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虚飾のケミストリーアル  作者: 古縁なえ
プロローグ:あるのに見えず、ないのに見える
3/10

ラッキーではなくスナイプという


 源王学園は生徒総数1201名の全寮制の学園だ。


 学園の運営方針で、如何に実家が近かろうと、必ず入寮しなければならない決まりになっている。


 広大な学園の敷地内に寮が建てられており、正当な理由であっても何日も前に申請しないと校外への外出許可が降りない程度には筋金入りだ。


 それもこれも格差を作り、競争を促す為。学業成績が良い者、運動等の技能で成果を上げた者には相応の生活環境を用意するし、逆なら内容もまた反対になる。


 学園側が用意したのは敷地内だけで完結された世界。閉鎖空間と限られた流通。


 最たる象徴として、ここでは、専用の電子マネー――『桜貨』以外の通貨の使用ができない。


 それを全員に10を与えるのでなく、優秀な者に20を与えて、愚鈍な者には5を与えるのがこの学園の特徴を示している。ゼロサムゲームの様相だ。


 桜貨は成績によって毎週日曜日に支給されて、その用途は個人に委ねられるが、大体は日々の生活費(主に食費)に消えて、嗜好品に使える程は残らない。


 それらは基本的に学期ごとに納められる学費の中で遣り繰りされるのだが、例外が一つあった。


 それが先程恵流が口にしていた『隔週のアレ』だ。そのおかげで恵流や菖蒲は実力主義なこの学園にあって少数派の一人部屋で暮らせている。


 あれから陽と別れた二人は、夕食までの空いた時間に寮の恵流の部屋で雑談をしていた。


「それで」


 他愛無い話に一区切りがついた所で、菖蒲が神妙な顔になる。


「一体どんな悪巧みがあって、あの子を仲間に誘ったんだ?」


「悪巧みなんて人聞きが悪いな」


「普段の立ち回りで行くつもりなら、人手なんてあるだけ無駄だろ。それどころか、三人で分ける分、一人当たりの取得量が減る。それに、あの子のエフェクトは……いや、それはいい。のえるがそんな簡単な事を考えないと思わないんだけど?」


「多少、無駄遣いを抑えれば、生活に不自由することはないでしょ。人助けだと思えば、我慢出来る」


 キリっとした表情をする恵流に、菖蒲はじとーっとした目を向けた。


「協力はするけど、あんまり変な事には巻き込まないでくれよな」


 そう言って、菖蒲はベッドから腰を上げる。


「俺は部屋に戻るよ。食堂に行く時は呼んでくれ」


「んー、どうしようかな」


「それは、巻き込むなって事と食堂に行く時に呼んでくれって方のどっちに悩んでるんだ!?」


「どっちも?」


「知ってたけど最低だなっ」


「僕なんかが最も低い男でいいのかな。世の中には僕如き一般人よりも劣悪な人間が居ると思うんだけど、そこの所どうだろう?」


 菖蒲は深刻な頭痛を覚えながら、栗色の髪を掻いて自室に戻った。


 菖蒲が去り、部屋に一人になった恵流は、おもむろに腰を上げると、木製の学習机に備えられている引き出しから長方形の細い物体を取り出す。


 中程からアルミの包装を破り捨てると、濃い茶色が現れた。板チョコレートだ。


 これがなければ禁断症状が出てしまう程に心酔している、恵流の好物だった。ハムっと加えて、ベッドに腰を降ろす。


「さて、と……軽く情報収集でもしておこうかな」


 食わえた端を折って頬張ると、恵流はチョコレートを持った手で正面の虚空を撫でるように横になぞる。


 すると、何もない空間に白線で四角形が描かれたかと思うと、その囲まれた空間の内側が薄く水色に染まった。


 展開されたARのディスプレイに間を置かずして、多用なアイコンが整然と並んでいく。


 恵流は慣れた手付きで新聞部が提供している情報アプリケーションをタッチして起動した。


 他人には恵流の正面に現れたディスプレイは視覚されず、何も知らない人間であれば、恵流がただ中空に人差し指を踊らせただけのように映る事だろう。


「学内序列は……何番だっけ? 二桁なのは覚えてるんだけどなぁ。エフェクトから逆引きしてみるか」


 欲しい情報は特に苦もなく見つかった。ざっと流し読みして大まかに把握したら、恵流は次にあざとい後輩の情報にも目を通す。


「学内序列240位、だと? 僕よりも遥かに高位だ」


 大げさに仰け反る。1201位は伊達じゃない。エフェクトの記述に関しては丸々飛ばして、恵流の目的は備考の欄。人間性や性格に言及している部分と成績の部分だ。


「……使い潰しているわけじゃないのか」


 意味深に呟いて、ブラウザを閉じた。画面右上部の時刻を確認すると、そろそろ夕食にちょうどいい時間になっている。


 残り一欠片になっていたチョコレートを口に放り込んだ恵流は、知り得た情報を頭のなかで整理しながら菖蒲の部屋に向かうことにした。


 東寮『青龍A』三階角の二部屋が現在の恵流と菖蒲の部屋だ。


 恵流の部屋は風呂トイレは共用であることに対して、菖蒲の部屋は風呂トイレにキッチンまで完備されている最高グレードの部屋になっている。


 レバーハンドル型の銀のノブは施錠されていて恵流の侵入を阻んでいた。


 この寮は全部屋が電子ロック仕様の為、鍵穴はない。部屋主の腕輪で認証するか、内側から操作するか、部屋主に発行権限がある使い捨ての電子キーを使えば解錠できるようになっている。


 ノックをしたり、メールなり電話で菖蒲を呼ぶなりすれば済む話なのに、恵流はなんとなくで以前受け取って使わずに温存していた使い捨てのキーを使用して中に入った。


 六畳の部屋に菖蒲の姿はない。恵流は水の流れる音を感知しながら、冷蔵庫を空けて勝手に飲み物を拝借したら椅子に腰掛けて菖蒲が現れるのを待った。


 数分後。


「ふぅ、気持よかったぁ」


 浴室から胸の上程までバスタオルに身を包んだ菖蒲が出てくる。


「遅いよ、菖蒲」


「へっ? のえ、る……?」


 二人の視線が交錯した。菖蒲は、まん丸い目を白黒とさせて、そして、次の瞬間。


「きゃあああああああっ、なんでいるのぉぉぉ!?」


 菖蒲は女子のような悲鳴を上げて浴室にUターンする。


「食堂に行く時は呼びに来いって言ったの忘れた?」


「言ったけど! 言ったけどっ、そういうことじゃなくてっ」


 普段の菖蒲からは及びもつかない甲高い声が狭い部屋に響く。その声は言い訳のしようがないまでに、女性のものだった。タオルに隠されたその身体つきまでも。


「どうやって入ったの!?」


「前に貰った簡易キーを使いました。ほら、僕が昼食の調達に出かけた時の」


「あぁ、あったね、そんなこと。のえるが珍しく私に気を使ってくれてたから可笑しいなぁって思ったけど……」


 あの日、戻ってきた恵流は電子キーを使わずに中から菖蒲に開けて貰った。


「じゃなくって」


 鶴来菖蒲が性別を偽って学園生活を過ごしている男装女子だと言う事を知る恵流だからこそ特に反応を示したりはしないが、他の人間が見聞きしたら確実に度肝を抜かすであろう一幕だ。


「着替えるから出てって!」


「やだって言ったらどうする?」


「どうするって……叫ぶとか、助けを呼ぶとか……」


「でも人が来たら困るのは菖蒲なんじゃないかな」


「意地が悪いよ! もうっ、いいから出てって!」


 この反応が見られただけで満足した恵流は、菖蒲の言葉に素直に従った。



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