クラスメイトとの邂逅
「どんな方がいらっしゃるのか、ドキドキしてしまいますの~」
「そうよね~、仲良くできると良いのだけど」
入学二日目、初めてクラスメイトと顔を合わせる日。
女子寮から校舎までテクテク歩きながらアリーと話す。
内容はクラスメイト達について。
とはいえ、有名貴族の家名まではわかるけどその子供たち、しかも顔となると全然わからない。
この辺はアリーも同じみたい。
すれ違う生徒たちと幾度となく挨拶を交わすものの、キレーな子だなぁとかこの子将来期待大(顔面)だな! とかとか、そんな感想しか抱けない。
全員ほぼ初対面なんだから、当然なんだけどね。
貴族の子女たちが集まる学校ってことで、親の仕事の影響なんかを理解している子はお互い取り入ったり、逆に陥れたりするのかもしれないけど……私にはそういう使命のようなものは、今のところない。
父であるエグランテリア伯爵は清い領地経営をしているし、幸い食料だったり鉱物だったりがそこそこ取れる土地柄、交易に力を入れているけど、特に政敵っぽい相手はいないし、派閥争いみたいなものとも無縁じゃないかしら。
妬まれたり、バカにされたりしない程度の、伯爵家としてそこそこのポジションなんだと思う。
何かしら子供同士で繋がりを作らないといけない程、逼迫しているようには感じない。
もしかしたら、お兄様が暗躍してるのかもしれないけど……私は特に何も言われていないわね。
ただ、気を付けるべきなのは、逆に自分の子供を使って取り入ろうとしてくる相手。
下心があって近づいてくる生徒とは距離を取るように、とは言われている。
……そんな子を見分けられるとは、到底思えないんだけど。
やだなぁ、折角二週目の学生生活なのに。
願わくば、そういう生徒さんと同じクラスじゃありませんように。
「――それにしても、広いわねぇ」
一部屋が大きい寮はもとより、校舎までの距離も相当ある。
校舎は校舎で、教員用の部屋だの魔術訓練室だの食堂だのと、教室以外の部屋も多々あるし、学園なんだからそりゃ当然なんだけど、敷地内で一番大きな建物になる。
大理石に絨毯が敷かれた広いホールを抜けると、これまた幅の広ーい石造りの階段。
それを上ると、やっと教室エリアとなる。
クラス分けは、一学年につきAからEまでの五クラス。
教室は中央階段側から順に、Aクラス、Bクラス……と、奥の方に続いている。
階段を挟んだ反対側は、特別教室エリアらしい。
私たちはBクラスだから、そう遠くはないけど、Eクラスの教室の遠さを思うと気が遠くなる。
廊下の端っこは、遥か彼方である。
絶対に体力付くわ、この生活。
しかも一学年上がる毎に、一階ずつ階も上がっていく仕様。
最終学年である五年生になった暁には、ふくらはぎがパンパンになってそう……。
「余裕をもって行動しないと、すぐ遅刻してしまいそうですの」
「寝坊なんてした日には、目も当てられないわね……! こわっ」
「ふふ、ローザも寝坊なんてするんですの?」
「そりゃあ私だって、たまに本に集中しすぎて寝るのが遅くなったりしたら、寝坊もするわ」
前世のニートだった時は、完全に昼夜逆転してたもんなぁ。
今世の私もオタク属性的な部分は変わっていないので、記憶が戻る前からも、たまーに小説の続きが気になると眠れなかったりする。
夜って、どうしてあんなにも落ち着くのかしら?
多分私は、いわゆる夜型人間というやつなのだろう。
まぁ、『朝がしんどい』という辛い体質ではないから、ただ過ごしやすいっていうだけの好みなんだけど。
「っと、ここね。Bクラスの教室は」
両開きの扉の前で、一旦停止。
教室のドアにしては、やけにデカいわね~。
ニュアンスの問題なんだけど、『ドア』というよりは『扉』って感じ。
引き戸でもないし……なんというか、想像してた『教室』とは違う。
教室と廊下を仕切る扉や壁には窓的なものは一切なくて、普通にがっしりした木製扉だし、普通に壁で、普通に部屋っぽい。
なんというか、『学校の教室』というより、『お城の執務室』って感じがする。
あくまで前世のイメージなんだけどね。
「ここ、本当に教室?」
「そうみたいですの。さぁ、早く入りましょう」
人見知りするくせに、アリーはこういう時は強気だ。
さっきのドキドキはどこに行ったのよ、私はかなり緊張してるのにっ!
すーはーと深呼吸して、ごくりと唾を飲み込む。
ここにきて、前世の学生時代の苦い思い出が蘇ってくるけど、もう後には引けない。
アリーに手を引かれるようにして、私は教室へと足を踏み入れた。
***
「ローザと席が前後になれて、嬉しいんですの」
ニコニコとアリーが振り返る。
そう、私の心配は杞憂に終わった。
教室内にいたクラスメイトたちは明るくて親切だったし、席に着くまでも特に困ったことはなかった。
いきなり因縁付けられてたり……とか、挨拶しても無視されたり……とかもない。
人見知りのアリーでもしっかり挨拶できてたし、幸先の良いスタートだったと思う。
教室に入ると黒板ぽい、教室前面に取り付けられた板? のようなものに、座席表やら今日の日程らしきものが書かれた紙が張り出されていて、それを入ってきた生徒が確認して自分の席に着く……という感じなんだけど、「教室に入ったは良いけど、どうしていいのかわからない」という顔をしている子には、入り口近くの席の子が教えてあげたりしていて、すごく良い雰囲気。
席についても、端の列ではないものの後ろの方で、気分的に授業を受けやすい場所。
アリーが私の一つ前の席だったのも、ツいてるわよね。
「意外と、一クラス当たりの人数って少ないのね」
「えーっと、机は二十個あるみたいですの」
「最大二十人か……広々してるわけだわ」
記憶にある教室は、やっと一人通れるくらいの隙間を空けて、ギュウギュウに机が並んでいる部屋。
それに比べたら、ここは天国だ。
綺麗な机に、クッション張りの椅子。
机の間隔も充分あるけど、しっかり授業は聞こえるくらい。
掃除当番とかも、ないんだろうな~~~。
やっぱりこの学園は、堕落の園に違いない。
「同じ年齢の方がこんなにいらっしゃるなんて、初めてですの!」
「そうよねぇ……」
私たちは十三歳。
社交界デビューは十五歳からなので、お互いにこうして会うのは、初めての機会になる。
キョロキョロと辺りを見渡すと、どの子も年相応の顔やら身体つき。
うーん、私が一番成長が早い……? というか老けてる!?
一瞬ハッとしたものの、慌てて笑顔を作る。
貴族の令嬢たるもの、易々と感情を露わにしてはいけないのよ。もう遅いけど。
「ねぇアリー。正直に答えて欲しいのだけど……私って老けて見えるのかしら」
「何を言っているんですの? そ、それはローザの成長が速いだけで……! 大丈夫、すぐ私たちも追いつくんですの。……うん、追いつく、はず、ですの」
十三歳らしからぬ質問だと自分でも思うけど、アリーの返事に安心する。
ある一部を眺めながら、逆に彼女の方が遠い目をしているけど……それはさておき。
「ん?」
視界の隅に影が。
ふと見上げると、一人の少年が驚いた顔をして立っていた。
アリーの燃えるような赤毛とは違う、夕日のような色をした髪の少年は、幼いながらも整った目鼻立ちをしている。
一目で『あ、この子スポーツできるな』と思わせる雰囲気があった。
目が合えば彼はさっきの私がしたように、クルリと表情をすぐさまよそ行き用の笑顔に変えて挨拶してきた。
「はじめまして、隣の席になったヒューイ・シャルドンです。どうぞ、よろしく」
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なんだか背景が、キラキラして見えちゃってるじゃない。
――っと。
「ご、ごほん。私はロゼット・ソレイユ・エグランテリアです。至らぬせいでご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますわ」
何とか意識を戻して、挨拶する。
手をギュッと力強く握られて、一瞬心臓が跳ねたものの、何とか事なきを得る。
アリーはといえば、既に彼のキラキラっぷりにポーッとしている。
なんだか、楽しい学園生活になりそうな予感がしてきたわ!
謎のお隣さん(イケメン)登場です。
2022/03/24 ちょこちょこと追記&修正しています。