後、今度は筒の底をカポッと開けて糸巻きを取り出し、その先端に付いている銀色のリングを四隅の糸の輪に通した。
「それでは、始めさせて頂きます」
少年が畏まって深くお辞儀をする。それを茶化すでもなく、囃すでもなく、彼の周りにいる水夫達は頷きを返した。
釣果を括り付けた四角四辺を抱えて船尾へ移動すると、高鳴る胸を落ち着ける為か少年は一つ深呼吸をした。
「海神よ! 風の神に掛け合い、これを天へと上げてみせよう! 成功の暁には、また恵みを与えたまえ!」
高らかに謳い上げ、少年は糸巻きを片手に船首へと駆け出した。当然、糸巻きの先に繋がれた四角四辺も後を追う。
少年が船首に着いた時。四角四辺――凧は見事に上がり、今回一番の釣果である“まだら模様の大鮹”は、足をうねうね、潮風に遊ばれていた。
(2008.10.11作)
■作品メモ
10月のお題『タコ』で書いたもの。October(10月)なだけにoctopus……らしい。
三日考えあぐねて書いたわりに、哀しいかな改良の余地多々あり。何回「四角四辺」って書くのよ、ああたは。今作は当時のまま。