止められない止まらないパリパリしたアレ
早いもので、入学してから既に一週間が経過していた。
基本的に一、ニ年生の授業はほぼ座学で、例の広々とした教室で一日中授業を受ける。
担任の先生は、優しくておっとりした眼鏡美女。
怒ったり注意するときも、ゆったりとした口調なのが堪らない。
我儘言っては困らせるお坊ちゃんお嬢ちゃんも、根は素直なのか指摘されるとピタリと態度を改めるので、非常に雰囲気の良いクラスに感じる。
……笑顔の裏側を、幼いながらに察知しているのかもしれない。
たまに先生の背後に、禍々しいオーラが見えそうになることがあるのよね。
そんなギャップも堪らないんだけど。
そんなわけで、優しい先生に気立てのよい生徒たちという、平和な授業風景なのであった。
え? 私?
もちろんおとなしく授業受けてるわよ!
読み書きは既に家で家庭教師によるレッスンを受けていたし、簡単な計算も然り。
まあ四則演算なんて、前世の知識があればちょちょいのちょいですよ。
楽しいのは、歴史と魔術の授業。
西洋ファンタジーな世界のこの国の成り立ちやら歴史的な事件やらを学ぶ授業は、オタク思考な私にはゲームや小説の設定を見ているようで、かなり熱中しちゃう。
魔術については、まだ実践はナシ。
基礎的な知識を身に付けてから、実習に移るそうな。
この世界の魔術のほとんどは四大元素、それに光と闇に分類される。
大抵一つは得意な属性があるらしいけど、私が何の属性が得意で、どの程度使えるのかはまだわからない。
全種類使える最強チートが備わってないかなぁという中二的な期待は、実はこっそりしている。
まぁ期待してるだけだから、別に魔力が少なかろうが地味な属性だろーが、ショックを少なくするように、そっちもイメトレはしておく。
餅を喉に詰まらせて死んだようなデブが、こんな美女に生まれ変わっただけでも奇跡なんだから!
でも、せっかくのファンタジー世界なんだから、魔術もそこそこ出来たら良いなぁ……。
***
「ふぅ……」
全然宿題に集中できないや。
ペンを投げ出して溜息を吐く私に、侍女のエリーが心配そうに声を掛ける。
「ローザお嬢様? どうかなさいましたか?」
「大したことじゃないのよ、ちょっと考え事」
「そうですか……。よろしければ、気分転換にお茶になさっては如何でしょう?」
お茶かー。
もうちょっとで夕食だけど……まあいっか。
「そうね。それじゃあお願いするわ」
「かしこまりました」
言うなり、テキパキと慣れた手つきでエリーはお茶の支度を始める。
しっかりと蒸らされて、丁寧に淹れられた紅茶は、かなり美味しい。
美味しい、んだけど……。
チラリと添えられた、もう一枚の皿を見る。
そこには完成度の高いクッキーが、お上品に数枚載っていた。
前世で食べていたような庶民向けザクザククッキーとは違い、シェフが丁寧に味も見た目も素晴らしく作り上げた、お貴族様向けサクサククッキーは、口に入れるとサックリ軽い食感でほろりと溶ける。
勿論、超ぉ~美味しい。
百貨店で売ってる高級クッキーより、更に美味しい。
でも……物心ついたころからこういうお上品なお菓子食べてるから、ぶっちゃけ珍しさも無ければ、慣れたいつもの味なのよね。
贅沢な感想であることは重々承知しているけど、もうちょっと違うお菓子が食べたい。
しょっぱいやつ。
前世では、甘いケーキよりもしょっぱいお菓子の方が、どちらかというと好きだった。
食べたいなぁ……アレ。
薄くてパリパリしてて、小袋じゃあ全然満足できなかった、高カロリーのアレ。
色んな味があったなぁ……コンビニだのスーパーだのに行けば、ずらーっと並んでてさ。
定番のうす塩にコンソメでしょ、バーベキューにのりしおに梅とかわさびとビーフなのとか、あぁ、期間限定で変わった味のとかめっちゃやってたよね~~。
……って。
あぁっ! なるべく考えないようにしてたのに、思い出しちゃったじゃない!!
思い出したら食べたくなっちゃうじゃないのぉぉぉ!!
あの悪魔のジャンクフードを。
「うぅ……やるせない」
「ローザお嬢様!? 先程から一体どうなさったんですか!!」
項垂れる私に、今度こそエリーがメチャクチャ心配しだした。
ごめんね、凄い自分勝手な事で落ち込んでるだけなのに……。
エリーがあわあわしてるのを見ると、物凄く申し訳ない気持ちになる。
「あの、ホントに大したことじゃないのよ。心配かけちゃってごめんなさい、大丈夫だから」
「いいえ、そうは見えませんっ! 何か事情がおありなのでしょう? 私でよろしければ、何なりとお言いつけくださいませ……! それとも、アンソニー様をお呼びさせていただきましょうか?」
「お兄様!? いやいや、ホントそこまでのことじゃないのよ」
「ですが! お嬢様がそこまでお悩みになるなんて、ただ事じゃありません!」
「でも……」
「せめてお話になれる範囲だけでも、何をお悩みになっているのかお話ください。人に話を聞いてもらうだけでも、心が軽くなると聞いたことがあります」
さあ! と意気込むエリーに、頭を下げたくなる。
ポテチ食いたいだけです……なんて恥ずかしすぎる。
でもスイッチ入っちゃったエリーを見るに、多分私が話すまで終わらないだろう。
強引に押し切るのも、気が引けるもんなぁ。
――というわけで、恥ずかしながら『ポテチ食いたい』というこの気持ちを打ち明けてみることにした。
「実はね……」
***
ポテチが食べたい私は、エリーにこう説明した。
とある異国のお菓子が食べてみたい。
毎日食べている甘いお菓子ではなく、しょっぱい味がするらしい。
その存在を知ってから、お茶に添えられたお菓子を見るたびに、そのことが気になって仕方ない。
令嬢たる者、食べ物の事で悩んでいるなんて恥ずかしくて、今まで相談できなかったけれど、そろそろ限界になってきた。
――と。
本心を言えば、あの脂っこいジャンキーな味が懐かしくて仕方ないんだけど、そこはそれ。
異国も異世界も似たようなもんだし、記憶が戻ってから食べたくてしょーがないのも、恥ずかしいのも本当だ。嘘は言っていない。
もちろん、詭弁である。
しかし話してみるもので、エリーは相談されたことがいたく嬉しかったらしく、速攻で厨房で働く人を説得してくれた。
まぁ元々、世間話する程度には仲が良かったらしいけど。
***
そんなわけで、エリーに話してから数日後の、とある休日。
昼食が終わり、夕食の準備に取り掛かる前のわずかな時間に、厨房にお邪魔することになったのだった。
「本来ならば、お嬢様が来られるような場所ではないのですが……」
「気にしないで頂戴。私の我儘を聞いてもらうんですもの、普段通りにして下さって構いませんわ」
「はぁ……」
約束の時間にエリーに導かれ厨房を訪れると、数人の料理人たちに出迎えられる。
恐縮しまくる彼らをスルーして、目的のブツが積まれた作業台へ移動する。
作業台の上にはゴロゴロと芋が転がっている。
「早速で申し訳ないのですけど、作り方の説明をしますね」
「はい」
新しい料理(お菓子)を作るとあって、料理人たちは中々に気合いが入っている様子。
うんうん。頼もしいわね。
まずは、ジャガイモの皮を剥いて芽を取り除く。
それをうすーくスライスして、水にさらしておく。
この時にでんぷんで水が白く濁るから、何度か水を変えてね。
それでしばらくしてから、清潔な布巾なんかで水気を拭いて、いざ油の中へ!
たっぷりの油は、はじめのうちは少し低めの温度で、色がついてきたら火力を上げて、一気にカラッとさせる。
そうして揚がった芋はバットなんかに取り出して、熱いうちに塩を振る。
油が切れたところで、ポテトチップスの完成~~☆
という流れを一通り説明したら、いざチャレンジ!!
「お嬢様、薄くというのは、どのくらいでしょうか?」
「うーん、とりあえず薄ければ薄い程良い……かな」
薄すぎても、噛んだ時にパリッとしないから、加減が難しいんだけど。
スライサーなんてもの無いから包丁で切るしかないし。一ミリ位が目安かな~。
これくらい! ってやって見せたいけど、私が包丁を持つことは許してもらえなかった。
私が厨房にいるだけで問題になりかねないのに、包丁なんか持たせて指でも怪我されたら、多分ここの人たちの首が飛ぶ。
流石にそれは申し訳なさすぎるので、慎んで見守るだけに留めている。
「しかし、一枚ずつ水気を拭くのって、地味だけどすごく大変ね」
それすら手伝わせてもらえないけど、見ているだけで申し訳なくなってきた。
でもこれをやらないと、油に入れたときに跳ねて大変なことになるから頑張ってもらう。
「今から揚げますが、お嬢様はもっと離れていてください」
「わかったわ」
火傷はもとより、服に油が付いても大変だ……と思われているに違いない。
一応汚れても大丈夫な服装なんだけどな。エプロンもしてるし。
厨房のコンロは流石に本格的で、部屋に用意されていた燃魔石を使う簡易タイプとは全然違う。
使ってるのは同じ燃魔石なんだけど、もっと火力が強い。
轟々と火を出し続けることが出来るんですって。
魔術具に加工されているから、ツマミで火力調節も簡単に出来る。
薪仕様なんかだと微妙な火力の調節は難しかっただろうから、実に有難いわね。
そうこうしているうちに、第一弾が揚がってきた。
「おぉぉぉおーーーー!!!!」
うっかり令嬢らしからぬ歓声を上げてしまったけど、周りも同じ感じで感嘆の声を漏らしているので、多分聞かれてない……と思う。
「これが異国のお菓子、ポテトチップスですか……不思議ですな。芋を揚げただけなのに、全く見たことのない料理になりました」
「そうでしょう? さあ、これに塩を振りかければ完成ですわ」
逸る気持ちを抑えて、料理用ではなく食卓でかける粒の細かいタイプの塩を渡してもらって、まだ熱い芋にサラサラとかけていく。
軽く混ぜて行き渡らせれば……完成!!!
「さあ、早速試食ですわ!!」
「「「はい!!!」」」
火傷しない程度に冷ましたそれを、手に取って口に運ぶ。
パリッとした食感に芋と塩、そして油の味が口いっぱいに広がる。
そうコレ!!!
コレが食べたかったのよぉぉぉぉ!!!
気が付いたら一筋の涙が頬を伝っていた。
泣くほど美味いってか。
ああそうさ、超美味しいさ!!
前世はこれのおかげで何キロ太ったかわからないさ!!
でも手が、手が止まらないぃぃぃーー。
わしゃわしゃと食べ進める私を見た料理人たちも後に続く。
彼らも一枚食べれば口々に「何だこの食感!」「美味い!!」と叫んでいる。
そうでしょそうでしょ! と考案者でもないのに、何故か誇らしくなってしまったわ。
やっぱりこの美味しさは、どの世界も共通よね!
エリーも美味しそうに、パリパリとやっている。
全部彼女のおかげなので、後でまたお礼を言わなくちゃ。
そうそう、ポテチの起源って、フライドポテトが厚過ぎる! っていうレストランのお客さんの我儘から始まったとか。
うーん、言ってみるものよねぇ。
海外なんかだと、おやつとしてだけじゃなくてカジュアルな食事の添え物としても出されるって言うんだから、やっぱりオールマイティな存在ってことよね。素敵。
でも、主食代わりに食べてると当然栄養が偏るらしいから、流石の私もそこまではしないよ?
狂ったようにその場の人間がポテチを口に運んだので、すぐにお皿は空になってしまった。
あーあ、終わっちゃった……とガッカリしたのも束の間。
第二弾の芋が揚がってきたのだった。
「せっかくだから他の味も試したいわね」
ということで調味料を物色すると、複数の香辛料を混ぜ合わせて作られたカレー粉っぽいものを発見!
「良いわね! 次はこの味にしましょう。でも粉末だからそのままかけるのもね……そうだわ、汚れていない紙袋は無いかしら?」
「紙袋ですか?」
「ええ、これにポテトチップスと塩、それからそこの香辛料を入れて口を閉じて振るとまんべんなく味が付く……はずですわ」
「なんと、そんな方法が!?」
「まあ物は試しですわ」
ハンバーガーチェーンのフライドポテトでこういうのあったわね。
こちらもいろんなフレーバーがあって、見かける度に買ってたものよ。
多分、理屈は同じ……はず!
大きめの紙袋を用意してもらって、ポテチと調味料を入れて口を閉じる。
空気を混ぜるように、ポテチを割らないように慎重にシャカシャカして中身を取り出すと……まんべんなく香辛料の行き渡ったポテチが完成した。
カレー風味も、大っ変美味しかった。
みんなで競うようにして食べたわ。
これも、大成功ね!!
あと味のバリエーションって言ったらはコンソメかな。
でもあれって化学調味料のなんちゃってコンソメな味で、本気のコンソメ……なわけはないか。コンソメって作るの超大変なんでしょ?
流石に、それを煮詰めて粉末にするのは物凄い手間というか無駄というか。
その辺を再現できるような科学力は、この世界に無いと思うわ。
ま、塩味とカレー味のポテチがこの世界で誕生しただけでも喜ばしいから、いっか!
「素晴らしい!! 甘くない菓子というのも珍しいですし、何よりこの食感の軽い事! 塩辛くても、やはり食事というよりは菓子向きですな」
料理長らしき人も嬉しそう。良かった良かった。
「菓子は菓子でも……お茶会などで出す菓子というよりも、どちらかといえば酒のつまみにもってこいかもしれませんな。いやなに、のんべえの戯言ですが」
「お酒のオツマミ!!! そうね、それも素晴らしいわね!」
確かに、ケーキやクッキーなんかよりも、煎り豆とか干し肉寄りよね。
今はまだお酒は飲めないけど、前世では缶チューハイ片手にパリパリする日もあったわよ。
ポテチって、昼間より夜に食べる方が、背徳感があって美味しい気がするのよね~。
……なるほど、太るわけね!!!
大納得である。
今世では気をつけなくちゃ!!
「はぁ~、大満足ですわ。皆様、ご協力頂きまして本当に感謝致します。たまにで構いませんので、また作ってくださいますか?」
「勿論ですとも! 我々としましても、このような新しい料理を知る事が出来て大変有意義な時間になりました。お望みとあれば、いつでもお作りいたしましょう」
「まぁ! ありがとうございます。嬉しいですわ」
他の人に食べさせたり、新たに改良を加えても良いかと聞かれたので、勿論と返事をしておいた。
これでいつでもポテチが食べられるわぁ~~♪
他にも新しい異国の料理やお菓子について何かあれば、是非声を掛けて欲しいとの、とっても有難い申し出もあった。
うーん、次はポップコーンとかどうかな? パリパリつながりでトルティーヤとか?
でもポップコーンは元になるトウモロコシから調達しなきゃだから……無理か。
トルティーヤは細かい作り方わかんないなー。
まぁいいわ。
何か思いついたら、またお願いしてみようっと。
「ポテトチップスはかなりのハイカロリーなので、あまり大量に食べない、食べさせないこと」というのを守ってもらうように指示した私は、舌の根も乾かぬうちに残りのポテチのお土産を持って、部屋へと戻ったのだった。
***
止められない止まらない状態でポテチを食べまくった結果、おでこにぽつんと大きなニキビができて後悔するのは翌日の事。
その後ポテトチップスは厨房の料理人たちから学園で働く人たちに広がり、そして更には学園中に大ブームが巻き起こるのは少し先の話。
手軽に厚みを均一化できないかということで、スライサーのような調理道具が誕生して国中に広がっていくのは……もっと先の話。
ポテチネタでした。
ポテチって色んな味があるけど、現代じゃないと難しい味がほとんどだなぁと感じました。
2022/03/24 ちょこちょこと追記&修正しています。