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65話「眠り姫」

 ヴィヴィアンに手を引かれて静養室前まで来ると、見慣れた扉前なのに妙な胸のざわつきを覚えた。

 先程ヴィヴィアンが言っていた眠り姫とはどういう意味なのか。

 不安が込み上げてくる中、ヴィヴィアンが浮かない顔で扉を開けると、立ち止まって私に入るよう促す。


「さあ、入って」

「ヴィヴィアンさんは?」

「アテナちゃん達を連れてくる。 あの黒いローブの御人がシエルさんでしょ?」

「うん」


 私が答えると早々にヴィヴィアンは足早にアテナ達の元へと向かった。

 その後、溜め息を吐いてからゆっくりとした足取りで静養室へと入る。


「失礼します」

「月詠か、長旅ご苦労だったな」

「おかえり月詠君。 クララ君はこっちだよ」


 ベッドに腰掛けているエリス様とセイラが振り向いて私に答える。

 私を入れた室内はやはり少々重たい雰囲気だった。

 2人が見ている向かいのベッドにクララは寝ているのだろう。

 眠り姫、そう呼ばれてしまうクララを見るのが少し怖い。だが一番怖いのは予期せぬ未来に怯えるクララ自身だ。

 ならば私はクララに寄り添って少しでも力になりたい。

 祈るように両手を合わせて胸元へ添えると、固唾を飲んでベッドへと向かう。

 歩いた先で見たのは――


「あれ……意外と大丈夫そう? クララ? 寝てるの?」


 ベッドの中ではクララが安らいだ微笑を浮かべていた。

 ヴィヴィアンがあんまり深刻そうな顔をしているから不安になったが、案外大丈夫そうだ。

 顔色はにわかだけ蒼白めいているはいるが、これなら何日か寝ていれば治るんじゃないだろうか。


「セイラさん、クララはどんな感じなんですか? 昨晩私にすごい魔力が入ってきたんで、私てっきり寝たきり的なのを想像しちゃってましたよ」

「月詠君、端的に言おう。 信じられないかもしれないが……、クララ君の心臓は止まっている」

「……な、何言ってるんですか? そんな訳ないじゃないですか、現に私こうしてヴィエルジュ語話してますし、魂約印のルーンだってありますよ?」

「そのようだな。 それが私達にもわからん。 現にお前がそうしているとなれば、クララは生きている筈なのだが。 だが、だよ。 クララの心臓は現に止まっている」

「本当なのよ月詠君。 ちょっとクララ君の心臓に耳を当ててみて」


 言われてクララの胸に耳を当ててみる。

 ……うん。布団を取らなきゃ聞こえる訳ないよね。

 次に布団を取って寝巻きの上から耳を当ててみよう。

 ……あれ?

 いやいや、そりゃ寝巻きの上からじゃ聞こえないか。

 それじゃ寝巻きを――


「わかったかい?」


 言ってセイラさんが背後から私の手を掴んだ。

 安らぐクララの寝顔にはいつの間にか雫が滴っていた。私の涙だ。

 目先のありのままを受け入れた時、私の中の何かが決壊した。

 胸に何ともも言えない複雑な思いが込み上げ、瞼から涙の雨が降りベッドのシーツを塗らす。


「クララ君は寝ているんだ。 辛いだろうけど……そんな真似はよしておくれ」

「月詠落ち着け。 お前の気持ちは確かに私共には察しようが無い。 だが理解できないこの状況は今のお前にもわかるだろ?」


 エリス様の言葉に黙って頷き涙を拭う。

 嗚咽を堪えながらセイラの隣に腰掛ける。


「失礼します。 シエルさんをご案内いたしました」

「入るぞ、中々立派な建物じゃないかエリス」


 ヴィヴィアンがシエルを室内に招き入れると、エリス様が長いヴェールを翻しながら立ち上がる。

 シエルとエリス様の2人は再会すると目に見えて強く握手をし、互いの顔を見て実に物騒な笑みを浮かべた。

 その光景を見るとヴィヴィアンは「では失礼しました」と一言だけ添えて去ってしまった。

 きっと個室かもしれない。今静養室は忙しいのでアテナと自室でブラッドムーンを休ませてる筈だ。後でお礼を言おう。


「そうだろ? お前もそろそろ地に足をつけたらどうだ?」

「はっ、私は自由気ままに世界を渡る方が性に合ってるさね。 さ、とにかくまずは患者に会わせてくれ」

「あのベッドで寝てる子さ。 ここ数日寝こみ勝ちだったんだが、先日の真夜中ついに心臓が止まってしまった。 だが魂約者の月詠はお前の知っての通りだ」


 言いながら2人がこっちに来る。

 クララの現状を考えれば2人の態度や会話の内容は多少不謹慎かもしれないが、それだけエリス様はシエルの腕を信頼しているのだろう。

 やがてベッドの前に来たシエルが、私とクララの顔を交互に見てぼやく。


「月詠、この可愛い子がお前の魂約者か?」

「はい、なんとか宜しくお願いします!」

「確かに妙だ。 召喚者が絶命しても魂約者が変わりなくヴィエルジュ語を流暢に操っている。 どれ月詠、ちょっと魂約のルーンを見せてみろ」

「はい!」


 言って私はすぐさま立ち上がると、シスター服を脱いで肌着になりシエルに背中を見せた。

 今や白く光るルーンは肩先や脇腹にまで達し、自分でも確認することが出来る。

 シエルは私の背中を舐め回す様に見つめ、やがて溜め息と共に一言。


「だめだ。 わからん」

「そ、そんな! シエルさんだけが頼りなんです!」

「落ち着け月詠、シエルは魔力解析の専門家ではない。 次はクララの診察だ」

「す、すいません」


 腰を抜かしたようにへなりと座る私。

 次にシエルとセイラがクララの元に寄り添う。なにやら2人はブツブツと話をしていると、シエルがクララの体をあちこち確認している。

 おそらく日頃の健康状態やら抱えた病気について引き継いでいるのだろう。

 見ていると私の隣にエリス様が腰を下ろした。 


「月詠」

「は、はい!?」

「何をそんなに驚く?」

「い、いえ……考え事をしていたもので」


 隣にいるだけでなんたる迫力。

 シエルさんも迫力はあるが、どちらかと言えばあの人は迫力よりも謎めいた不気味さのが強い。

 同じ謎めいてるでもエリス様は畏怖、シエルさんは不気味、さすが歴戦の戦乙女だ。正直ちょっとだけ私も憧れている。


「こんな時に不謹慎かもしれないが、遠征はどうだった?」

「遠征自体はとても良い経験になりましたし、楽しかったです。 それこそ昨晩の出来事が無ければ……ですが」


 クララが診察を受けている間、私は遠征での出来事をエリス様に話した。

 時折大きなヴェールから微笑が覗け、話すエリス様が嬉しそうである。

 何て言うか、卒業後に訪ねた中学校の先生みたいな感じ。

 少しずつ場の冷たい空気が溶けてくると、診察を終えたシエルとセイラの2人がクララの傍らで腰を落ち着ける。

 そして私の正面に座っているシエルが、フードの奥にある目を赤く光らせながら話し出た。


「ハッキリしたことがある。 月詠、きちんと最後まで聞いてくれ」

「なんでしょう!?」


 蛇に睨まれたようにピシッと背筋を正して答える私。


「この子を見てみたがやはり謎だらけで不明瞭な点が多い。 だから変な憶測を立てずに確実に救える方法を提案しよう」

「……なんでしょうか?」

「この子を仮死状態にする。 正直なところ、既に死後硬直も見られる。 つまり腐敗が近付いてると言う事だ、1秒でも早く施した方が良い」

「具体的に私は何をすれば良いですか?」

「まずこの子を仮死状態にすると、昨晩より多大な魔力がお前に雪崩れ込むが、そこは耐えてくれとしか言えん」

「わかりました。 耐えて見せます」

「それから最も重要なのが、眠り姫を起こす為に不死鳥を捕まえて来い」

「ふ、ふしちょう! フェニックスですか!?」

「知っているのか、なら話は速いな。 詳しくは後だ、今は一刻も早くこの子を仮死状態にする」


 死者を起こすアイテムとしてフェニックスは定番かも知れないが、ドラゴンの次は不死鳥か。

 もうなんでもござれだ。

 でもなんにせよ良かった。クララを助ける手立てがあってよかった。

 安心感に包まれると気が緩んだのか、今度は嬉しい涙が零れてくる。


「ちょっと待って」


 零れた涙を拭いていると突然、セイラが話しに入ってきた。


「どうした? 話ならこの子を仮死にしながらで良いか?」

「それよそれ! 言っちゃ何だけど、クララさんはもう眠っている訳でしょ? そこから更に仮死状態って訳がわからないわ」

「ま、まあ確かに」

「落ち着けセイラ。 時間が惜しいなら、シエルやってくれ」

「うむ」


 答えるとシエルは、その不気味な真っ黒いフードを下ろした。

 突如として姿を晒したシエルの威容とも言える容姿を見るなり、私とセイラはゴクリと息を飲む。


「私はゴルゴン族の者でな。 メデューサの末裔と言えばわかるだろう? つまりはそういう事だ」


 シエルの頭上だけでなく袖口やらそこかしこから、シエル同様に真っ赤な目を光らせる黒蛇が数多に現れる。

 そして黒蛇達は一斉にクララを睨みつけた。

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