アマディエ王立学園
クロシェットとの衝撃の出会いから数日。
あれからぼんやりと考え込む日が続いている。
この学園が乙女ゲームの舞台とはねぇ……。
授業中、先生の声とクラスメイト達のペンが紙の上を走る音を聞きながら、そっと教室を見回してみる。
今日も優しげおっとりな先生は緩く巻かれた明るいブロンドの眼鏡美女だし。
お隣の席のヒューイはわんぱく少年な面もあるけど将来有望なイケメン予備軍だし。
前の席のアリーは相変わらず超可愛いし超天使だし(断じて親友の欲目ではない)。
そのお隣のエルは落ち着いた雰囲気で目立ちにくいけど、よく見ると整った顔立ちをしている。
他のクラスメイト達、学園の生徒たちも大抵は整った顔立ちを持つ貴族の子息令嬢達。
うん、恋愛ゲームの舞台でも全くおかしくないわね。
違和感ゼロ。
うちのお兄様とか、美しすぎて絶対メイン級のキャラに違いないわ!
私にはこのゲームについての知識はほとんどない。
前世の記憶をひっくり返しても、友達の話や見せられたオープニングムービー以上は何も出てこなかったわ。
とはいえ先日のクロシェットとの会話の流れからも、私や彼女がヒロインということはないと思う。
朧げな映像の記憶だと、確かヒロインは茶髪だった気がするし。
しっかし、一人でグルグル考えててもこれ以上わかる事は何もないわね……。
あのときもっと話せなかったのが悔やまれるわ。
この間は温泉の話題で盛り上がりすぎたかしら?
でもクロシェットが乙女ゲームの話をしたのは、本当にただの確認のつもりだったんだと思う。
プレイしていない私が変なのよね、きっと。
前世のラノベ知識を動員しても、乙女ゲームの世界へ転生するのって、普通そのゲームが好きだった女の子だと思うもの。
これ以上一人で考えることに意味なんてないのはわかってるけど、ついグルグルと思考が彷徨ってしまうことに我ながらため息が出る。
もっとクロシェットと話をしたいところだけど、私みたいな暇な1年生と違って様々な肩書を持つ彼女は忙しく日々を過ごしているはずで。
時間を作るとは言っていたけれど、ある程度は待つことになるのは覚悟してる。
しかし予想を裏切り、高貴な印章の押された手紙を受け取ったのは意外にも週末で。
私たちの出会った日からたった数日後のことだった。
***
貴族って一括りにしても、やっぱり格の違いってあるのねぇ……。
恭しく開けられた扉をくぐり、しみじみとそう思う。
招待を受けて訪れたクロシェットの部屋は、寮の最上階にあるバルコニー付きのペントハウスだった。
専用のサロンに案内される間、チラチラと辺りを伺いながらとんでもないところに足を踏み入れてしまったと頭を抱えそうになる。
部屋の数、広さは言わずもがな。
内装、インテリアは凝りに凝っているし、家具や調度品なんかも当然全て最高級品に違いない。
出迎えてくれた侍女の人数も桁違いで、誰もが洗練された一級の身のこなしである。
……本当にこれは学生寮の一室なの?
私、実はどこぞの城に紛れ込んでない?
優雅な所作を心がけながらも、内心では冷汗が滝のようにダラダラと流れまくる。
侍女さん達はそんな私をあっという間に一人掛けのソファーまで誘導すると瞬く間にお茶の仕度をして退出していった。
呆気にとられているうちに気付けば部屋の中にクロシェットと二人きりだ。
……うっかり何でここに来たのか忘れるところだったわ。
「この度はお招きにあずかり――」
「やだ、さっきも挨拶したじゃない。そんなにかしこまらないでこの間みたいに普通にしてね」
そういえばソファーに座る前に一連の挨拶は済ませてたんだっけ。
意識しなくても発動する令嬢スキルは幼い頃から刷り込まれた賜物ね。
聞き覚えのある澄んだ高い音が聞こえると、クロシェットが再び口を開く。
「――これでよし、と。人払いもしたから気を遣わなくても平気だよ」
「平気、かしら? なんかスゴイ部屋なんだけど」
「校舎よりは気兼ねなくお話しできるかと思ったの……」
「まぁ、空き教室に出入りするよりは目立たないだろうし、居心地良さそうだし、問題ない……わよね?」
とりあえず手土産に何か……と思って新作ポテチのハーブチーズ味を持ってきてみたけど、明らかに浮いちゃってるね。
いや、クロシェットが喜んでるので良いんだけど。
ごってりギラギラ感はなく、むしろ落ち着いてちょっと可愛らしい雰囲気の部屋なので、多分すぐ慣れるはず。
女子寮の私室とあって、今日のクロシェットは制服姿でなはい。
薄桃色のふわりとしたシルエットのドレスは白い小花の刺繍がふんだんに散りばめられ、ところどころのポイントにはさり気なくレースが使われていて、シンプル過ぎずゴテゴテ過ぎない丁度良いバランス。
春が近いとはいえまだ肌寒い日が続くので、真っ白でふかふかそうなファーを纏っている。
暖炉には薪がくべてあって暖かいんだけどね。
髪型もキッチリとした感じじゃなくて、小ぶりな早咲きの春の生花をふわっとまとめた髪に飾られ、上品に煌めく宝石の付いた華奢なデザインのネックレスが白い首によく映えている。
クールな印象のクロシェットだけど、今日は全体的に乙女チックな雰囲気で非常に可愛らしい。
いやぁ、眼福ですなぁ。
かくいう私も制服を着るわけにはいかないので、パステルグリーンのシンプルドレスに濃い色のストールを羽織っている。
侍女のエリーは侯爵令嬢のお招きだからと張り切ってごってりとした正装に近い……というか正装のドレスを用意しようとしたんだけど、二人で話すだけなので軽いお出かけ用の装いにしてもらったのよね。
髪は編み込んだりして少し手を入れたけど、メイクも薄いし、ちょっと気合の入った普段着の範疇に収まっている。
最近気付いたんだけど、私ってばゴージャス系な見た目だからメイクしたときに加減を間違えると、凄く派手な感じになっちゃうのよね。
華やかとケバいのさじ加減をエリーと一緒に研究中。
「それで、この間の話なんだけど」
香り高いお茶で一息ついてから、本題に入る。
この世界が、前世で言うところの乙女ゲームの世界である、という話。
未プレイの私が知っていることはほとんどないので、クロシェットの知っている情報が頼りだ。
彼女の話をまとめると、こんな感じ。
***
舞台はここ、アマディエ王立学園。
ただし物語が始まるのは今より数年後のお兄様やクロシェットが最終学年の年。
そこで平民出身のヒロインが私たちと同じ学年に編入してくるらしい。
それぞれタイプの違うイケメンと最終的にお付き合いするのがゴールという、恋愛ゲームとしては王道すぎる内容。
バトル要素等はなく、会話や日々の勉強の選択肢でパラメーターを上げたり、ミニゲームでアイテムゲットしたりして、休日なんかに発生するイベントで意中の人と少しずつお近づきになっていく流れらしい。
期間は1年間で、告白して結ばれればハッピーエンド。
至って普通の恋愛シミュレーションって感じね。
攻略対象は6人で、よくある隠しキャラの存在はクロシェットの知る限りではいないみたい。
攻略対象は以下の6人。
エントリーNo.1
クロシェットの婚約者で第二王子のファレス様は俺様ドS系。
エントリーNo.2
ファレス様の弟で第三王子のセロジネ様はおっとり不思議系。
エントリーNo.3
私の愛しのお兄様アンソニーは伯爵家嫡男で腹黒優男系。
エントリーNo.4
私の席とお隣さんのヒューイは伯爵家子息で騎士を目指す元気ワイルド系。
エントリーNo.5
宰相の子息レイネルは公爵家嫡男でメガネインテリクール系。
エントリーNo.6
数年後ヒロインと共に編入してくるというソルは平民出身ながら将来有望な世話焼きチャラ系。
攻略対象2人ごとに悪役令嬢ならぬライバル令嬢が全部で3人いて、ヒロインの超えるべき存在として課題を出したり色々競ったりするみたい。
ゲームのクロシェットは第二王子と第三王子のパートでのライバル令嬢で、婚約者や未来の義姉の立場から高貴で教養のあるライバルとしてヒロインに立ちはだかるも、最後には努力を重ねたヒロインに王子との仲を認めて第二王子パートでは身を引くのだという。
お兄様とヒューイ、レイネルとソルのパートにもそれぞれまた違ったタイプのライバル令嬢がいるのだとか。
主な登場人物はヒロイン、攻略対象、ライバル令嬢で、他にはヒロインに情報を教えてくれたり少しだけ会話があったりというモブもいるらしい。
が、クロシェットの知る限り私は登場しないのだという。
え、私、モブですらなかったの……!?
***
……イケメンだなぁと思っていたけど、私のお兄様とまさかのヒューイが攻略メンバーに入っていることにビックリだ。
身近な人がもしかすると数年後にヒロインと恋に落ちるかも、と思うとなんか複雑……。
というかお兄様、腹黒タイプだったのね……。
もしかして内心で『めんどくせー妹』とか思われてたら凄くショック。
クロシェットは「アンソニーは確かに腹黒いとこあるよ」っと頷いてるので、私が気づいてなかっただけみたい。
……ちょっとお兄様を見る目が変わってしまいそうだ。
私には優しくてカッコいいお兄様なんだけどなー。
ヒロインは、もしお兄様とお付き合いするなら未来のお義姉様よね。
性格に問題無ければ、アリかも。
ヒロインってことは、きっとピュアな心の持ち主で可憐な少女なんじゃないかな……!
ヒューイについては、アリーが気持ちを寄せてるところがあるから、応援は出来ないわね。
私としては見知らぬヒロインよりもアリーが大事だもの。
全力で推すよ! アリーを!!
色々と思うところもあるし他の攻略対象についても気になることはあるけどそれはさておき。
「……やけに情報が第二王子に偏ってない?」
主な登場人物を簡単に紹介した後のクロシェットの情報は、ほとんどが第二王子ファレスに関することばかりだ。
やけに詳しくて、役に立つのか分からないくらい細かい説明も含まれていたりするんだけど……。
第二王子が好きな紅茶の飲み方を私が知ったところで、何かに使えるかしら?
私としては、別のルートについても聞きたいことは色々とあるので、程よいタイミングで切り出してみると、楽しげに語っていたクロシェットは、気まずげにモジモジし始めた。
「あの、私、結構自信満々にゲームについてお話するって言ってたんだけど……実は、ファル様ルートしかプレイしたことないの」
クールビューティーが頬を染め、目を潤ませてこちらを上目使いに見つめている状況は、かなり眼福なんだけどちょっと眩しい。
「そ、そうなんだ……成程……」
目を逸らして何とか事なきを得ると、お茶を啜って一呼吸。
……ふぅ。
塩気も何故か欲しくなって、持参したポテチを1枚齧る。
うん、美味しいわ。
「ちなみに、第二王子ルートだけっていうのは……その……」
二週目をプレイする前に……とか、どうしても考えてしまう。
前世の、もしかしたら最期にも関わるかも知れないと思い、口ごもった私の様子を見て、クロシェットは苦笑する。
「違うの。私は満足するまでプレイしたわ」
真っ直ぐに私を見つめて、彼女は語る。
前世でゲームなんてほとんどやったこともなかったのに、たまたま見かけたパッケージを気づいたら手に取っていたこと。
そのときから第二王子しか見えていなかったこと。
プレイする度に、見た目だけでなくファレスというキャラクターを好きになっていったこと。
何度も何度もやり込んで、スチルコンプは勿論、台詞の細かい部分も覚えてしまうほどだったこと。
「私、前世からずっと、ファル様が好きなの」
そのことは何となく気づいていた。
クロシェットは幼い日、第二王子に引き合わされた後に記憶が戻ったそうだ。
初めは、ただひたすらに嬉しくて、ゲームでは見られなかった、想い人の幼い頃からの日々を共有できることに深い喜びを感じていたこと。
隣に立っていても恥ずかしくないように、外見だけでなく勉強も頑張って、自分磨きに力を入れたこと。
一緒にいる時間が長くなるほど、幸せな反面、不安でたまらないこと。
もしヒロインが現れて、第二王子のルートを選んだら……そんなことを考えると怖くて悲しくてどうしようもなくなってしまうけれど、それでも、そのときはゲームのシナリオ通り、潔く身を引こうと思っていること。
だけど、やっぱり第二王子が好きなこと。
あと数年のうちに諦められるとは思えなくて、ライバル令嬢の枠を超えて、ヒロインに何か酷いことを言ったり、してしまうのではないか……そんな不安が消えないこと。
「ごめんなさい、こんなこと言われても困っちゃうよね」
そう言って私に向けられた微笑みは、痛いほどに透き通っていて――思わず立ち上がって叫んでしまった。
「そんなに好きなら、諦めないでよ!!!」
どうしても我慢できなかった。
乙女ゲームの世界で、ライバル令嬢で……という苦悩は私にはわからない。
きっと何年も悩み続けてきたんだろう。
でも、それよりも……。
「ここが乙女ゲームの世界だったとしても! クロシェットがライバル令嬢で、ヒロインは別にいたとしても! だからって、『貴女』が恋を諦める理由になんてならないわ!!!」
私は恋なんて、前世ではそもそもできると思ったこともなかった。
デブだし、こんな私なんて……みたいな卑屈な考えもあったと思う。
今だって、私には実際の恋心のようなものは正直よくわからない。
全て何かで聞きかじったような知識のようなものでしかない。
でも、恋をすると綺麗になるという話はよくわかる。
生まれつきの美しさもあるだろうけど、実際、第二王子の話をしているクロシェットは、綺麗で、可愛くて、輝いている。
見た目に恵まれているからって、そりゃ何でも上手くいくなんてことはないでしょうけど。
それでも、今は学生っていう青春時代ってやつで、好きな人が婚約者で、溢れんばかりの大好きな気持ちは前世からっていう筋金入りで。
それなのに、現れるのかも、第二王子を選ぶのかもわからないヒロインに怯えて、前世からの想いを諦めようとしている彼女がどうしても許せなかった。
「折角生まれ変わったんじゃない! しっかりしてよ!!」
急に立ち上がり怒り出した私を見て、クロシェットはしばらく呆けた顔をした後、ポツリと呟いた。
「私、諦めたく、ないよ……」
そう言って大粒の涙を流す彼女の縋るような視線に私は――
「諦める必要ない!! 私も全力でサポートするわ!」
ドンと胸を張ったのだった。




