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61話「モーニングコーヒー」

 朝焼けが空に広がるなり約束場所の酒場で食事を済ませた私達は、そのままシエルを待ちつつコーヒータイムを始めた。

 真っ黒な水面に角砂糖とミルクを入れて混ぜると、発ち昇る挽き豆の匂いが香ばしい。

 カップを手に取り一口だけ飲むと、隣に座っているブラッドムーンが眠たそうに目を擦りながら私の肩にもたれかかってきた。

 一方アテナは例の武器商人との商談をしている最中である。

 早朝の酒場なんて人がそうそう入る訳も無い。ましてや今朝は闇市場の直後だ。今は店内は貸切状態。

 店主からは事前に許可からを得ていたので、辺りにある食卓の上にはたくさんの武具が陳列し、アテナは興味深そうにそれらを見ていた。

 ギラギラとした七色の光沢を放つ刃渡りをした大剣や、三叉で銀色の長槍、他にも豊富な種類が並んでいる。

 刃のある武器のことはそんなに詳しくないが、確かに昨晩ブラックマーットで見た品々より良さそうなのはなんとなくわかる。

 私がイスに座ってコーヒーを飲みながらアテナを見ていると、時折得物を持ち出して素振りする様がとても様になっている。

 ただ気になる点がある。堂々と振り回す手付きとはそぐわずアテナの顔付きは悲観めいており、武器を卓に戻す時は別れを惜しむように丁寧な手付きだ。


「アストンマーチン殿、なにかお気に召すものはございましたか?」

「そうだな。 どれもこれも確かに一級品の武器ばかりだ」

「そうでしょう? いずれも私が築いた独自のルートから入荷した物でして」


 しかしこの商人、アテナが大金持ちと知ってから本当に腰が低くなった。舌に油でも塗ったようにである。

 ゴマをするような手仕草だって、あのまま続けてたら摩擦熱で発火しそうな勢いだ。これで実は火系の魔法使いとかなら面白いのに。

 アテナと商人のやり取りをそのまま眺めているとブラッドムーンが私の膝元に倒れ込み、そのままスヤスヤと膝枕で眠り始めてしまった。

 まあ昨晩の寝不足は私が原因なので仕方が無い。

 ふと自分の肩に触れる。

 魔法使いに発現した時のあの熱さ。両肩から下へと流れるようにルーンは広がり、クララと背中にあったような模様ができたのだ。

 まあ魔法使いになったと言っても魔力の大半はクララのものだし、私自身が何かの魔法を使えるわけでもない。

 目下のところ、魔法使いというよりも魔力貯蔵庫みたいなものだろう。

 それよりも今は急変したと思われるクララ自身の方が心配だ。


「なあ商人さんや。 この素晴らしい武具の数々だが、一つだけ気になることがある」

「おや? なんでございましょうか?」

「武器に刻まれている紋章だ。 ここにあるのは全てフリューゲルの刻印じゃないか?」

「お~! 若旦那様さすが、目の付け所が違いますね! そうなんですよ、実はこれら全て旧フリューゲル時代の武具なんです」

「そうなると製造されたのは10年以上前ということか……」


 言ってアテナは様々な感情が入り混じったような複雑な顔をしていた。そりゃそうだ。

 亡国のお姫様の気持ちなんて私にはわからないけど、アテナからすれば気持ちの良い話しな訳が無い。

 当然商人はそんな事情を知る由も無いので、彼の目には別の理由でアテナが渋っているように見えるだろう。


「で、ですが若旦那様! 政権がソフィア国になってからは世は天下泰平。 武具の技術レベルはすっかり衰退してしまい、扱う者からは不満も漏れています」

「……そうなのか? いや、確かに戦後になって国営鍛冶屋の武器は質が落ちた。 しかしそれで国民から不満が漏れているのか? 王立騎士団でなく国民からだと?」

「騎士団は今や大威張りで昼飲み団ですよ! 平和にしたのは前時代のフリューゲル騎士団なのに……っと、話が逸れてしまいましたね。 国民というより正確には冒険者や狩猟者です」

「そうか。 戦争が終わろうとも武器が必要な仕事は確かにある」

「彼等は武具の調達をオーダーメイドしているのが現状ですので、納品までに時間がかかるんですよ。 それと法により新規製造には足枷も加えられ、鍛冶屋は次々と店を畳んでいます」

「そこで前時代のフリューゲル製と言う訳か。 しかしわからんな。 ソフィア王もなぜ武器の質を低下させて、更には製造職人を追い込むのか」

「一説では革命予防策と言われてますよ」

「革命予防……。 そうか、そういうことか」

「おわかりで?」

「現在のソフィア王は大戦後の隙に革命を起こしたからな。 それを再現させない為だろ? それとフリューゲル残党の復讐を封じ込める意味もあるだろうな」

「さっすが若旦那様、実に聡明ですね。 そんな訳でソフィア国もフリューゲル製の武器を買い取ってるんですよ? ご存知でした?」

「なん……だとっ!?」

「フリューゲル製の武器は実際優秀ですからね。 加えてフリューゲル騎士は一騎でもソフィア騎士の十騎に相当すると言われてますし、そりゃあ躍起にもなりますよ」


 商人の言葉に感情を高ぶらせたアテナだったが、こっちに来てコーヒーを飲み一呼吸置いたところで私につぶやく。


「まいったよ。 まさかここでフリューゲルの武器にでくわすなんてな」

「ははは。 私じゃアテ……アストンマーチンの気持ちはわからないけどさ、とにかく落ち着いてね?」

「わかってるさ。 交渉は熱くなった方が負けるものだ」


 こちらを見つめる商人に気付かれぬよう、さりげなく頭を冷やすように声かけをする。

 あんまりフリューゲルという言葉に反応するのもよくないだろう。それこそ残党と間違われて密告されたら面倒だ。

 私のかけた言葉の意味に気付いたアテナは、普段通りの足取りで武器の元へ戻って行った。


「商人さんや。 それでここにある武器はいくらなんだ?」

「へえ。 今やフリューゲル製の武器はソフィア政府も高値を付けてまして、冒険者や狩猟者の間でも高値の花になっている次第でございます」

「その話は聞いたよ。 それで、いくらなんだ? まさか剣一本でプラチナ級とか言い出すのか?」

「それがそのまさかで……今若旦那様の手元にある三叉の銀槍は、かの腕利き鍛冶屋マセラティが製造したトライデントで……」

「マ、マセラティだとっ!?」

「そっちの七色刃の大剣は、農具製造の鍛冶屋ランボルギーニが手がけたカッツバルゲルですぞ」

「こ、今度はランボルギーニ……」


 冷静を心がけているはずのアテナの表情が一気に強張った。きっとその鍛冶屋さん達とは面識がるのだろう。

 ブランドではなく思い出で完全にアテナの心が震えてしまっている。こうなってしまうと大盤振る舞い確定っぽい。

 まあ100プナチナもあるしアテナの稼ぎだし、幼き日に過ごした知人の遺品でそれも一級品なら止める必要もないだろう。

 止めたところであの武器はソフィア国に流れて溶解されてしまうのだろうから。

 だがもちろんそんなこと商人は関係ない。得物が釣り針にかかったような顔付きでアテナに語り続ける。


「ほう、マセラティとランボルギーニをご存知とは。 若旦那様は武器に関して相当な通ですね」

「あ、ああ。 武器には元々拘りがあったんだよ。 ただ俺も女二人を食わせるから、資金面のやりくりが大変でな」

「あの卓にいる美女二人ですか? 羨ましい悩みですね~。 ではこの機会に如何ですかな? 先日のドラゴン狩りで苦労なされたようですし」

「そうだな。 戦闘中に武器が壊れるのは死に等しい。 昨日は運が良かったものの、もうあんな思いはたくさんだ」

「ですよねー。 まあ今回は私の方でお釣りが用意できないのもありますから、商品は全て1プラチナ均一で提供させていただきます」

「まさか武器1本で白金貨を使う日がこようとは」

「そう言わないでくださいよ若旦那様。 こんな品ですからこっちも危ない橋渡ってるんですから。 まあ、ソフィア国へ持ってけば高く売れますから、無理に買わなくてもいいですよ?」


 商人は勝ち誇った目でアテナを見ていた。


「一つ良いか?」

「はい? なんでしょう」

「昨晩持っていた例のナイフはあるのか?」

「え? あるにはありますが……ここに並んでる武器に比べれば、あんなナイフ……」

「昨日あれが本命だと伝えただろ? ここで1プラチナの買物をしても、結局4、000ゴールドはみ出てしまうじゃないか」

「う~ん。 あのナイフを所望ですか、では何か買っていただけるのでしたらオマケしますよ」

「いいのか? 4,000ゴールドだぞ?」

「一つだけ条件が、さっきのマセラティとランボルギーニ以外の武器にしてもらえませんか?」

「ほう、なぜだ? まさに買おうと思っていたのに少々残念だ」

「いやほら、この中でも特に人目を引く商品なので……」

「ならばなぜ昨日の闇市場で置いておかないんだ?」

「えーと、そのー」


 途端に商人の表情が怪しくなる。

 もしかして他の武具は本来1プラチナ未満の商品なのだろうか。

 それなら確かに合点がいく。昨晩のナイフと合わせて抱き合わせでって魂胆なのだろう。

 闇市場に置かない理由だって簡単だ。1プラチナには届かないが高額な商品をそうおいそれと置けるものじゃない。

 脳筋の気味のアテナには無縁な話かもしれないが。


「はっはっは、商人さん。 その反応で決めたよ。 あのカッツバルゲルと昨晩のナイフ、合わせて1プラチナでどうだ?」

「えー……」

「はい、これ白金貨1枚ね。 後はナイフよろしく~♪」

「1プラチナでランボルギーニ製の大剣は構いませんが、ナイフの方は……」

「あーもうわかった、今度は俺が折れよう」

「と、申しますと?」

「ツクヨミ、ちょっと良いか?」


 こっちを見て私に手招きをするアテナ。

 え? 私? 腹芸なんて無理だよ?

 ブラッドムーンを起こさないようにそっと動かすと、シスターらしいゆっくりとした足取りで商談の場へと向かう。


「何? なんで私?」


 アテナの隣に立つと、私の肩にポンと手を置いてアテナは提案した。


「紹介しよう、彼女はツクヨミ。 見ての通り若いシスターだ」

「そんな若旦那様。 美女の笑顔で攻略しようともそうはいきませんよ?」

「おいおい、こいつの笑顔は100プラチナでもきかないぜ? 俺が提案するのは祈祷だよ。 あんたの商品に聖水をかけて祈りを捧げるのはどうだ?」

「つまり御祓いを済ませた不死モンスター用の武器を売れと? バチあたりじゃないですか?」

「闇市場の商人が何言ってるんだ。 それにツクヨミは遍歴のシスターだからな、足跡はつかないから安心しろ」

「遍歴のシスターでしたか。 どうりで……」

「どうりで行商人風情と旅をしている訳だろ?」

「いえいえ、そんなことは思っておりません。 わかりました、この商談はそれで纏めましょう」


 そうして私は商人から2つの武器を預って人がいない場所で祈祷をすることになった。

 通常では教会に持ち込んで武器に祈祷をする代金(名目は当然『お恵み』だが)は剣1本辺り、約5,000~数万ゴールドが相場とのこと。

 随分と開きのある値段設定は、聖水の純度や剣の質、動機等で変動する。それにしても教会は足元見すぎだと思うが。

 私が教会で習った聖水の儀は、神聖な儀式なので人の目の付かない場所でやるのだが、これは黄昏の教会だけでなかったらしい。

 戻って祈祷を済ませた武器を渡すと、商談は無事に終了し商人は地下にいる部下に指示を出すと速やかに酒場から撤収した。

 食卓で一息吐くアテナ。背には鞘に収まるカッツバルゲル、膝元にはナイフがある。

 商談を終えたアテナはコーヒーを飲んで私に一言。


「お疲れ様、急に無茶振りしてごめん」

「あれくらい別に良いって。 シエルさんはまだこない?」

「うん。 ってもまあ、まだ早朝もいいとこだしね」

「それもそうか」

「しかし結構曲者な商人だったね」

「でも抱き合わせ商法は珍しくないよ?」

「あー、そこじゃないよ。 抱き合わせ商法自体はむしろ良いんじゃない? 不人気の武器でも買えば実際に使うし、それで評判が広がるケースもあるじゃん」

「え? じゃあ何が曲者?」

「あの商人が並べてた武器だけどさ、このカッツバルゲルとあのトライデント意外は贋作だよ」

「は?」


 その言葉に私は目が点になる。

 アテナはそんな私を見ながら苦笑いを浮かべ、答えあわせをするような口調でゆっくりと話し始めた。

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