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60話「ウィザード」

 シエルは黒衣に身を包んでおり、確かに闇医者と思えるような怪しい身なりをしていた。

 フードの奥にある顔はぼんやりと暗がりに縁取られていてハッキリと見えず、蛇みたいな真っ赤な眼だけが強く私達を睨むように見ている。


「はじめまして、私はアテナ・フリューゲル、エリス様の住まう教会でアマゾネスをしている者です。 あなたがシエルさんですか?」

「ああ、ゼーレの娘か。 そうだよ、私がシエルだ。 今日はエリスの使いか何かか?」


 男装中のアテナだが、さすがにシエルへは身分を偽らずに名乗りを上げた。

 シエルはエリス様だけでなく、アテナの父親であるゼーレ・フリューゲルとも面識があるようで、アテナの本名を聞いてもさして驚いた様子は見せない。

 しかしアテナはそんなシエルの様子を気にも留めず話し出した。


「エリス様の用件ではありませんが、ある事情にてシエルさんを紹介されまして。 詳しくはこちらのシスターから聞いてください」

「ほう。 男装令嬢に、異世界シスター、それから魔女っ子か。 中々良い趣味しているな」


 アテナに背中を押されて一歩分前に出ると、ブラッドムーンが怯えながら私の背後に隠れ、シエルはそんな私達三人を順繰りに見ていた。

 あれ? 今、私のこと異世界シスターって言った?


「はじめまして。 私は天乃神月詠と申します」

「やはり天乃神か。 朧の孫娘だろ? 顔に面影がある」

「お爺ちゃんをご存知なんですか?」

「昔、同じ戦場に行ったからな。 お前はアルテミスを持ってないのか?」

「教会の山脈で月光浴させてるんです。 今の私じゃまだ、アルテミスの力を上手に引き出せないので」

「ははは。 まさか本当にアルテミスを受け継いでたとはな。 朧は旅から帰ってきたのか?」

「それがまだなんです。 私も元の世界で十年前に別れて以来、会っていなくて……」

「おいおい、それじゃ前世界大戦が始める頃か。 まあその辺りのお話しは後々だな。 お前達の用件とは何だ?」


 話題を戻した私達は、クララの病気のことをありのまま伝えて返事を待つ。聞いていたシエルに焦ってる様子は見られないので、まだ幾許かの猶予はあるのかも知れない。

 そういえばちょこちょこ耳にするけど、十年前の全世界大戦って一体なんなんだろうか?

 こっちの世界に来てからというもの、身辺関係の知識を詰め込むばかりで歴史や世界史はからっきしだ。近々旅に出る身としては、せめて近い内に世界地図だけでも見てみたいものだ。

 しばらく考えているとシエルはハッキリと答える。


「とりあえず見てみないと無責任なことは言えん。 私も教会へ行くか」

「ほ、ほんとうですか!? ありがとうございます! 出発はいつにしましょう!?」

「別件で仕事をしている最中だからな。 今夜中には片付く予定だから明日の朝に合流でどうだ?」

「私はもちろんオーケーです! アテナさんとブラッドムーンちゃんは?」

「もちろん私もオーケーだよ。 翌朝に武器の調達あるけど、それが済めばいつでも」

「クークック! わらわは血の流れる場所ならば何処にでも参ろうぞ!」


 教会に血は流れないと思うけどな……。

 まあ道中はアテナの歩く後がモンスターの屍が累々とするだろうし血の補給は大丈夫だろう。

 翌朝に合流する約束を取り決めて少しの雑談をした後、私達はこれから仕事をするシエルと別れて宿屋に戻ることにした。

 シエルの仕事は例のドラゴンの卵に関することなのだが、相手が相手なのでアテナは空気を読んで壊れた武器の修理代を請求せずに渋々引き上げることにした。

 その後に上の酒場で夕食を済ませて、途中にある大型浴場で汗を流し、宿屋に戻る頃には星がキラキラ輝く綺麗な夜空になっていた。




 宿屋へ着くなりシングルベッドに女の子三人で寝転ぶ。

 カンテラが明かりを照らす枕元に図書館から貰ってきた本を広げて読み始めると、早くも隣で横になっているブラッドムーンからスヤスヤとした寝息が聞こえてきた。

 おへそを出して寝ている姿だけを見れば元気な人間の少女で、とてもさっき酒場で生レバーを一気食いした吸血鬼には思えない。

 そっと毛布をお腹にかけ直してあげると、ブラッドムーンはもそもそと私の脇に来て寝巻きの裾を掴む。

 その向こう側にいるアテナも疲れているようで早々に寝付いている。

 明日は朝早いし、読書は程々にして私も早く寝よう。とりあえず今日は魔術師の本を読むことに決め、項目の一つである召喚魔法を読んでいたら眠りに就いていた。

 書いてあった内容はクララから聞いていたことが大半だった。まだ知らない新しい発見もあったのだが、頭が疲れているのか眠気の方が勝ってしまい読書中に眠ってしまったという訳だ。

 いつぞやヴィヴィアンにも聞いたことだが、私はクララと結魂しているので時間が経てばいずれ魔法が使えるようになる。

 ただそれは私の魔力ではなく、クララの魔力が私へ流れているからであり、この方法だと習得する魔法はクララ同様に召喚魔法になるらしい。

 例えて言うなら、無地のパンケーキにハチミツをかけても染みるまで時間がかかり、染みた後のパンケーキはハチミツ味になる。それと理屈は同じ感じだ。

 うん、眠たい頭でよく頑張った私。

 疲れに誘われて気持ち良く寝ている時だった。

 体が急に熱くなった。正確には背中の肩甲辺り、つまりクララとの魂約でできたルーンのある位置だ。


「んー……」


 少しずつ帯びた熱が高くなり体が汗ばむ。

 まさに熱したハチミツとかチョコレートソースをかけられた様な、流動性のある何かがルーンを通して私の中に雪崩れ込んでくるような感覚だ。

 しまいには熱くなる自分の体に堪えきれなくなり、その場でうわ言の様にぼやく。


「やだ。 体が……体が熱い」


 そのままのたうちながら寝巻きを乱雑に脱ぎ捨て、下着姿で荒く呼吸をしているとベッドで寝ている二人を起こしてしまう。

 部屋は明るくなった。ブラッドムーンもアテナも眠たそうな顔などせずに私の背中を見ている。

 部屋は真っ白くなった。私の背中にあるルーンが焼けるように強く黄金色に輝いている。

 二人の顔は蒼白くなった。ブラッドムーンは慌てふためき、アテナは苦々しい顔で私を見ていた。


「月詠お姉さま!? 一体どうしたっていうの!?」

「これは……まずいかもしれない」

「なんで!? 月詠お姉さまがまずいってどういうこと!?」

「魔力が魂約者から強制的に流れ込んでるんだよ。 もうすぐ月詠さんは魔法使いとして目覚める」


 それはまずいことなのか?

 確かに急なことだけど予め聞いていたので知ってるし、私に戦力としての幅が出ればそれだけ戦術も広がり旅にも役立つだろう。

 アテナのその言葉に仄かに高揚感を覚え、それを励みにして体に放り込まれる乱暴な魔力に辛うじて耐えていた。


「お姉さまが魔法使いに目覚めるなら良い事じゃないの!? 結魂すれば魔法使いになっても不思議は無いんでしょ!?」

「普通ならね。 でも結魂してからまだ一年すらも経ってない」

「つまりどういうこと!?」

「ようは、魂約したクララさんがまずい状況になっているんだ。 これ程強引に魔力が供給されるとなると、クララさんの意思とは無関係なはずだ。 そうなると考えられるのは……例えば、例えばだけど」

「ま、まさか……もう既に……」

「変な考えは止めて。 見ての通り月詠さんにルーンはあるし、月詠さんも私達の言葉わかるでしょ?」


 最悪の結末を一瞬だけ想像してしまったが、冷静に話すアテナの言葉に動揺を抑えられ、アテナの問いに首を縦に振って答えた。

 確かにルーンもあるし、ヴィエルジュの言葉もわかる。それは魂約の証でもあるので、つまりクララは最悪な事態には陥っていないってことだ。

 ただそれはあくまで『今のところは』というだけで、クララの病状が悪化したのを私に伝えていることに間違いないだろう。

 魔力の流れは前にクララから習っていたし、さっき本を読んで復習したばかりでもある。だから私はこの事態からクララの現状を予測できる。

 私にクララの魔力が委ねられ、かつこの身に魂約の証が残っている状況。これは『術者の危機的状態による魔力の強制供給』だ。

 エリス様やヴィヴィアンに皆がいる教会で何かがあったとは考えにくい。やはり単純に病状が悪化したと見るべきだろう。

 しばらくすると熱は冷めて体も落ち着きを取り戻した。

 私の背中には大きい翼のようなルーンができ、それは今なお黄金色に輝く。

 アテナとブラッドムーンがノドをならして見守る最中、私の心には沢山のぬくもりが目覚めてぽかぽかと暖まる。その感覚で私はなんとなく悟った。


 ――これが、この感じが召喚の魔法使い? すごい、いつでも心に誰かがいるみたい。


 それと同時に宿命と運命も感じた。

 この力は瀕死であろうクララを救う為に私へと継がれたものだ。

 つまり――私が最後の希望なのだ。

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