第十一話:沈黙の庭
風立大付属高校、通称風校の校舎は二つの棟に分かれている。モスグリーン色の棟が東棟で、クリーム色の棟が西棟である。
屋上はどちらにもないが、二つの棟の間にはおおきな中庭と、それぞれの棟の裏手に小さな裏庭がある。大きな中庭は「中庭さん」などと呼ばれ、噴水などもあり、当然の如くお弁当スポットや憩いの場として使用されているが、問題は二つの裏庭である。
大抵の学校での屋上の使用方法と同じ、つまり呼び出しの場として使われている。
西棟の裏庭は「恋の庭」と呼ばれている・・つまり告白スポット。ちなみに由来は裏庭の池に鯉が泳いでいことからである。
東棟の裏庭は「沈黙の庭」と呼ばれている・・つまり気まずい呼び出しのスポット。由来は特別教室や普段あまり使われない東棟は、棟の全体がひっそりとしているので、裏庭も静寂そのものだから。あとは、まあ、双方のいたたまれなさを上手く表現したネーミングである。
以上が小梅が、華乃子の手帳から得た情報だ。
小梅が頻繁に足を運ぶのは、「中庭さん」と・・・・「沈黙の庭」だ。もちろん、後者は本人も不本意で行くのだが。
『三沢さんて、河野君とどうゆう関係なの?付き合ってるの?』
小梅の前には、おとなしそうな女の子が泣きそうな顔で立っている。
小梅はため息をついた。転入してきてこの質問に何度同じ答えをしてきただろう。
『まさか。付き合ってなんかないよ。ただの幼馴染。』
言う度に、苦しくて苦しくて胸がつぶれそうになる台詞。まるで見えない縄が小梅の首を絞めているような気がする。
『・・でも、河野君に告白したら好きな人がいるって言われて。それって三沢さんでしょ?』
『ちがうよ。相手は言えないけど、あたしじゃない。』
まあ、「三沢さん」には変わりないけど。
『そう、教えてくれてありがとう。それじゃあ。』
少女は、うなだれた様子で去っていった。
『はあ〜。』
小梅は少女が見えなくなると、思わずその場にしゃがみこんでしまった。
漫画みたいに何人もで詰め寄るなんてことはないからいいと思っていたけれど、こう何度もこの台詞を言わされるのは精神的に辛い。
温のもてっぷりは昔からだが、高校に入りさらにグレードアップしている。
一昨日も巻き髪の美女に呼ばれたばかりだ。今日の子も、おとなしめだけどかなりかわいい子だった。
『温ちゃんの贅沢者。』
小梅は呟いた。温ちゃんの目にはどんなかわいい子も入らない。さーちゃんだけ。
『そうだな。』
ふいに背後から低い声がした。
『え?』
小梅が驚いて振り返ると、ブロンズ像を腕に抱えた志野が立っていた。
『き、聞いてたの?』
『うん。別に聞きたくもなかったけど。出ていく方がもっとまずいと思って。ここ、近道だからよく使うんだよ。』
『どこから?』
『ただの幼馴染ってあたりから。大変だな。』
志野はそれだけ言うと、さっさと背を向けて歩き出した。
後に残された小梅は、あっけに取られて夕暮れの中ぼんやりと佇んでいた。
恥ずかしいのか怒っているのか。自分の中の感情が分からなかった。
ただ分かっているのは、こんなに志野と話したのは初めてだということと、彼はやっぱりここが「沈黙の庭」だって知らないこと。
思った通りの人だ。
『ふふ。』
いつの間にか重たい気持ちは明るいものに変わり、小梅は笑っていた。
初夏の夕日は空をオレンジ色に染め、小梅の心を温めた。
小梅は人間がとても好きなのです。祖父に対してのトラウマもあるはずなのに、不思議ですね。私は、志野タイプかもしれません。別に、馬鹿にしている訳ではないのですが。