第九話:姉妹
『小梅。こっちこっち。』
桜は大学生の群れの中できょろきょろしている妹に向かって大きく手を振った。
小梅は姉の姿をカフェテリアのテラスに見つけると、うれしそうに走ってきた。
『さーちゃん、お待たせ。』
小梅は息を切らしながら、言った。
白くてぷっくりした頬が紅く染まっている。
桜は林檎みたいな妹のほっぺに手を伸ばした。
いきなり頬に冷たいものが触れたので、小梅はびくっと震えた。
『あれ、ごめんね。小梅のほっぺたが、あんまりにもかわいいからつい触りたくなっちゃった。』
『ううん、大丈夫。久しぶりだから、さーちゃんの手が冷たいの忘れてた。』
小梅は、幼い子のように温かい手を桜の手の上に重ねた。
『ふふ。小梅は人間ホッカイロね。』
『冬は重宝されるんだけどね〜。』
姉妹はお互いもう一度目を合わせると、くすっと笑った。
『どう、新しい高校は?楽しい?』
『うん。新しい友達も出来たよ。制服もかわいいでしょ?』
『よく似合ってる。わたし、大学に入った時に付属の高校生になりたいなあって思ったもん。それにしてもさすが小梅ね。転入試験もあっさり受かっちゃうし。』
『あたしは勉強しかとりえないし・・。』
久しぶりにそばで見ると、やっぱり桜はすごい美人だ。
美里と同じで、黒髪のサラサラロング。整った顔立ちに聡明そうな大きな瞳。
大学に入って始めたお化粧も桜の大人っぽさをよく引き出している。
純和風の美人で、小梅とは正反対である。
さっきから男の人達の視線が痛い。
『何いってるの。剣道だってすごく強いし、絵だって。自慢の妹よ。』
優しいお姉ちゃん。本気で言ってくれていることが良く分かる。
大好きなのに・・・。
温ちゃん。お姉ちゃんはやっぱり素敵な人だよ。
そういえば、おじいちゃんもだ。お姉ちゃんは愛される人で愛すことの出来る人。
あたしとは違う。
『ありがとう。お姉ちゃんもあたしの自慢。なんだか、照れるね。こーゆーの。』
涙を笑いに変えて・・・・・。
『そーいえば、温君って学年で成績1番なんでしょ?小梅のライバルじゃない。』
『え?そ、そーだね。』
心を読んだようなタイミングで、切り出された温の話題に小梅は動揺しながら答えた。
『次のテストどっちが一番かな?』
桜の瞳はいたずらっぽく光った。
『当然、あたし!』
小梅は勢いよくこぶしを振り上げた。
『よし!それでこそ、さーちゃんの小梅。』
小梅の元気がだんだん戻ってきたので、桜はほっとしていた。
小梅は意気消沈の宗助の相手をよくして、宗助が亡くなった後も祖父の残した土地は自分が守ると息巻いたらしい。
それにひきかえ、自分はどうだろう。
東京の大学に来たのも、目的は勉強にしろ、宗助の愛情を窮屈に思っていたことも理由の一つだ。
結局、相続税も含め、色々な問題から土地を手放すことになったけれど、桜は密かに責任を感じていた。
雪江は桜が気にしないようにと、宗助のことも小梅のことも黙っていたけれど、お葬式での様子を見ればなんとなく予想がついた。
一番気がかりだったのは、小梅のことだ。
三沢家をこよなく愛す繊細な少女が受けた傷が心配だった。
頑固な宗助のことだ、孫から受けた愛情を同じ様に返してやらなかったに違いない。
小梅は一見器用に生きているようにみえるが、絵を見れば誰でも彼女の繊細さが分かる。
なんだか、他にも悩んでるみたいだし。
小梅は幸せにならなくちゃ。
桜は目の前で、ニコニコしながらパフェをほおばる妹を愛しげに見つめた。
明日休みなので、がんばってみました。人って優しい部分と意地悪だったりずるい部分もあって、それが他の人の目にどう映るかも相性次第なんでしょうね。
なんだか当たり前のことを書いてみました。学校で毎日そんな場面に出くわします。