29.loving U(2011.02.06作)
すごく。ピタリとくる表現が見当たらないくらい、すごく――横断歩道を渡ってこちら側に来た彼女は、驚いた顔をしていた。
「ただいま、美弥」
行く手を遮られたこと。急に声をかけられたこと。そして、俯かせていた顔を上げて見た人物。そのどれもに対して驚いたのかもしれないが、その要因の三割くらいは〝僕〟であればと小さく願う。
「ごめんな、誕生日に間に合わなくて」
小さく横に振れ始める顔と、今にも泣き出しそうに変わっていく表情にそう声をかけて、あと一歩の距離を縮めて抱き寄せた。
「れ、連絡してよ……なんにも、用意してな……っ!」
僕の腕の中で泣きだした彼女は、か細く文句を言った。
そんな美弥が愛おしくて、抱きしめる腕に少しだけ力をこめ、頭をポン、ポンと叩いてなだめる。いつか、子どもをあやす時もこんな穏やかな気持ちなんだろうなと、想いを馳せながら。
幾分か落ち着いた美弥を解放して、涙を拭っている手をつかむ。キョトンとする彼女をよそに、そっと引き寄せた左手の薬指に――
『どうか、1日でも長く、共に居られますように』
バレンタインの当日。そう願いを込めて、長い、長い、キスをした。
(2011.02.06作)
■作品メモ
これも「第二回500文字小説大会」の参加作。お題がバレンタインだからって、チョコだらけじゃ面白くないよなーと思って捻ったらしい。読み返せば読み返すほど駄作度が上がるような……浮かんだ光景だけを頼りに物語に仕上げるのは、やっぱり難しい。
チョコレートを食べれない子にとってのこの時期は、毎年、息苦しい季節の1ページになってるそうな。ちなみに私は、あげずに食べる派。形だけ旦那にあげて、結局は自分が食べちゃう悪食っぷり。