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59話「闇市場の闇医者」

 報奨を受け取って用件を済ませた私達三人は、ギルド館を出てブラックマーケットが催される地下酒場へと向かう。

 外はもう真っ暗な夜で、これならブラックマーケットもやっているだろう。

 道の途中にあった井戸でアテナが軽く血を洗い落とすも、ローブには血痕が残り鉄の臭いを漂わせている。


「アテナさん、それなんとかならないの? ちょっと臭い」

「クックック……わらわには香しいことこの上ない」

「この位で良いのよ。 あんまり小奇麗でブラックマーケットに行っても舐められちゃうし、まして魔女っ子はともかくシスターも一緒にいるんだから、多少血生臭い方が男も寄って来ないって」


 一応言っておくと、初めに血を落とそうと言い出したのはアテナ自身だ。

 ドラゴンの血の臭いがブラッドムーンの吸血鬼本能を刺激してしまい、いつぞやの温泉で私とした時みたいにアテナにも詰め寄ってのことだ。

 多少ペロペロされたアテナだったが、もちろん私みたいにドジを踏むこともなく早々に井戸にて洗い流した訳である。

 ドラゴンの血を舐めたからか、ブラッドムーンの機嫌がやたら良い。私の血とどっちが美味しいんだろう、別に興味は無いけど。

 そうこう話している内に酒場に着いた。

 外壁に備わるいくつかの窓からは店内にあるランプの明かりが漏れ、がやがやと賑やかな声が聞こえてくる。


「で、酒場に着いたけど先頭はやっぱりアテナさん?」

「まあ私だろうね。 見た目的にも経験的にも」

「そういえば、入ったことあるんだっけ?」

「何度かね。 でも毎回場所も時刻も変わるからエリス様の事前情報が無いと来れないかな」

「シエルさんって人、エリス様と面識があるらしいもんね」

「面識どころか旧知の仲みたいだよ?」

「へー……」

「どうしたの月詠さん?」

「いやー、やっぱ怖い人なのかなーって」

「会ってみないとわからないけど、気は張ってた方が良いだろうね」

「エリス様って誰? シエルさんは確か、クララさんの病気を治す人だっけ?」


 アテナと話していると、ブラッドムーンが後ろから顔をひょっこり覗かせてきた。

 そういえばクララについては話したけど、教会については深く話していなかった。

 また拗ねられても面倒だし、ちゃちゃっと説明しとこう。


「んーと、私達が地方の教会に住んでるってのは、前話したよね?」

「うん」

「その教会で一番偉い人だよ」

「怖い人って言ってたじゃん」

「怖くて偉い人。 大修道女エリス・パージモンドっていうんだ」

「パ、パージモンド……!」


 その名を聞いたブラッドムーンは目を輝かせて恋する乙女のような眼差しになる。

 あれ? なんでそんなときめいてるの? ここでまさかの大修道女×ロリ吸血鬼の上級者向けガチ百合になっちゃうの?

 さすがにそれはないか。ファミリーネームに反応したところを見ると、直接の知り合いって訳でもなさそうだ。

 アテナも私と同じように思ったらしくブラッドムーンに尋ねる。


「あれ? ブラッドムーンちゃん、もしかしてエリス様と知り合い? それとも例のお父様関係かな?」

「んーん、どっちでもないよ。 パージモンドか……クックック! 名はその存在を示すものだという。 ならば世界粛清を意味するその名の通り、いずれ世界を粛清するのだろう。 その時が楽しみだ」

「「……」」


 なんだ、ただの中二病か。

 眼帯に手を添えて自己陶酔しているブラッドムーンを軽く流すと、私達は酒場の扉を開けてブラックマーケットが催されている地下を目指した。




   ☆   ☆   ☆




 酒場の地下はとても広かった。

 石造りの地下室は湿気に包まれ少しだけ肌寒く、普段はいかにも酒樽を貯蔵してそうな感じの雰囲気だった。

 ブラックマーケットにはそこかしこに怪しい露店が並んでいる。

 正体不明の謎めいた怪しい物品を売ってる露店もあれば、いかにも違法な感じのアイテムまで多様な品揃えだ。

 特に奴隷を扱っている奴隷露店には驚かされた。奴隷にされている本人達が意気揚々と大きな声で自分達を宣伝していたからだ。

 聞いた時こそ覇気の無い奴隷と高圧的な露天商人の組み合わせを想像していたが、見ているこれはまるで仕事を求めるフリーランサー達みたいである。

 どちらかというと、奴隷商人達の方が元気が無さそうだ。あちらはなんていうかワーキングプアな感じで、これじゃどっちが奴隷なんだかわからない。


「これ全部買うから3,000ゴールドにならない?」

「兄ちゃん、それじゃこっちの商売あがったりだよ。 せめて6,000ゴールドは欲しいね」


 ブラックマーケットに着くなり、アテナはまず壊れた武具を新調しようと武具屋に来ていた。見た感じでは確かに表街道にあった武具よりも強そうである。

 今アテナが商談しているのは、大きくて綺麗なソードと厳かな装飾がされたナイフに先っぽが壊れたロッド。それから矢筒である。

 それぞれソードとナイフはアテナ用、ロッドはブラッドムーン用、矢筒は私用だと思われる。

 値札を見てみるとどれも表街道の露店とは比較にならないような価格設定がなされていた。

 通常露店でのソード1本の相場は約200ゴールド位だったが、アテナが交渉している大きい綺麗なソードは1,500ゴールドである。

 素人目にはそれこそ大きくて綺麗なだけだが、アテナがこれに通常の数倍相当の額を出そうというのだから業物なのだろう。


「兄ちゃん、これは王立騎士団ご用達のフランベルジュだぜ? それにナイフは、かの戦姫――」

「知っている、俺の本命はそれだ。 一体どんなルートでそんな物を仕入れたんだ?」

「それは秘密さ。 それよりも兄ちゃんがこれを知ってる方が俺には驚きだぜ? 兄ちゃんこそ何者だ?」

「同じく秘密とさせてもらおうかな」

「そうかい。 しかし知ってて3,000ゴールドを吹っ掛けるなんて兄ちゃんも人が悪いねえ。 でも残念だがこのナイフだけで4,000ゴールドは欲しいな」

「仕方ないな。 よし、買おう」

「まいどあり! 4,000ゴールドになりますぜ!」

「で、大きいのしかないが釣りはあるのか?」


 その言葉を発した時、アテナの顔がにやけた。何か悪いことを企んでそうな顔である。

 私は交渉話術の腹芸なんてできないが、そんな私でさえもアテナが切り札を出したのがわかるくらい見え見えの顔をしている。

 そしてアテナの言葉を聞いた商人も急に顔色を変えた。


「まさか兄ちゃん……お、大きいのって……白金貨のことかい?」

「そのまさかさ」


 アテナは握っていた手の平を開くと1枚の白金貨があった。

 それを見た商人は驚いて飛び退き、そのまま尻餅をついてしまった。そんな驚かなくても白金貨なら後99枚あるんだけどな。

 商人の反応が狙った通りだったのか、アテナはそれを懐に隠してもったいぶった様子で話し出す。


「ええと、商人さん。 現在の白金貨の相場は?」

「はい! 現在、白金貨1枚あたりの相場はおよそ12,000ゴールドでございます!」


 い、いちまんにせん!

 硬貨1枚で12,000ゴールド! それが100枚! ちょ~ぜつお金持ちじゃん! もうさすがに懐事情考えるのがバカらしくなってきたよ!

 一体アテナはどんな依頼をこなしてきたというのか。

 ドラゴン狩りの報酬の凄まじさにも驚くが、それをソロでこなしたアテナって……私の前では手加減してたとか?

 ってかそれを依頼に出したシエルさんって何者なんだか。

 驚いた私に気付きもせず、商人はあたふたしながら会計袋を漁っている。


「そうかそうか。 では商人よ、そのナイフとお釣りの8,000ゴールドを頼む」

「も、申し訳ございませんが……持ち合わせがございません」

「ん? そうかそうか、それは残念だ。 ではこの商談はこれまでだな」

「ま、待ってください!」

「ん? なんだ?」

「ほ、他の商品と合わせて12,000ゴールド相当のお買物というのは……」

「え? だって欲しいのを合わせても程遠いじゃないか、えっと全部で幾らだっけ?」

「6,000ゴールドに……」

「え? なんだって?」

「くっ! では、5,000ゴー……」

「月詠、ハーマイオニー、次行くぞ」

「お待ちください! お待ちください! ではその……4,500では」

「俺は細かいのは嫌いなんだ、もっと豪気に振舞って欲しいな。 安くしてくれるってなら、当然もっと買うぞ。 それこそ1プラチナジャストにしないとダメなんだろ?」

「さ、左様でございますか」


 その言葉を聞くなり、商人の両目が¥に変わりチンッと現金な音が鳴る。

 アテナにこんな交渉戦ができるとは。

 しかしあのナイフはどうやら偉人が愛用していた品らしい。となると業物な上にアテナと縁のある人が関係しているのか。

 プリンセスナイフと記された値札には4,500ゴールドと書かれており、今商談中の中では最も高い。

 ちなみに矢筒と壊れたロッドは各50ゴールドである。規模が随分かわいいが、これでもやはり表露店のよりは数倍も高い。


「で、そんな訳で俺はプラチナ級の買物をしたいんだが、他に武具はないのか?」

「ありますあります! ここにはございませんが、在庫は多様に抱えてますの要望を申していただければ! もちろん御代は現金と引き換えですので!」

「そうだな……槍と剣、一番高いのを用意してくれ。 今日じゃなくて引渡しは明日でも良い」

「わかりました! 明日の朝、上の酒場でどうでしょう? 店主には話をつけておきますので」

「良いだろう。 舐めた物を持ってくるなよ? 俺はこれでもソロでドラゴンを狩れるんだ」


 アテナはそのまま血塗れたローブを捲くると、布でぐるぐるに巻かれた包みを取り出し、その中にはドラゴンと思しき切断された指先があった。

 真っ赤に溢れる血液はグツグツと滾って湯気を立ち昇らせ、指先だけ見ても火炎使いたるドラゴンの迫力が伝わってくる。

 それを見るなり血の気を引かせた商人はちょっと涙目になり後ずさった。


「脅かすような真似をしてすまないな。 ただ今回のドラゴン狩りで武器が壊れてしまったから、今度はより良い武器が欲しいんだ」


 なるほど、脅すというよりも自分の実力を明確にして見合った武器が欲しいってことか。

 剣よりもずっと長くて太いドラゴンの指を見ながら、黙ってコクコク頷く武器商人。

 ドラゴンの指を食い入るように見ていると、背後からブラッドムーンが顔を出したので、すかさす私はブラッドムーンの両目を覆い隠した。


「月詠お姉さま、なんで急に目隠しするのよ」


 こんな血塗れた物をブラッドムーンが見れば興奮間違い無しだろう。

 人前なので吸血鬼の本能を極力刺激しないようにしなければ面倒なことになる。


「あ、なんか良い香りが……ふがっ!」


 次にブラッドムーンの頭ごと私の胸元に押し込んだ。

 危ない危ない。匂いも嗅がせない様にしなきゃ。ってかしばらくここから離れた方が早いか。


「月詠お姉さま、これはこれで良い香りが……」

「何バカなこと言ってるのよ。 アストンマーチンごめん。 ハーマイオニーがこんなんだからちょっと端の方で休んでるね」

「ああ、すまないな。 直ぐに済ませるから見えるところで待っててくれ」

「はいは~い」




 その後、壁の方で座ってしばらく休んでいたが、程無くしてアテナが満面の笑みでやってきた。

 腰には装飾が施された立派な鞘と剣、手には壊れたロッド、背中には矢筒、どうやら交渉は大成功のようである。


「お待たせ。 これで明日にでも発てるから準備は万端だ。 せっかくだし何泊かするのも悪くないんだけど、クララさんが待ってるからね」

「ごめんね。 私のクララの為に」

「いいからいいから。 しかし『私のクララ』か、すっかり仲良くなったんだね」


 無意識に出た言葉だが、言われてみると妙に意識してしまい恥ずかしくなってくる。

 そんな私を見るとブラッドムーンはまた少し顔を曇らせる。

 いけないいけない。ブラッドムーンにはまだクララの話しは内輪話だから気をつけなきゃ。

 私とブラッドムーンが立ち上がると、再度アテナを先頭にしてブラックマーケット内を歩き出す。


「それじゃ、クララさんの為にもシエルさんを探しに行こうか」

「でもどうやって見つけるのエリス様から何か聞いてる?」

「んー確か外見としては――」


 話し出してすぐだった。


「シエルなら私だぞ。 エリスのとこの小娘達か?」


 低く力強い女性の声に私達は三人揃って声の方に振り向いた。

 そこに立っていたのは――真っ黒なローブを羽織り、真っ黒なフードを深く被り、その奥で真っ赤な瞳を怪しく光らせる女性だった。


「ごきげんよう。 揃って蛇に睨まれたカエルみたいな顔するな。 安心しろ、私は闇医者だがヤブ医者じゃないさ」

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