お兄様と、ぶらり馬車の旅
季節はあっという間に、冬!!
なんともう冬期休暇。早いものね。
私の目の前には、ちらつく雪景色……ではない。
艶のある黄金の髪は肩にかかり、スッとした柳眉に深い湖のような色をした瞳は不思議な魅力があり、目の合った者の意識を吸い寄せる。
筋の通った高い鼻は折れたり血が出たりするとは思えないほど作り物めいていて、薄い唇には柔らかな笑みが乗り思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
肌なんて、キメが細かく整いすぎて毛穴なんて見えない。ジーっと見ても全然見えない妖精のような人。
さて、この目の前の美しく整った顔立ちをしているのは鏡に映った私……ではなく。
私に良く似た顔を持つこの人は私の実の兄妹にして超絶イケメンなアンソニー・リューヌ・エグランテリア。
愛する私のお兄様である。
「ローザ、寒くはないかい?」
「ええ、大丈夫よお兄様」
実家に帰省する馬車の車中、幾度となく繰り広げられるやりとりに飽きることなく、にっこりとそう告げる。
愛しのお兄様の存在をすぽんと忘れてとっとと先に帰ろうとしたのは内緒である。
うっかり忘れてたくせに、顔を見たらもう夢中なんだけどね!
中身のあるんだかないんだかわからん会話すら楽しい……というか、目の前の存在が美しすぎて凝視してしまうのよねぇ~。
イケメン予備軍のヒューイを飽きるほど見る機会のあった私だけど、もはやそんな次元じゃない。
二つ年上、現在16歳のお兄様ことアンソニーは予備軍どころか立派なイケメン、それもかなり上なクラスの大変見目麗しいお人なのだ。
うっかりすると鼻血を吹きそうなので、どんなに中身がなくても会話に集中しなくちゃ。
「今夜は道中で一泊なんて、もどかしいですわね」
「はは、あまり急いで事故にでもなったら大変だからね。ましてや今年からはローザも一緒なんだ。念を入れておかなくちゃ」
妹を心配するお兄さんな顔も素敵~!
優しい微笑みにきゅーんとなるけど、残念ながら彼は実の兄、なのよね……。
はぁ……。
さて、私たちは帰省の途についているわけなんだけど、今日直接実家には帰らず、途中の街で一泊するのよね。
理由は、暗い冬の道は馬車では危ないから……らしい。
しかも雪も降ったり積もったりだからね。
舗装の完備されていない道もあるし、スタッドレスタイヤ何てものもない。
安全のため……と言われたら、素直に頷くしかない。
距離的には1日あれば着くんだけどねぇ~。
実は、入学前もこうして実家から学園までの間に一泊している。
入学式が昼からっていうのもあるし、慣れない長距離移動の後すぐに入学式はキツいだろうとのことで。
まあ、有難い配慮ではあるわよね。
「そういえばお兄様、生徒会のメンバーだなんて驚きました。活動は大変なのではありませんか?」
「ああ、ビックリしただろう? 実は僕もなんだ。当日に言われてね」
「まあ!」
ご友人に呼ばれ「お前も一緒に来い」っと連れていかれたら生徒会紹介のステージだったらしい。
どーりで、やけに苦笑いだったわけだ。
「あとはもう……なし崩しさ。全校生徒の前で紹介されてしまったから、廊下を歩けば『生徒会の……!』だからね」
なんという策略!
トラップもいいところじゃない?
「役割自体はそんなに大変じゃ無いんだけど、目立ってしまうのがどうしても、ね」
「お兄様は元々目立っていたのでは……?」
それか、近寄れなかっただけじゃない?
こんなに妖精みたいな人、見るなという方が無理ってもんでしょ~。
と思ったけど、なんでも目立つご友人の影にうまいこと隠れてたそうな。
まあそのお陰で面倒な事になったものだよ、と苦笑したのだった。
***
今夜の宿泊先はなんと温泉が売りの宿屋なんですって!
行きでは通過しただけだったけど、「帰りは寄れると思うよ」というあの日のお兄様の言葉に実はちょっと、いやかなり期待してたのよね~。
実際に着いてみれば、そこはもはや宿屋というより一軒の屋敷だった。
「ようこそおいでくださいました!!」
と迎えてくれたのは支配人みたいな紳士だったし、お部屋も申し分無い貴族仕様。
寮の部屋と違って、私たちが通されたのはサロンを挟んで寝室がいくつかあるタイプの部屋。
イメージは高級スイートルーム、かしら。
それぞれの寝室に温泉をひいたバスルームがあるんですって。
なんかちょっと想像してたのと違うけど……素敵!
「ローザも疲れただろう?軽く湯編みしてからの食事にしてもらおうか」
というお兄様の発言によって、温泉気分はさらに高まる。
前世ではそんなに有り難みを感じなかったけど、やっぱりたまにこういう日本人的な感覚が顔を出す。
温泉特有の、トロッとしたお湯に浸かりながらしみじみしたのだった。
「お嬢様? そろそろお上がりになりませんか?」
「ぶくぶく……」
…………。
「あの、お嬢様? っきゃあ大変! お嬢様が!!」
「のぼせた……ぶくぶく……」
すっかり茹で蛸状態になって大層エリーに心配かけた。
お兄様には「あー、わかるわかる。ははっ」と何故か大笑いされてしまった。
うーん、失敗したわね。
でも気をつけて明日の朝も入ろっと♪
病み付きになってしまう気持ちよさだわ~。
まさか翌朝、エリーの完全監視状態で朝風呂に入るとは思わなかったよ……。
***
「ここには、大勢で入るようなお風呂はないのですか? 温泉地などでは大浴場というものがあると読んだことがあるのですが……」
朝、爽やかな光の差し込むダイニングでの食事中にお兄様に聞いてみた。
勿論、何かで読んだなんてのは出任せ。
私の知ってる『温泉』もあるのかな~って気になったから。
答えたのは兄ではなく、昨日出迎えてくれた紳士なおじ様。
やっぱりただ者ではなかったらしくて、この宿どころかこの温泉地全体を管理しているお人らしい。
食事の際にはそんな人が自ら給仕してくれちゃってるわけなんだけど……まあそれは置いといて。
「流石エグランテリア伯爵家のご令嬢、よくご存知ですね。こちらの建物とは別に、一般に解放している宿や湯治場がございまして、そちらでは皆大浴場を利用しております」
「まあ、そうだったのね」
お貴族様専用なのはどうやらこの建物だけだったみたい。
そりゃそーか。
うーん、でも大浴場も入ってみたいかも……。
そんな私の気持ちを察したのか、管理人のおじ様はこんなことを言ってくれた。
「本日は無理ですが、ご所望でしたら後日一般客を入れないようにして大浴場を貸しきることも可能でございますよ」
メンテナンス日ということにして、1日くらいなら貸しきれるらしい。
そのとんでもない贅沢な提案に飛び上がって「いいっ、そんな大変なことしなくてもいいよっ!!」と叫びそうになったけど、グッとこらえた。
「まあ、それは嬉しいですが皆様楽しみに来られているのでしょうから、私は遠慮しておきますわ。お部屋のお風呂にも大変満足しておりますから」
とおしとやか~に答えたのだった。
丁重にお見送りをされて、再び帰省の途へ。
なんとここでお兄様から衝撃発言が。
「ローザは遠慮してたけど、あそこはウチの持ち物だから遠慮することはなかったんだよ。まぁ、一般客の事まで考えられるローザは素敵だと思うけどね」
な、ナンダッテー!?
温泉が持ち物って……そんなことあるのか。
流石伯爵家。
資産レベルが凄まじい……!
元々は貴族の隠れた旅行地だったんだけど、ついここ数年に一般客にも解放されたのだとか。
お父様に提案したのはなんとお兄様で、元々その案は例のお友達集団の一人によるとある発言がきっかけだったとか。
素敵なことを考える人もいるもんだ。
大浴場を作って一般客に解放したことで、温泉地として有名になって、ここ最近では嬉しい悲鳴が止まらないとか。
どうりで、管理人のおじ様自ら機嫌良く色々してくれたわけだ……。
提案したお兄様への、ひいてはエグランテリア家への感謝の気持ちだったらしい。
私には領地経営などの知識は無いと初めから伝えていたみたいで、だからさっきのおじ様が驚いてたってわけね。
家では領地関係の難しそうな話はスルーしてたからなぁ……反省。
カルチャーショックを引きずりながらも、懐かしの我が家へとようやく帰ってきたのだった。
ただいまー!!
次回は実家編です。
よろしくお願いします。




