62話「ブランドとブレンド」
「いや、種明かしって程のものじゃないんだよ」
アテナがサンドウィッチを掴みながら話し出した。
さっき見た武器の数々、私の見た限りでは中々重厚な感じでとても偽者とは思えなかったのだが。
実際手にして振り回したアテナには何か感じるところでもあったのだろうか?
「贋作って、オモチャとかには見えなかったけどな」
「武器としては本物だよ。 ただフリューゲル製じゃないってこと。 たぶんあれはレプリカじゃないかな」
「レプリカ? 模造品ってこと? しかしなんでまた、まるでブランド品みたい」
「ブランドだよ。 一部の間ではね。 しかしレプリカの方も中々良い武器だったよ。 それこそソフィア製のよりよっぽど良い品だ」
「へぇ~。 しっかし、よくわかったね」
いかに元母国の製造品と言えども、武器の微妙な違いにまで気付くとは恐ろしい。
森の中に隠した木の葉に気付くようなものだ。
歴戦の熟達者とかならまだしも、フリューゲル国が健在だったのは10年前。つまりアテナは当時7歳だった筈だ。
そんな年端もいかぬ幼女が母国お抱えの鍛冶屋が造った武器を覚えているとは。教育なのか、それとも才能なのか。むしろ両方かも知れない。
「なんていうかね、魂みたいなものを感じるのよ」
「魂?」
今度は作り手の魂とか言い出す始末。17歳の女の子が武器に込められた魂とか語っちゃうのか。
まあアテナだしね。女子力より騎士力の方が高いアテナだもんね。私も武士力の方が高そうだから人のこと言えないけど。
「そう。 作り手の意地っていうか生き様っていうか」
「職人さんの生き方?」
「だね。 戦時中は有名鍛冶屋の武器を模倣するのが多かったけど、お蔭で平均して質が良かったから。 たぶん戦時中の武器にフリューゲルに似せた紋章を付けたんでしょ。 質は悪くなさそうだったし、ブランドってよりブレンドかな」
「ブレンドって、あの色々ごちゃ混ぜって意味の?」
「うん。 でもブレンドって言ってもね、コーヒーにしてもワインにしても、その時代の消費者の好みに合わせて混ぜる物を変えてるんだよ」
そういえばレトルト食品なんかは数百人の会社員が共同で開発してるから、ある意味では職人技を越えていると聞いたことがある。ブレンドもそんな感じなのだろうか。
しかし淡々と冷静に語るアテナがちょっとらしくない。
母国の誇りをパチられて悔しくないのだろうか?
曲がったことが大嫌いなアテナならあの場で商人に問い詰めそうなものだが。
「アテナさん、意外と割り切ってるんだね」
「ん?」
「もっとこう、怒るかと思ってた。 さっきのトライデントだって、残り99プラチナあるんだし、思い入れがあるなら買うんだろうなって思ったよ?」
「あー、そういうことね。 その辺はちゃんと考えてるよ」
「考えてる? 何を?」
「あの商人はフリューゲル製品を仕入れる独自のルートがある訳でしょ? だから少し泳がせとくの」
「え? でも私達、今日中には帰っちゃうよ?」
「大丈夫。 実際ね、ソフィア国になった現状でもフリューゲル時代の残党はいるんだ。 追跡役はもう手筈してあるし」
「まさか私が聖水の祈祷してる時に全部済ませたの?」
「まさか。 元々私はソフィアに来る度、レジスタンスとは仲良くしてるの」
「へえ……って、結局トライデントは?」
「商人が他に抱えている顧客を調べる為に残したのよ」
「さようですか」
たまに本気で疑問に思うが、この子は本当に私と同じ17歳なのだろうか。
要領が良すぎる気がする。智将的な意味で。普通の女性なら宮廷とか大奥で発揮しそうなのに。
アテナならいつか本当に母国奪還を成し遂げそうな気がする。
「そういえばアテナさん? 一つ良いかな?」
「何?」
「昨日のギルド仕事の件だけど」
「あー! そういえばお礼言うの忘れてたね。 ごめんごめん、5ゴールドありがとうね! 教会から経費降りるから懐事情なんて心配しなくて良いのに」
「経費とかまた生々しい。 ってかもう99プラチナもあるんだし本当に心配しなくなったよ」
「いやいや。 白金貨は復興費用として殆どレジスタンスに渡したんだ。 だから手持ちは約50ゴールド位かな?」
その言葉を聞いて私は口から盛大にコーヒーを吹き出した。朝から酒場でコーヒーを吹き出す残念シスターなんて私くらいだろう。
だがすごい! 感動した!
心の底から感動した!
今の日本に宝くじが当選したからと言って、復興募金ができる人間なんて何人いるのやら……。
残金的には心許ないけど、そういう訳なら何も言うまい!
それにこの後シエルも合流する。いざとなったら大人のシエルに頼らせていただこう。
アテナは慌ててテーブルを拭く私を見て苦笑いしつつ話し続ける。
「そんな訳だから、月詠さんの5ゴールドは本当に助かってるのよ。 お世辞なんかじゃなくて」
「それはどうも。 ギルド仕事これからも頑張るよ……」
「ははは。 話し逸れちゃったけど、聞きたいことって何?」
「んーとさ、昨日アテナさんが請け負った依頼ってドラゴン退治なんでしょ?」
「正確にはドラゴンの卵の回収ね。 それがどうしたの?」
「ズバリ聞いて良い? どうやって狩場まで行ったの?」
「狩り方じゃなくて行き方?」
「うん。この辺りにドラゴンの居そうな場所なんてないし、ものの数時間で往復できるなんて思いつかないよ」
「良いよ。 隠すつもりもないし、むしろ帰りは同じ手段で帰るつもりだったから」
「と、言うと?」
「教会には今日中に着くよ。 確実にね」
アテナはニッコリと微笑んでコーヒーを飲んだ。
もったいぶらず教えて欲しいところだが、楽しそうなアテナの表情からするに警戒する必要はなさそうだ。
ならば私は安心してアテナに驚かされるとしよう。
私も手元にあるカップを掴んでコーヒーを飲む。すると背後から扉を開ける音が聞こえ、店内に大きく朝陽が注ぎ込まれた。
「待たせたな。 食事はもう済ませたみたいだし、早速行くか」
合わせたようなタイミングでシエルが現れると、彼女はサンドウィッチをテイクアウトしながらブラッドムーンの飲みかけカップに口をつける。
すっかり冷めきったコーヒーだろうが、シエルはそのまま一気に全部飲み干した。
「ふむ。 ブレンドコーヒーも悪くはない」
「シエルさんはブランド豆の方がお好きですか?」
「好みの問題だろ。 ブランドは歴史、ブレンドは流行みたいなものさ」




