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七話「朝チュン」

 ふかふかした肌触りのベッドに抱擁される中で意識を心地良く沈ませていると、優しい光りが閉じている瞼を越えて私に朝を告げる。

 意識が覚めてくると耳に小鳥達の鳴き声が届く。爽やかな囀りに起こされるようにゆっくりと目を開けると、そこにはクララの寝顔があった。


「ちょっ!」


 驚きのあまりに毛布をめくって起き上がる。ベッドの上には座っている私と仰向けに寝ているクララが二人きりで、おまけに二人揃って下着姿だった。

 恥ずかしくて反射的に両手で抱くように体を隠す。

 寝入ってるクララが「う~ん」と心地悪そうに唸ると、そのまま何も見なかったことにして頭から毛布をかけた。

 なんでこんなことになっているのだろうか。もちろん私に少女を夜這いする趣味なんて無いし、きっと寝惚けたクララが間違っただけだと思うけど。

 気付かずに寝続けた自分を恥らいながら、親指をあま噛みして昨晩の記憶を辿る。


 ――もう、クララちゃんってばいつの間に入ってきたのよ。 えーと、昨晩は確か……。


 あの後――塀壁の門を通った後、すぐ左にあった仮眠用の小屋へ私達は入った。

 そこでクララは早速とばかりに修道服を脱いで紙袋と一緒に窓辺の机に置き、連なる二つのベッドの片方に潜り込むと程無くして寝息をたて始めた。あまりに良い脱ぎっぷりだったので今回はドキドキする間もなかったくらいだ。

 見ていた私も、衣類を脱いでアルテミスと共に机に置くとさっさとベッドに入った。もちろん別々のベッドにだ。その後は睡魔に誘われるがまま夢の中。

 うん、だめだ。やっぱり何も覚えていない。爆睡していた事実を素直に認めるしかないようだ。まあなってしまったものは仕方がない。

 目先の絵に描いたような朝チュンの光景に飽きれながらお隣のベッドを見ると、そこでようやく私はこの状況に納得する。

 そっちでは夜の守衛を終えたシャマルとギブリが顔を向き合わせながら仲良く眠っており、彼女達に寝床を譲る為にクララはこっちに来たのだ。

 ただ、寄り添って寝ている二人がどことなくカップルの秘め事を思わせ、なんとも言えない甘美な雰囲気でこのまま見ているのも妙に恥ずかしい。かといって二度寝しようにもすっかり目が覚めてしまったし、ましてや昨晩クマの囮をしてくれたクララを起こす気にはなれない。

 膨らんでいる毛布を眺めていると、中にいるクララがもぞもぞと動いて毛布をめくり、寝返りをうってうつ伏せになる。

 こうして改めてクララを見ると、その容姿といい背中の模様といい、まるで無垢な天使のように思われた。その寝顔はとても幸せそうで、やはり起こすのが躊躇われる。

 クララが風邪を引かないよう肩に毛布をかけ直すと、私は一人で朝の散歩でもしようと思いベッドから降りた。

 衣類を置いた机に近付くと、羽織物を広げて中にある“正装”を手に取る。


 ――うん、いつ見てもやっぱり綺麗。


 お気に入りの“正装”を着付けると程好い緊張感に包まれた。

 本来はこんな気軽に着るような物ではないけれど、他に着る物も無いので仕方がない。後でクララが起きたら相談してみよう。

 昨日と同じように“正装”の上から羽織物を着れば準備は完了、忍び足で音をたてないようにして扉を引くと、そのまま小屋から出て外へと向かった。




   ☆   ☆   ☆




 外に出て早速驚かされたことがある。

 視界に入ったのは大きくて壮大極まる見事な山岳だった。宵闇に紛れていたのは教会ではなかったのだ。

 そびえる絶壁を見上げるも頂上は遥か彼方。雲を突き抜けても頂は見えず、天を目指す山岳の迫力が半端ない。中腹あたりに見事な建築物が建立されており、それも教会と言うよりは城と言った方が適しているだろう。

 そこに至るまで、大小様々な洞窟が点在していてちらほらと人影が見える。いずれもがシスターやアマゾネスの格好をしており彼女達が自然と共に営んでいるのがよくわかる。

 そりゃあんなところにゴールがあればクララも仮眠室を借りる訳だ。

 感動と呆れの交じる溜め息を吐いていると――


「あら、見ない顔ね」


 背後から声が聞こえた。

 囁くように小さいけれども、不思議と耳に入ってくる魅力的で柔らかな声だった。

 声の方を振り返ると、そこには声の印象を裏切らない薄幸的で儚げな女性が立っている。

 女性、そう女の子ではない。落ち着いた静謐な容姿で起伏に富んだ体系の綺麗な女性だ。

 氷塵を思わせるふわふな白銀のウェーブヘアとサファイア色の瞳で、凍て付いたように無表情。見える手先は雪のように真っ白で静脈すらも浮かんでおらず、あまり人間らしさを感じない。

 幻想的な存在を後押しするように、瑠璃色のローブを着ており童話で見たような湖の精霊を思わせる。


「はじめまして、天乃神月詠と申します。 不束者ですが、幾久しく宜しくお願い申し上げます」

「ご丁寧にどうも。 私はヴィヴィアン、よろしく」


 私達は軽く会釈を済ませると、ヴィヴィアンがくすりと微笑む。

 多少は昨晩みたいな騒々しい反応をされると思っていたけど、そこはやはり外見通りの大人しい女性で何も聞いてこない。

 クララもいないしアルテミスも無いけど、せめて魂約者ということくらいは話しておこう。


「あの……」

「いいのよ月詠さん、なんとなくわかるから。 待ち人が来たので失礼しますね。 また会いましょう、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう。 ヴィヴィアンさん」


 なんだかとても不思議な感じがした。人間――なのは間違いと思うけど、さすがに。

 私の脇を通りすぎたヴィヴィアンを振り返って見送る。その姿は蜃気楼を思わせてやはり幻想的な――って!


 ――あ、あれが待ち人!?


 ヴィヴィアンと待ち合わせていたのは中性的な外見をした美少年だった。

 金髪ショートの長身痩躯で、彼は私に気付くと何も言わずに爽やかな笑顔で手を振ってくれている。どこぞの有名な王子様かなんかだろうか。

 あんな超絶美形の王子様と朝っぱらから逢瀬をしようとは、ヴィヴィアンはやっぱり大人の女性なのかと思わざるを得ない。

 しかしここに来てからと言うもの、会うも見るもシスターやらアマゾネスやらで女性一色だったけど、やっぱりいたんだな……それもあんな王子様が。

 クララも言っていたけどあくまで女性の比率がとても高いってだけで、いないとは言ってなかったし。


 その後、麓辺りを一通り散策したが朝早かったためか他に人と会うことは無かった。

 建物だって仮眠用の小屋と立派な城だけで、もしかしたら人々は皆あの城と点在する洞窟で暮らしているのかもしれない。

 他には、小さな可愛い花に感動したり、庭園の山菜や果物に見入ったり、飼われているだろう動物(犬や猫に山羊と様々だった)に触れたりとそれなりに楽しめた。

 やがてスタート地点である小屋付近に戻る。

 小腹も空いてきたのでそろそろクララに起きてもらおうと考えていると、山岳の中腹にある城から大きな鐘の音が鳴り響く。

 同時に数羽の白い鳩が羽ばたいて蒼穹の空を泳ぐと、洞穴のあちこちから乙女達が姿を現す。


「つ、月詠さんがいないよ~!」


 小屋からクララの悲痛な叫びが聞こてきた。どうやら私の乙女もお目覚めのようだ。

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