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67話「嘶く者」

 サイサリスと2人で森の夜道を歩いていた。

 馬の駆ける音は大きく獣を起こす可能性もあり、サイサリスが休んでいる馬を起こすのは気が引けるとのことで徒歩になったのだ。

 とりあえず今夜中に例の地底洞窟前まで行き、あの鮎がいる滝の泉でキャンプをする予定である。


「サイサリスさんは外の世界に行ったことあるの?」

「小さい頃は北にある小さな村で暮らしてたんですよ」

「そっか。 北の方は全然知らないや」

「サザンクロスって都市の領土内にある本当に小さな村なんです。 海に面した端っこの方なんですけど」

「へえ~。 どんな村だったの?」

「大きな風車があったり、潮騒が聞こえてきたり、良い村でした」

「潮騒、かー。 そういえばヴィエルジュに来てから泉とかは言ってるけど、海は入ったことないや」

「でしたら是非、いつか私の故郷で一緒に海水浴をしましょ!」

 

 仲良く互いの故郷について話していた。

 私は今、結構精神的に参っている。理由はもちろんクララだ。正直こうして話でもしてないともたない。

 サイサリスもこんな私の気持ちを理解しているのだろう。

 気のせいか今日は以前よりも話が矢継ぎ早で途切れる様子が無い。

 しばらく歩いていると、小休止をする為に近くにあった泉へと立ち寄った。

 クララと初めて会ったあの泉だ。


「月詠さん、ちょっと眠気覚ましに顔でも洗いましょうか」

「……うん」


 あの日のようにしゃがみ込んで水面を見つめる。すると、そこにはすっかりシスター服に馴染んだ自分がいた。

 以前は前髪を切り揃えたおかっぱヘアだったが、この三つ編みを巻いたような女騎士ヘアにも随分慣れた。

 そういえばあの日からどれだけの月日を費やしたのだろうか。まだ1年も経っていないが、随分と長くヴィエルジュにいる気がする。

 水を掬って思い切り顔に浴びせ、次いでそのまま泉の中に頭ごと突っ込んだ。


「つ、つくよみさんっ!?」

「あばばばばばばばばばばば」


 叫んだら少しはもやもやが晴れるかと思ったので水中で叫んでみた。


「っふー! よし、スッキリした!」

「何やってるんですか……」

「いやーだってさ、落ち込んでマイナス思考でいるのも良くないじゃん? だから叫んだの、水中で」

「月詠さんって、たまーに変なところが――」


 空元気ながらに楽しく話している時だった。

 私達の憩いを邪魔するように、いやむしろ憩いを邪魔されたのは自分だとばかりに。

 あの夜よりも獰猛な咆哮が森全土にビリビリと響き渡った。

 木々は揺れてざわめき、鳥は起こされて飛び立ち、小動物達は走り去って森は刹那だけ静寂に包まれる。

 どうやら私達は随分とはしゃぎすぎてしまったようだ。


「つ、つくよみさん……もしかして」

「もしかしなくても、たぶん……あいつだと思う」


 どこからか大地を叩き付ける様な音が聞こえてきた。

 一度で終わらず二度三度と地鳴りする度に音は大きくなり、地面が揺れて震源が近付くのがわかる。


「ど、どどどどうしよう」

「とりあえずごめん。 どう考えても私が騒がしかったからだよね」

「謝って済む問題じゃ……」

「とりあえずここは動物と仲良しのサイサリスさんを頼りにしようかと……」

「えー……。 無理無理、怒ったクマさんと仲直りなんて絶対無理だよ」

「そっか……じゃーとりあえず逃げよう!」


 サイサリスの手を引いて駆け出すと――泉の向こう側にある茂みが爆発したように枝や葉を散らす。

 そこから出てきたのは大手を振りながら二足で駆けるクマ。

 水面を破裂させるような音を発てて一気に泉を越えると、聞き覚えのある銃火器を地面に連射したような凄まじい轟音を響かせながら追いかけてくる。

 クマの手足にはやはり光り輝くルーンが見えた。


「ひ、ひぃっ! 月詠さん、あれ噂のルーン・ベアじゃないですか!?」

「わかってるって!」

「超速いです! 捕まりますよ! 食べられちゃいますよ!」

「んー……よし、戦おう!」

「あれと!? 正気ですか!?」

「だって追いつかれちゃうし、ここは腰を据えて戦った方が良いって! 私が前衛やるからサイサリスさんはサポートお願い!」

「しかも弓手が前衛!?」

「大丈夫、ちゃんと策はあるんだから!」


 言って立ち止まりルーン・ベアに向き直ると、奴は瞬く間に私に近付いてくる。

 きっとこんな時、アテナなら喜んで戦うだろう。ブラッドムーンなんかは獣の生き血とか言ってかじりつくかも知れない。

 だったら私だって負けてられない。ましてや今の私の手には伝説の神器アルテミスがあるのだから。

 ついにルーン・ベアが私の目前で止まった。

 ひくつかせる口からは涎をダラダラと垂らしており、やる気満々のようだ。

 ルーン・ベアはご自慢の丸太みたいに太い両腕を大きく振り上げる。


「バスタァァァァァア! ホォォォォムラン!」


 その時、僅かに生じた隙を見逃さず、脇腹を目掛けてアルテミスを思い切り振り抜く。

 すると――打ち込まれたルーン・ベアは全身をビリビリと震わせながら大きく鳴き叫んで後ずさる。

 1安打ってところだろうか。今回は巨大なクマ、幼女ではないのでさすがにホームランにはならなかった。

 続けて追撃するべくルーン・ベアに詰め寄って、足を払うようにアルテミスを下向きに薙ぎ払う。

 ルーン・ベアは早くもアルテミスを警戒し、態勢も整わないまま強引に薙ぎ払いを避けたせいか、そのまま背中向きに大きな音を発てて倒れた。

 ここまでは我ながらグッジョブだ。今の私はもう以前の私じゃない。

 このまま勝負を付けようと背中の矢筒に手を伸ばした、つもりなのだが。

 ……あれ? 矢筒が無い。


「やった~! 月詠さん、すごい!」


 背後からサイサリスの声が聞こえてくる。

 振り返って見てみるとサイサリスが元気に飛び跳ねており、大きな胸をばいんばいんに揺らしていた。

 こういうのは世間的にどうなんだろうか。女の子の先輩として外では控えるよう後で教えなきゃ。

 そんなことを考えてしまえる程に、今の私には余裕があった。これが成長というものだろうか。


「月詠さん、はやくとどめを!」

「……ない」

「……え?」

「矢が……ない」

「月詠さん……え? もしかして、あそこじゃないですか?」


 ジト目でサイサリスが指差したのは泉の水辺だ。

 言われて見ると、確かに矢筒が転がっている。

 そういえばさっき顔を洗った時に降ろして、そのままままダッシュしたかもしれない。片手にアルテミス、もう片手でサイサリスの手を引いてたからなあ。


「んもう~! こうなったら、ちょっとみんなに聞いてみますよ!」


 サイサリスは胸に手を添えるとゆっくり大きく息を吸い込み、月夜にとても良く似合う声で大きく鳴いた。

 高音のよく通る済んだ音色がハウリングして森中へ駆け巡る。

 とても耳に馴染みのある鳴き声で、そんな声が14歳の女の子のノドから発せられるというのが私には心底驚きだった。

 それは聞く限りにおいて完全に狼の遠吠えだった。

 しばらくの静寂を置くと、森の彼方から――何匹かの狼による遠吠えが返ってくる。

 サイサリスの遠吠え同様に森中に響き渡った後に、木々をさわさわと揺らした。


「よし! 月詠さん、もう少し粘っててくれます? じきに狼さんの援軍がきますので!」


 これが噂の動物さんとお友達のサイサリスか。確かにこれは恐ろしい。

 狼の群れなんて手懐けるなら、14歳の女の子でも百人力どころの騒ぎじゃない。そりゃアテナだって焦るわけだ。

 やがてのそりと立ち上がったルーン・ベアと戦闘を続けるが、アルテミスのビリビリでは決定打にならず次第に劣勢になり、その場その場で濁すばかりになっていた。

 ルーン・ベアの攻撃はクララから聞いていた通りかなり大振りで、弓道で鍛えられた私の動体視力ならなんとか避けることができるが、攻め手を欠いているので完全にジリ貧だ。

 されども時折かすめる攻撃は力強く、とても恐ろしくてアルテミスでのカウンターなんか狙えない。

 サイサリスも長鞭で応戦してくれるが、彼女も自分の防御で手一杯だ。

 と、思っていたが。サイサリスが何かを感じたのか、にやりと微笑む。


「ん……月詠さん、お疲れ様でした。 援軍のご到着です」


 その言葉を聞き辺りを見ると、いつの間にか茂みの中には怪しく光る夜目がそこかしこに点在していた。

 狼の援軍とは言うが一体どれだけの数がいるのだろうか。これだけの頭数がいればルーン・ベアにも勝てるはずだ。

 アルテミスを持ち直して構えを改め低く唸るルーン・ベアを睨みつける。私の役目はこいつに忍び寄る狼の存在を気付かせないことだ。

 目を逸らさず背後のサイサリスに告げる。


「サイサリスさん、私が注意を引くから仕掛けるタイミングは任せるね!」

「了解です!」


 私が足を思い切り踏み込んで駆け出すと、ルーン・ベアが私目掛けて腕を振り上げる。その挙動が見えたところで全力で踏みとどまった。

 ようはフェイントを仕掛けたのだが見事に引っかかってくれたのだ。結果だけ見ればの話だが。

 私の両足の間にはルーン・ベアの腕が深々と突き刺さり、運が悪ければ今頃私の足が抉れていたのが見てわかる。

 途端背筋は凍り冷や汗が額を流れる。

 これまでの大振りな攻撃とは異なり、直線的な攻撃となればこの速さで力強さだ。

 だが今は戦の最中、息を吐く間も無い。

 地面に突き刺さる腕を橋のようにして一気に駆け上る。颯爽と豪腕の肩に着くなり、今度はルーン・ベアのあごを目掛けてゴルフのフルスイングを決めた。

 少々間の抜けた金属音が響く。

 するとルーン・ベアは腕が抜けないまま千鳥足になり、軽い脳震盪を起こしたのか前のめりに音を立てて倒れこむ。


「みんな、今よ! お願い!」


 サイサリスが長鞭を掲げるのを合図に、茂みの中から一斉に飛び出してルーン・ベアに突撃する狼達。

 その数、およそ10匹。

 群がる狼達が一斉に喰らい付き、映画で見たような捕食の光景に多少慄く。


「サイサリスさん、もしかして倒した……?」

「もしかしなくても、もしかしなくても……」


 互いの手を取り合い、高揚を隠し切れずに私達は満面の笑みで飛び跳ねた。

 時だった――

 空気が砕いて耳を突き破るような咆哮をあげてルーン・ベアは立ち上がった。

 群がる狼を一匹つまんで子犬のように軽く投げ飛ばすと、狼達は一斉にルーン・ベアから離れて距離を取り、唸って睨みつけ、警戒態勢になる。


「月詠さん……どうしましょ」

「アルテミスでやるしか……」

「矢があんなところにあるのに? 取りに行けるんですか?」

「ごめん、無理」


 体を強張らせて抱き合い、立ち竦みながら体を震わせていると一つ案が浮かんだ。

 ただそれは打開策と言うにはあまりに不確定である。


「一つだけ案があるけど、ちょっと不確定要素が強いと言うか、博打と言うか」

「この際なんでも良いですよ。 皆が元気な内にやりましょう。 どんな案ですか?」

「今の私、クララから魔力を継いでる状態だし、ほぼ間違いなく召喚の魔法使いだから……」

「この戦いの最中に増援と言う訳ですか……時間はどれくらいかかります?」

「うーん。 私自身が召喚の儀を実際に見た事ないから、まったくわからないんだ」

「……やりましょう!」

「大丈夫かな? 呼び出しに成功しても、必ず術者に従う訳じゃなさそうだし」

「動物なら私が説得して見せます。 もしモンスターならルーン・ベアの当て馬にして私達は逃げちゃいましょう!」

「ははは……了解。 それじゃ狼さん達と時間稼ぎお願い」

「よーし、任せてください! 月詠さんも飛びっきりの召喚を頼みますよ!」


 サイサリスが長鞭で地面を叩いて前に出ると、狼達も彼女に並ぶ。

 群れのリーダーと思しき額に古傷のある森狼がサイサリスへ近付くと、互いの顔を窺いながら双方納得した風に頷く。

 どうやらアタックの段取りは整ったようだ。

 ルーン・ベアが四肢を這わせて本気の狩りスタイルになり、再度戦いは始まる。

 森狼達の攻撃は実に巧みだった。さっきまでの仕留めに行くスタイルではなく、手足の腱を集中的に攻めて対象を弱らせるえげつないスタイルだ。

 サイサリスは意図的にルーン・ベアの視界へ入り、常に戦意を自分に向けている。

 14歳の少女と森狼の群れによる連携は完璧だった。ただそれ以上にルーン・ベアの肉体的スペックは完成されている。

 なにせただでさえ強靭な肉体を野暮ったい毛皮が覆っているというのに、それを更に魔力で強化しているのだ。

 より強固になった手足を振り回せばより強力な武器になるのは当然だろう。

 私の存在がルーン・ベアの意識から完全に外れたのを確認すると、召喚の儀式を始める為に座り込んだ。


「月女神に魅入られし彼方地の者よ、我が魂の呼びかけに――」


 そして詠唱を始める。

 目を閉じ祈りを捧げて想いを言葉の中に込めると体を覆うルーンが熱を帯びる。

 背中から始まり指の先まで熱くなると、胸の中から何故か懐かしい温もりが込み上げてきた。


「――応じるのならば、黄金の力と我が御心と共に希望に応えよ!」


 完唱してもなお祈り続けると、私の体中から熱くなった魔力が解き放たれる。

 クララから聞いてた説明通りならば、今頃私の回りには魔方陣ができてるはずだ。

 どうやら無事に成功したようで戦闘の雑音が少しずつ遠退く――




 次に私は真っ白な世界で目を覚ました。

 目の前には懐かしい顔がある。

 白い髪と優しい微笑をした、安らぎと高揚感を覚えるずっと昔から大好きな顔。

 どうやら彼こそが私に召喚されし運命の相手のようだ。


「久しぶりだね、彦星。 お願いなんだけど私に力を貸してくれる?」


 我が家の愛馬は真っ白な体を跳ね上げると、問いに応えるように天へ向けて声高くいなないた。

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