第三話:転入生
今朝、小梅が鏡を見るのは10回目である。
スカートは紺と白とベージュのチェック。紺色のブレザーにはピカピカ光る金色のボタン。首には真っ赤なリボン。
学校案内を見たときにもかわいいと思ったが、実物はもっとかわいい。
前の学校とえらい違い。やっぱり、都会だからかな。
鏡に中の自分を見つめた。少し緊張しているようで、顔がこわばっている。
小梅は大きく深呼吸をすると、にぃと笑顔をつくった。
今日は特別な日。
『温ちゃん。』
小梅は呟いた。
*
『皆さん、おはようございます。』
背の高い女性教師が、勢いよくドアを開けて入ってきた。高い声が、騒がしい教室に響く。
『おはようございまーす!』
生徒達も負けじと声を張り上げる。
『えーっと、去年いくつかのクラスで日本史を教えていたんで知っている人もいると思いますが、初めての人は初めまして。今日から、このクラス
の担任になりました三上 香苗です。担任は初めてですが、楽しいクラスになりそうですね。これからよろしくお願いします。』
『はーい。』
茶目っ気たっぷりな声が重なって響く。
『なかなか、美人さんだな。』
挨拶を聞きながら、温は前の席に座っている志野の肩をつついた。
『うん。』
志野は心ここにあらずといった感じだ。
絵を描くこと以外に志野が興味を示すことは驚くほど少ない。
人にもあまり執着しない。
まあ、そこがいいんだけどさ。
元来のおしゃべり気質の温は、少しもの足りなさを感じつつ志野から手を離した。
頭に栗色の髪がよぎる。田舎にいる幼馴染を思い出した。東京にいるはずないんだけど。
そういえば、小梅どうしてるかな・・。
『おい、温はもう聞いたか?なんか、転入生が来るらしいぜ。』
ぼんやりしていた温の横腹をクラスメイトの保が突いた。
気のいい太っちょの保は友達が多いせいか、ちょっとした情報通だ。
『へえ〜。珍しいね。うちのがっこって転入生とるんだ?』
『いんや、普通は取らないよ。なんか、試しに転入試験受けさせてみたら、満点近くとったらしいよ。しかもそのテスト入試より大分難しいんだって。俺なんて、入試でさえ繰り上げ合格だったのにさ。化け物っているんだなあ。』
『そりゃ、すごい。男?』
『いや、女の子だって。』
保の情報の早さには、いつも驚かされる。まだ、転入生が来ることでさえ、だれも言っていなかった。
『なんで、知ってるの?』
『え?俺、山崎のじいさんの茶飲み友達だもん。』
山崎のじいさんというのは学年主任のことだ。齢72で、いつ定年退職してもおかしくない。
けっこう頑固で厳しいので有名なのに・・・さすが保である。
一通りの挨拶が終わると、三上先生は大きく手をたたいた。
『はい、注目。今日は皆さんに良いお知らせがあります。実は、わが校はかなりの進学校がゆえになかなか転入生は受け入れないのですが、
今年は非常に珍しく二年生に転入生を一人迎えることになりました。転入先のクラスはなんと、わが2年B組です。』
教室がざわつく。やっぱり、みんな知らなかったんだな。
一足先に知ってしまったため、温に反応はうすい。
志野も大して興味がなさそうにあくびをしている。
『三沢さん、どうぞ。』
『失礼します。』
ドアがカラカラと開いた。
温の目に見慣れた栗色の頭が飛び込んできた。
『三沢 小梅です。これからよろしくお願いします。』
『こ、小梅?』
温は、口が開いたまま固まってしまった。
『あ〜、やっぱり温ちゃんも同じクラスだったんだ。』
温の視線に気が付くと、小梅はうれしそうに笑った。
*
ぽかんとしている温ちゃん。こころがほっこり温かくなった。
なんにも知らないんだろうな。あたしのきもち。
私の通ってる高校もわりと偏差値高めなんですが、転入生をとるって話は聞いたことないですね。留学してた人が戻ってきたことはあるけど。うーん。こんなことがあるんでしょうか。