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六話「黄昏の教会」

 梅干の効果は抜群だった。

 しょっぱさが口いっぱいに広がって目を閉じると、意識は繋ぎ止められてなんとか現実逃避をしないで澄んだ。

 立ち上がって乱れた長髪を指先で撫でる様にさらりと背後に送る。平静を装う為に涼しい顔をするも、こめかみには汗が流れており思わず視線を逸らしてしまった。


「つ、つくよみさん?」

「ふぅ~……。 ん、何かしら?」

「え~と……もしかして私と結魂するの、嫌だった?」

「い、いやその……嫌っていうかさ、ほら、私もクララも女の子同士なんだし、そういうのは……」

「……え?」

 

 徐々に弱気になるクララにさっきまでの寿全開パワーは微塵も感じられず、その瞳からは輝きが失われている。

 焦点の定まらない眼差しで背中を晒しながら喪失感を漂わされると、まるで私が非業な背徳者にでもなったような気分に陥るので勘弁して欲しい。

 気まずい空気を挽回しようと、視線を泳がせながらもフォローを入れる。


「結婚って男女間でするものじゃ……ないかな~って」

「あー! そういえば結魂の説明してなかったね!」

「はい? 結婚は結婚でしょ?」

「ううん、同じけっこんでも『結魂』と『結婚』じゃちょっと違うの! えーとね――」


 クララは実に百面相だ。今度は急にニパッと明るく笑うと、服装を整えながら結魂話を始める。

 説明された結魂の話は聞いてみれば意外とすんなり理解できた。

 初めこそ『けっこん』の意味を勘違いしていたが、なんのことはない。読んで字の如く結ばれし魂と書いて結魂、そのままだ。

 召喚者と魂約者こんやくしゃ(召喚された側の呼び方、正直このネーミングもどうかと思う)の間で契約が完了すると無事結魂が成立するとのこと。

 ちなみに契約とは通称で本来の言葉としては魂約こんやくが正しい。魂約と魂約者で紛らわしいので区別する為に契約という言葉が浸透し始めたのだという。

 説明を要約すると、夫婦というよりもファンタジーにおける召喚者と使い魔の関係に近い。詳細はこれまた近々時間を割いて教えてくれるそうだ。

 とにかく『結魂』と『結婚』はちょっとどころか大いに意味が違う。

 私が得た情報を整理している間にクララは服装を整え終えると、こっちを見て「じゃ、行こうか」と言って互いに荷物を持って歩き出す。その足取りは変わらず迷いがなく、行く先を見据えているようだった。


「ねぇクララちゃん、そういえば何処に向かってるの?」

「私が住んでるところだよ」

「近いの?」

「この森を抜けてすぐだから大丈夫、そんなに遠くないから安心して」


 そう答えながら進み続けるクララを先頭に、彼女からほんの半歩だけ遅れて一緒に歩く。

 顔を上げて高い木々にある枝の隙間から満月を一時だけ覗き見ると、前へ向き直ってそのまま話を続ける。


「そういえばクララちゃんってシスターみたいだけど、やっぱり教会とかに住んでるの?」

「そうだよ~」


 顔をこちらに向けながら、そのままペースを落とさずに歩を重ねるクララ。

 長い生地の修道服をふわふわゆらゆらと踊らせながら歩く姿は、おしとやかなシスターというよりも元気はつらつとした女の子で、とてもクララらしい。


「『黄昏の教会』って言って身寄りの無い人達が暮らしてるんだけど……」

「だけど?」

「一番偉い人――大修道女様がちょ~怖いの」

「ふ~ん、まぁ集団生活を纏めあげる人って、必然と責任を背負うことになるからね~」


 両肘を抱いて身を震わせるような仕草でクララは話すが、学校でも必ずと言って良い程そういう先生が一人や二人はいるもの。

 茶化すように話すクララの様子からしても、悪い人ではなさそうだ。まあ話を始めて真っ先に出てくるのがその大修道女様となると、さぞかし迫力がある人なのだろうが。

 これが漫画とかアニメならば熱血系のスパルタだったり、体育会系のマッスルだったり、初老を迎えた辺りの女帝っぽい人になるのかもしれない。自分がこれまでにお世話になった部活動の顧問を振り返るように想像をしていると、おかしくて笑いが込み上げてしまう。

 その後も私達は教会に関することやそうでないこと等、様々に話しを広げながら二人で森の中を歩いて行った。




   ☆   ☆   ☆




「え~、パンのバターは後乗せ択一だよ? 先に焼かないと焦げ目が付かないからサクサクしないじゃん!」

「いやいや、バターは先に乗せてから焼いた方が美味しいって絶対! ふわふわの食パンに染み渡るバターの芳香がなんともそそるんだから」


 私達はパンにバターを乗せるのは焼くより後か前かというくだらない話題で盛り上がっていた。

 森を歩き続けてそれなりに時間が経つが、散歩は嫌いじゃないので苦には感じないし、クララとの会話も楽しい。

 あれからクマみたいな猛獣に遭遇することなく、稀に鹿やウサギにといった大人しい動物と出くわす程度だ。クララの話では比較的教会に近いこの辺りに猛獣が出るのは珍しいのだという。


「そもそもパンがふわふわとか、月詠さん何言って――あ、もうすぐだ!」


 クララは言葉を遮ると何かを見つけたように話題を一転させる。歩く先を見ると樹木の群れはまばらになり森の境界線を示していた。

 ぼんやりとした真っ暗な向こう側を見つめていると、クララが私の片手を掴んで「早く! 早く!」と有無を言わさずに駆け出す。


「ちょっとクララちゃん!」


 引かれる勢いのまま走っていると、徐々に視界が開けてくる。

 森の向こう側を見れば夕色の灯りが一つ、二つ、三つと徐々に数を増やしてゆき、やがてそれが松明なのだとわかった。

 なおも走り続けると森を抜けて目的地へ近付き、見えてきたのは緑の塀壁と二人の門番、その背後には宵闇に包まれた大きな何かが見える。おそらく教会の建物だろう。

 クララが走る速度を緩めてゆっくり歩くと、こちらに気付いた二人組みの門番が私達を興味深そうに見ていた。

 すっかり疲れきったクララは息を乱しており、門の前に着くと私の手を離してヘナヘナ~と座り込む。


「はぁはぁ……ただいま~」

「クララさん! こちらのご一緒されている御方はもしかして!」

「ア、アア……アルテミスを持っていらっしゃる!」


 門番をする二人組は女性だった。しかも格好は慎み深い修道服ではなく、簡易な甲冑に長槍を備えており女戦士といった感じで、同じファンタジーでもクララとは雰囲気がまるで異なる。しかも戦士という言葉からは想像できないほど可愛い、これだからファンタジーは卑怯だ。

 しかし夜の守衛すらも女性が担っているとは。話には聞いていたけど、この教会は本当に女性率が高いのだと思い知らされる。

 守衛を務める彼女達は槍を塀にかけると、それぞれ崇めるような視線で私を見つめ、クララに耳打ちするようにひそひそと質問攻めにしていた。

 なんだろうこの気恥ずかしさは。部活の試合や流鏑馬では後輩からの黄色い声は慣れているけど、見知らぬ初対面の人にこんな反応されるとなんだかアイドルにでもなった気分だ。


「二人共ごめん。 詳しくは明日でいいかな? さすがに疲れちゃって」

「ああそれもそうか。 ごめんねクララさん」

「もし良かったら、入ってすぐの仮眠室を使っても良いからね」

「それじゃお言葉に甘えて、使わせて……ふわぁ~、いただこうかしら。 月詠さん行こう」


 クララは目を擦りながら欠伸まじりの返事をすると、ふらふらとした足取りで立ち上がる。今が何時かは知らないがすっかり夜も更けこんでいるので、私だって正直眠い。

 しかし守衛の二人に自己紹介すらしてないのに、クララはよっぽど疲れてるようだ。マイペースなだけかも知れないけど。


「はじめまして、天乃神月詠と申します。 不束者ですが、幾久しく宜しくお願い申し上げます」

「こちらこそはじめまして月詠さん、私はアマゾネスのシャマルです」

「右に同じく、アマゾネスのギブリです」


 双方互いに一礼をして挨拶を終えると、シャマルとギブリは扉が開く様に左右へ広がり、手を塀壁内へ指し向けて私とクララを中に誘導した。


「「ようこそ『黄昏の教会』へ!!」」

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