第二話:志野
『はっくしゅん!』
河野 温は体を震わせた。
足元に散乱した絵の具が行く手を阻む。
『何でこんなに寒いんだ。もう四月に入るっていうのに。』
温はブツブツ文句をいいながら、部屋の真ん中に置かれている大きなストーブのスイッチを入れた。
数十秒後、ストーブはブーンとうなりながら、暖かい空気をはきだし始めた。
温はストーブの前に立って手を温めていたが、やがて机の上に置かれた筆とパレットを手に取ると、書きかけの絵の前に座った。
朝の静寂の中、温は絵の世界にのめり込んでいった。
*
一時間ほど続いた温の静寂は、突然の派手な音によって破られた。
背後で、どしんと大きな音がしたかと思うと、かすれたうめき声が聞こえた。
驚いて振り向くと、積み重ねられた椅子の奥に、赤いものが見える。
さらに、目を凝らすと小麦色の長い手足が床にだらしなくのびている。
赤いものは彼の髪の毛だ。
『志野?いたの?』
『いちゃ悪い?』
志野と呼ばれた少年は、不機嫌そうに体を起こした。横には、いくつかの椅子を組んだ簡易ベットが崩れている。
『いや、そうゆうわけじゃなくて・・。お前いつからいたの?』
志野の寝起きの悪さには慣れている温は、刺々しい言葉も気にしないせず、受け流した。
『一昨日位。』
志野はめんどくさいそうに口を開いた。
『一昨日?』
温はあきれてため息をついた。
よくみれば、志野の着ているブルーの半袖のTシャツには、ひどく汚れているし、トレードマークの赤毛はくしゃくしゃだ。
それに・・・Tシャツ??志野着ているのは半袖のTシャツだ。長い手足が剥き出しになっている。
まったく、見るだけで寒い。
温は顔をしかめた。それに、もう一つ心配なことがある。
『志野、もしかして一昨日から何にも食べてない?』
案の定、赤毛の少年は首を縦に振った。志野は放っておくと、食べるのを忘れる癖がある。
『俺、朝ごはん買ってくるから。』
そう言って、温が上着をつかむもうとした瞬間、志野が窓の方に顔を向けた。
『新入部員だ。』
志野は呟くと、窓を大きく開いて外を見下ろした。
『へ?何?』
温も窓の外を見下ろした。
澄んだ冷たい風が部屋に吹き込んだ。
窓の下を小さな影が駆け抜けていく。栗色の髪が風になびく。
『小梅?』
その色は温のよく知っているものに似ていた。