第十四話:彼女の片思い
温ちゃんが好き。さーちゃんが好き。その気持ちに嘘はない。今までも。そして、これからも。
温ちゃんへの「好き」が、さーちゃんや他の皆へのものとは違うことに気がついたのは、小学校の四年生の時だ。
その頃、あたしは、元々好きだった絵を描くという行為にさらにはまってしまって、毎日狂ったように絵を描いていた。学校が終わると、友達の誘いを断ってわき目のふらず家に帰り、筆を握っていたし、休み時間も大好きだったドッチボールやゴムとびに参加せず、一人で美術室に篭って、絵に没頭していた。もちろん、急に付き合いの悪くなったあたしを、非難する友達も少なくなかった。今思えば、なぜ、周りにそんな風に思われて平気だったのか自分でも分からないが、その時のあたしは、本当に全然気にならなかった。
でも、そんなある日事件が起きた。前日、荷物が多かったので、珍しく絵の具セットを学校に置いて帰ったあたしは、美術室に急いでいた。途中で、クラスの女の子達が集まっている横を通り過ぎた。あたしを見て、女の子達は小声でクスクスと笑った。なんだろう。少し嫌な予感がして、足を速めた。結局、美術室に絵の具はなかった。教室にもロッカーの中にも。必死になって、探したけれど見つからなかった。ヒソヒソ声に囲まれて、とうとうたまらなくなって、教室を飛び出した。
頭がぐるんぐるん回っていて、美術室にも行きたくなくて、どこに逃げればいいのか分からず、気が付いたら校庭の端っこにある栗の木の前に立っていた。幹に寄りかかると、やっと落ち着いてきた。あたしは、足元に落ちていた短い枝を拾い上げると、校庭の砂の上に絵を描き始めた。灰色の砂の上に次々と現れるクラスの女の子の顔。教室で見たあの見たこともないような悪意に満ちた顔。心に闇が、広がってしまわないように。あたしは描いた。しゃがみこんで必死に枝を動かした。後ろから、聞きなれた優しい声が響いた。
名前を呼ばれ、後ろを振り向くと、温ちゃんが立っていた。ホコリだらけで、頭に蜘蛛の巣を乗せている少年の手には、あたしの絵の具セットが握られていた。何があったのか一瞬で、悟った。
『帰ろう、小梅。その絵は残しておいたほうがいい。本当に醜いね。皆まるでクルエラみたいだ。』
それだけ言うと、温ちゃんはあたしの手を強く引いた。
夕焼けで空や町が真っ赤に燃える中、温ちゃんと手をつないで帰った。温ちゃんは何にも言わなくて、それが心地よくてゆっくり歩いた。ふと、思い出して聞いてみた。
『クルエラって百一匹ワンちゃんのクルエラ?』
『え?ああ。そうだよ。まあ、リトルマーメードのたこババアにも似てるな。』
『アースラーでしょ。』
『そうそう。それ。』
つないだ手は温かくてちょっと胸がどきどきして、そのとき感じた。ああ、あたしって温ちゃんが好きになったんだ。
どちらかといえば、もうすでにずっと好きだった気もした。どちらにせよ、あたしは恋に落ちたのだ。
*
『そうかも、でもありがとう。』
『うん。』
小梅が、お茶を取りに台所に行くと、食器戸棚の前で、桜と温は、肩を並べて仲よさそうに話していた。
『・・・・。』
小梅は何もいわず、その場をあとにした。
さーちゃんを見るときの温ちゃんの目は熱を帯びている。さーちゃんのことが大好きですって、瞳が、顔が、語る。
胸が、チリチリと痛む。
気をつけなきゃ。もしかして、あたしも温ちゃんの前であんな顔してるのかな。どうしよう。ばれたらおしまいなのに。
『そばにいられなくなっちゃう。』
半開きのドアから明るい光と雪江達の笑い声が漏れる居間を、一気に通り過ぎた。階段を駆け上がり、真っ暗な自分の部屋に飛び込むと、ベットに身を投げた。嗚咽が漏れないよう、枕に顔を押し付けると、小梅は目を閉じた。
割と暗めです。小梅には、ちゃんと幸せになってもらいたいですね。いじめは嫌いです。まともな神経なら出来ないと思います。