出会い その2
結論から言うと、確かにそれは誰にも聞かせられない話だった。
困惑する私に対して、クロシェット様はさり気なく辺りを見回し、手元の魔術具に視線を落として一瞬だけ何かを振り払うように強く目を閉じた。
そして彼女は意を決したように口を開いた。
「単刀直入にお聞きします。ロゼット様は……貴女も転生者なのでしょう?」
「っ!?」
思いもよらなかった言葉に、喉の奥から変な音が鳴った。
私を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳は真剣で、表情は少し強張っている。
スカートの膝のあたりを強く握りしめて皺を作ってしまっているのが視界の端に見える。
私はといえば、椅子に座っていなければもしかすると腰が抜けていたかもしれない。
どうしよ、座ってるのに足がめっちゃガクガクするんだけど……!
それはともかくとして、とりあえず返事!
返事、しなくちゃ……。
でも、それよりも気になることがある。
「あの、もしかして、クロシェット様、も……?」
その時の彼女の顔は忘れないと思う。
私の口から漏れた、ぽつりと呟くような一言に彼女はくしゃりと顔を歪めて、頬に一筋の涙が伝った。
それは主に安堵と、その他のいろんな感情がごちゃ混ぜになった表情だったように思う。
「良かった……」
小さく言葉を零したのは、私よりも年上の女性のはずなのに、どこか迷子の子供のようにも見えた。
片手で涙の伝う頬を押さえて、もう片方の手が私の方に伸ばされる。
それを見て思わず私も手を伸ばした――。
***
しばらくして、お互いに手のひらを固く握り合っていたらしいということに気付く。
どうしよ、今になって恥ずかしくなってきた……。
彼女も正気に戻るタイミングは同じだったらしい。
お互いに合わせていた視線をそっと外すと、頬を染めてバツの悪い表情を浮かべる。
ここだけ切り取ると、なんだか怪しい関係に見えなくもない。
いや、役得とか思ってないんだから……!
「あの、ごめんなさい。嬉しくてつい……」
「いえいえ、こちらこそっ」
頬を染めたまま、彼女が頭を下げるので、私も一緒になって下げる。
これはこれでなんだか変な図よね。
顔を上げて微かに残っていた涙を拭う様子と薄っすら赤くなった鼻を見ると、さっきまでの見た目の印象よりも随分と幼く感じる。
「それで、あの……もし良ければ私の事はクロシェットと呼んでください。言葉も普通にしてもらえると嬉しいです」
そう言って微笑む彼女の事を見て、少し悩む。
同じ転生者同士とはいえ、彼女は侯爵家令嬢で私は伯爵家令嬢。
それに加えて第二王子の婚約者で……気軽に名前を呼んだり友達みたいに話してしまって良いのかしら?
とはいえ、先程までの大人びた様子から一転して幼さの感じる笑みを浮かべる彼女を見ていると、本当にそれで良いと思っているみたい。
うーん……。
まあ、いっか。
さっきまでの話でかなりの衝撃を受けたせいで、一気に緊張が解けてしまって、色々考えるのが面倒になってきた。
本人が良いって言ってるんだから、普段通りにさせてもらおうじゃない。
「それなら、私の事もローザって呼んで頂戴。本当に普通にしゃべるけど、大丈夫?」
「勿論! 是非普通のままでお願いします」
なんというか、向こうの方が丁寧に話すので変な感じ。
でも多分これが彼女の素なんだろう。
少しずつお互いについて話をして、彼女の事も分かってきた。
どうやら彼女の前世は女子高生で終わってしまったらしい。
クロシェット・ジャルダンとして生まれてからは侯爵家令嬢として育てられ、自分に丁寧に接する人がほとんどだったという。
なので普通の女子高生だった前世の記憶が戻ってからは、当時のように気兼ねなく話ができる人が欲しかったみたい。
それは確かに私も分かる。
貴族令嬢ともなると学園の中でも家名を背負っているわけで、どうしても貴族相手の対応が求められる。
私だって、ある程度普通に話ができるのなんて侍女のエリーや親友のアリーとか、まぁヒューイとかエルもそうか。
あれ、そういえば最近はクラスの皆とも普通に喋ってる……?
うん、私の事はさておき、侯爵令嬢ともなるとそういう風に人と接することも無いんだろうな。
生徒会メンバーはともかく、それ以外の周りの友人たちからは一段上に見られてしまうのでどうしても本人の意志とは無関係にリーダーシップのようなものを求められてしまうという。
見た目はクールビューティーなので、気持ちは分からなくもない。
話してみると、かなり可愛い寄りなんだけどね。
周りの理想とのギャップを埋めるのも大変みたい。
私の事を何故転生者だと思ったかというと、今まで私がやってきたことから確信したそうだ。
「アンソニーからローザの話を聞いて、あれ? って思ったの。ほら、ポテチとかカレーとか……。それに、最近ローザたちの学年で流行ってるあの体操って……とか、ジャージっぽい服とか」
「デスヨネー!」
特に今までの行動を気にしてなかったんだから、同じ転生者がいれば気づくのも当然よね。
彼女の口調は前世での年齢が逆転するとはいえ、元ヒキニートだったのでテキトーに喋ってほしいと私もお願いしたので最初ほどの丁寧さは薄れてきた。
とはいえ、長いこと侯爵令嬢として過ごしているのでどちらかというと普通に話す方がちょっと覚束ない感じで、感覚を思い出しながら喋っているそうだ。
気兼ねなく前世の話出来るので、お互いに凄く話しやすく感じてると思う。
「そういえば、お兄様に温泉の話をしたのはクロシェット?」
「そんなこともあったね……! そうそう、温泉なのに貴族専用だし普通のバスタブしか無いって言うんだもの。もっと大きい湯船を作ってみんなで利用できた方が絶対良いでしょ」
「そうそうそう!!! メチャクチャ大当たりして領地が潤ってるらしいわ。ホントに感謝してるんだから!!!」
思わず手を取ってブンブンと上下に振り回してしまった。
絶対に利益の一部は彼女に渡すべきだと思う……!
テンションの高い私に対して、彼女は少しはにかむと謙遜する。
「ううん、折角の温泉がもったいなかったから提案してみただけだから……」
「謙虚!」
「そんなことないよ……」
照れてもじもじしている様子が可愛らしい。
私の前では大いに素を出してもらって構わないからね。
見た目がクールビューティーで中身が可愛いとか、何のご褒美!? っていうレベルでたまらない。
眉や目尻が少し下がっただけで、最初の冷たい人形じみて感じられた雰囲気は全く無い。
「大浴場は今は一般客向けしか無いけど、貴族用にも作ってほしいわよね。そんなに大きくなくても良いけど、何人かは余裕で入れるくらいのサイズで。絶対需要あると思うわ~、というか私が入りたい!」
「私も入りたい~。ローザは領地内に温泉があって良いなぁ……」
「勿論招待するわよ!! 一緒に入ろう!」
「一緒にかぁ……」
そう言って彼女は拳を握る私から視線を少し下げて、その後自分の同じあたりを見つめて大きく息を吐いた。
……うん、何も言うまい。
クロシェットはその、スレンダーだからね。
背の高いモデル体型で、それはそれで私は良いと思う。
しばらく宙を見ていた彼女だけど、何かを思い出したのか勢いよく両手を叩くと、再び口を開いた。
「そう、ローザに聞きたいことがあったの。お話が楽しくて大事なことを聞くのを忘れちゃってたみたい……」
何とか顔を上げて、困ったように笑う彼女を見る。
同じ転生者同士で聞きたかったことなんだから、相当重要な事なんだろう。
気持ちを入れ替えるように大きく息を吸って吐いて、彼女の表情に真剣さが戻っていく。
まるで『これが本題』と言わんばかりで、私も思わず姿勢を正す。
しかし、彼女が口にしたのは私には全く思いもよらないことだった。
「それで、ローザは『アマ学』では誰推しですか?」
……真剣な顔してるところ申し訳ないけど、何の事だかさっぱり分からないわ。
私は思わず天井を見上げたのだった。
転生仲間イェーイ☆←




