63話「空を翔る者」
酒場でシエルと合流した私達は4人パーティとなった。
ここから先はアテナが先導し、今日中に教会へ着くと言っていた秘密の元へと向かう。
今はソフィア国を出てウィード荒野。来た時とは別方向へ進み、東にある峰を目指して山岳地帯を歩いていた。
空に浮かぶ太陽は僅かに東よりで、昼前にもかかわらず体はすっかり汗ばみ、人の気配も無いので私は遠慮なくヴェールを取った。
吹き付ける風が汗をさらっていくのが気持ち良い。
当然アテナなんかは既に男装をやめているが、少々肌が見える程度ではアテナの騎士力は下がらない。胸の膨らみがなければやはり中性的な美少年である。
「あ゛づ……厚い。 月詠お姉さま、そんな格好で厚くないの?」
「ん? 意外とこのシスター服風通し良いよ? ひらひらの下はホットパンツだし」
「普通の教会じゃまずありえないけどね。 黄昏の教会は女性だらけでしょ? 男性の視線を気にしないから、動き易さや風通しを重視してるの」
「エリスの奴、隠遁を決め込んでるとは聞いてたが、まさか本当に教会を作ってたのか」
見た目だけで言えば、一番厚そうなのは全身漆黒のローブでフードまで深く被っているシエルだ。
だがそのシエルはなんでもないように平然とした様子で私と並んで歩いている。汗を垂らしていないのは彼女だけではなかろうか?
次いで厚そうなのはブラッドムーン。暗いイメージの魔女っ子衣装な上に、彼女は吸血鬼なので袖を捲くる事すら許されない。
アテナから買って貰ったマジック・ロッドを杖のようにし、舌を出しながらしんどそうに最後尾を歩いている。
「ねえ、ブラッドムーンちゃん、もし太陽光浴びたらどうなるの?」
「お姉さま、人間が溶岩を浴びたらどうなると思う? おそらくだけど、似たような結果になるよ」
元気の無い声でブラッドムーンが答えた。もちろんシエルにも既にブラッドムーンの正体は伝えてある。
しかしそれにしても熱い。まだ夏には早いし、太陽の陽光が照らし付けると言っても雲だってあるし、何よりさっきから風が吹いてるのにも関わらずだ。
汗を拭いながら歩いていると、先を行くアテナが立ち止まった。その傍らには小さな洞窟が見える。
「この中に入るんだけど、中々手ごわいモンスターがいるから注意してね」
「どのくらい強いの? ウィード荒野のモンスターと比べてどう?」
「んー、荒野で戦ったのとはまた毛並みが違うからなあ。 でも月詠さんなら『風の洞窟』にいるモンスターで苦戦はしないんじゃない?」
「風の洞窟?」
「ここって風が結構強いでしょ? だから風の洞窟って言われてるのよ」
「へえ」
「モンスターとはどんなタイプがいる?」
「えーと……怪鳥の雛、野盗の亡者、ゴブリン辺りが多いですね」
「ふむ」
洞窟に入ると、コカトリス、ゾンビ、ゴブリンがいるとのこと。
シエルは私たちを順繰りに見ながら何やら考え始めた様子だ。きっとパーティの陣形だろう。
セオリーでいけば前衛がアテナ、後衛が私、血魔術がブラッドムーン。そういえばシエルの戦闘スタイルはどんな感じだろうか。
「シエルさん。 見ての通り私が弓手、アテナさんが剣士、ブラッドムーンちゃんが魔法使いみたいな感じです」
「そうだろうな。 では私は中衛でいくか」
「武器は何でしょうか? 月詠さんみたいに残数とかもあるのでしたら……」
「そんな物はないよ」
「クックック! 汝もわらわと同じく魔法の……」
「魔法使いでもない。 まあ見ればわかるさ」
軽く笑いながらシエルは一足先に風の洞窟へと入って行き、慌てて私達もシエルを追いかけて行った。
シエルの戦闘力は圧倒的だった。
私の知る限りでは、戦闘において総合的に最も強かったのは当然アテナなのだが(神眼の血竜はまた別)、そのアテナの活躍の場が無い。
パーティ編成は前後左右をそれぞれ、アテナ、ブラッドムーン、私、シエルで組んだのだが。さっきからシエル以外の誰も何もすることが無い。
「そこか」
シエルが呟き手を振ると、ローブの袖口から真っ黒くて太い何かがしなって進む。そして壁の裏側にいたゴブリンを引きずり出すと、そのまま蔦が絡み付くように巻き付き一気に絞め殺した。
さっきからずっとこんな感じだ。壁の裏側だけでなく、天井の高くにいる目に見えない敵等も次々と絞め殺している。
エンカウントすらしない。させない。私達が見つかる前に全てのモンスターを倒している。
射程距離外からの攻撃は専ら弓手である私の取り得なのだが、シエルは視認範囲外からの攻撃なので全てが不意打ちとなる訳だ。
あまりにも凄まじい無双ぶりである。しかも何が中衛だ、これじゃ白兵戦も後衛も何もない。
――これがエリス様のご友人の強さ……。
ただただ見ている他ない。手の尽くしようもない。エリス様の戦闘を見た訳ではないが、完全に類友だと思わざるを得ない。
アテナの話では中々手強いモンスターじゃなかったのか。
シエルは次に成人男性程の大きさもあるコカトリスの雛すらも絡み取り、羽を散らしながら泡を吹かせて圧死させた。
洞窟を抜けるとそこは見事な景色だった。
人が一人通れるだけの狭い崖路が螺旋状に上へ傾斜し、進めば360度下界が見渡せるだろう絶景だった。
シエル無双のおかげで殆ど時間はかからなかったが、いつの間にか随分と高くまで登っていたようである。
柵の類がある訳もなく、足を踏み外せば雲へダイブしてそのまま地面にペシャンコだ。
「すごーい……」
溜め息が漏れ、額に汗が流れると強風が吹き飛ばす。
全員が支柱状の崖に手を添え、アテナを先頭にすると、私達は崖道に転がる小石を蹴飛ばすようにジリジリと進んだ。
足元に気を付けて慎重に歩いていると、崖の端っこには一輪の可愛いお花が咲いている。
その花に見惚れつつも登って行くと――頂上に着いた。
そこには木の枝をたくさん寄せ集め、コカトリスの羽やゴブリンの毛皮といった肌触りの良い物がふんだんに詰め込まれた、大きな大きな巣があった。
中には愛嬌たっぷりに可愛く鳴くドラゴンがいた。
私はドラゴンなんて見たことないが間違いないだろう。
恐竜みたいな頭で全身が真っ赤な鱗で覆われ、コウモリみたいな羽をパタパタとはためかせている。
目尻を下げて嬉しそうにベロでペロペロとアテナの頬を舐めているが、聞いてたよりもサイズは小さい。子供のチビ・ドラゴンだろうか。
とは言っても聞いていた通りに4人位なら余裕で乗り切れる大きさだ。
しかし、見てるとこれはもう頬を舐めてると言うより頭をしゃぶってると言った方がしっくりくる。
しゃぶられるアテナも大声で笑いながらとても嬉しそうにしていた。
「あっはははは! くすぐったいって!」
これが秘密の正体か。
日頃から野性味溢れるワイルドなアテナだが、まさかドラゴンまで手懐けているとは。おそるべしアマゾネス長。
信じられずに黙り込む一同。シエルですら唖然としている。
「アテナさん? ま、まさかこの子の親……昨日のギルド仕事で……」
「違うって、もっと前だよ。 ここらってほら人全然いないでしょ? だから私には狩りの練習には最適だったんだけど――」
17歳の女の子が何言ってんだ。しかも、もっと前って当時のアテナはいくつだ。
こんなところで人知れず狩りの練習とか、これだからアマゾネズ長は。
長々と説明をしたアテナだが、要はここのやたら熱い温度と風の強い環境はドラゴンにとっては快適らしい。
絶滅の危機に瀕してるらしいのはクララとサイサリスからも聞いていたが、こうして間近で見れる日がこようとは。
「この子の両親は多分、もう他界してるんじゃないかな。 孵化した時に初めて見たのが私だったから、彼女は私を親だと思ってるのよ」
「うへ~! そんな話が実際にあるとはね……ん? 彼女?」
「うん。 この子は雌のドラゴンだよ」
「もしかして名前とかつけてる?」
「当たり前でしょ! “アンジェロ”って名前にしたの、羽もあるし天使みたいに可愛いでしょ?」
その発想はなかった。いくら可愛いと言ってもドラゴンに天使と命名するとは。
まあ、たしかにアンジェロは可愛いと思うけど。
「アンジェロ見て。 ここにいる皆が私の友達だよ。 つまりアンジェロの友達! よろしくね~♪」
アテナがアンジェロの鼻先を優しく撫でると甘えた声で鳴き、羽を一層パタパタさせながら喜んでいた。
チビ・ドラゴンと思ってペットでも見るように眺めていたが、あまりに大きな咆哮の迫力に左右の耳が吹き抜けたような感覚に陥る。
気のせいかアンジェロが吼えた後、雲が動いた気がするけど……うん、気のせい気のせい。
一同は気を取り直し、アテナを始めとして全員が順番にアンジェロに乗った。
いよいよ私が乗る時、アンジェロは私に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ始め、なぜか敬うように頭を下げる。
「何?」
「月詠さん。 たぶんだけど、首から下げてる小袋じゃない?」
「ん、このステラの牙が?」
確かにアンジェロの鼻先は小袋辺りを嗅いでた気がする。
もしかしてアンジェロの親って……そんな訳無いか。ステラが生きてたのは遥か昔だし、親に頭を上げるのも変だ。
アンジェロの畏まった態度からするに、ステラに対し太古のドラゴンということで畏敬の念を抱いてるのだろう。
その後全員がアンジェロに乗ると、鱗の凹凸を掴んで足も固定させた後、彼女は力強く大きく羽ばたき始める。
左右の耳が開通されるような咆哮を何度か聞かされ、徐々に彼女は巣から離れて浮き上がった。
そしてアンジェロの首根っこに跨って角を握るアテナが南の方角を指差し叫ぶ。
「じゃあ行くよ! 黄昏の教会までの直行便! 皆振り落とされないようにね!」
アンジェロは一際大きい咆哮を上げると、羽を大きく振って旋風を巻き起こしながら空を翔け出した。




