58話「覇王の卵」
さきほど宿屋でアテナから聞いた話によれば、このヴィエルジュの世界では通貨単位は、ブロンズ、シルバー、ゴールドでやり取りされている。
身近な物で例えるならば、パン一個の相場はおよそ1シルバー。つまり銀貨1枚で食べられるわけだ。
日本通貨に換算するならば、銅貨1枚は10円、銀貨1枚は100円、金貨1枚は1,000円って感じ。それ以上は一般人に馴染みの薄い白金貨となるが、これの相場は日々変動するらしい。
アテナより先にソフィア・ギルドへ到着した私達は、先に清算を済ませてギルドアドバイザーから報奨を受け取っていた。
「お疲れ様です。 それでは報奨の5ゴールドになります」
「おぉ~! 初給料だあ!」
「お若いのに、この短時間で5ゴールドなんて素晴らしい稼ぎですね」
「ありがとうございます!」
およそ四時間程度だったので、時給換算すれば約1,250円になる。現役女子高校生としては破格の稼ぎだ。
そういえばさっき取った部屋はシングルルームで一晩ちょうど5ゴールドだったはず。食事は付かない素泊まりなので安価な設定だが、まあこれで少しは私達の財政難を緩和できるだろう。
それに今日は4時間だったけど、時間があれば倍働いて10ゴールドも稼げばクララとの冒険ライフも夢じゃない!
って日々バイトに追われてたらハンターらしさのかけらもないけど。あくまでバイトはハンター職の補佐とか小遣い稼ぎとして考えとかなきゃ。
ちなみに以前、野盗を蹴散らした際に拾った硬貨は価値にして約12ゴールド。まあこれは棚から牡丹餅なのだが。
受付口から離れてイスに座ると、隣に腰を下ろしたブラッドムーンが興味深そうに私の手にある硬貨を見ていた。
「月詠お姉さま、5ゴールドってどのくらい凄いの?」
「んー、パないわよ。 美味しいスイーツなんでも食べれるわ」
「パないの!? そんなに!?」
「そうね……アイスでいえば、バニラとストロベリーとチョコをトリプル乗せにして、レインボーチョコチップとハチミツをドバ~ってかけて、更にそこに砕いたアーモンドを……そんなのがいくつも食べれるの。 あ~、もう天国よ~!」
「天獄……だと!?」
「いやいや、ブラッドムー……」
辺りを見ると結構視線を集めていた。
シスターと魔女っ子の組み合わせがギルドに来ているというのは目立つようで、特にハンターと思しき人々が私達を見ていた。
ソロやトリオに大人数のパーティ。男女年齢問わず美男美女に野獣野女、組み合わせは多種多様ではあるが見たところ最も若いのは私達だ。
まあ今の私達がハンターに見られているとは思えないけど。しょせんバイトですからね。
「ん? 月詠お姉さま?」
「んーん、何でもない。 今日はハーマイオニーも頑張ったし、ブラックマーケットに行った後でちょっと贅沢なアイスでも食べようか?」
「それなんだけどさ」
「なーに?」
「アイスって何?」
……え?
14歳の青春真っ盛りの女の子がアイス知らないの? 本当に?
これは由々しき事態だ。
我らかしましき3人の乙女パーティの貴重な女子力担当(※但し重度の中二病)がスイーツの基礎たるアイスを知らぬとは、これは真に由々しき事態ではないか。
よろしい、これは教育をせねばならぬ。
☆ ☆ ☆
私の説明が悪かったのか、熱弁を始めて僅か5分でブラッドムーンはウトウトと夢の中に入り始めた。
あっれ~。まだラムレーズンの熱弁に移ったばかりなんだけどなあ。ゆる○りの京子も認めるあの美味さは是非ブラッドムーンにも味わって欲しいのに。
私の肩にもたれているブラッドムーンの頬っぺたを人差し指で一突きするも、残念ながら反応はない。
「清算を頼む」
そう言いながら木の扉を開けて入ってきたのはアテナ(アストンマーチン)だと思われた。
思われたというのは、入って来た人が全身血塗れだったからであって、言葉を聞き逃していたらアテナだとは思わなかっただろう。
アテナは私を見ると真っ赤なままやんわりと微笑み、受付口に行ってベットリとした手から真っ赤な何か置いた。
達成感に満ちたアテナがちょっと不気味だが、さぞかし楽しい狩りだったのだろう。
「依頼の品を持って来た。 ドラゴンの卵ってこれだろ?」
イケヴォイスで話しながら机に置いたのはドラゴンの卵らしい、のだが。ドラゴンの卵という割りには普通過ぎる。
ドラゴンの卵と聞けばとても大きいイメージがあったり、殻に妙な模様とか色合いがありそうなものだが、普通すぎる。
あれじゃ家庭用の鶏卵が血塗れになってるだけじゃないか。ダチョウの卵でももっと大きいと思う。
しかし、その普通すぎる卵を見たギルドアドバイザーは目を大きく見開き、まるで世紀の発見でも目の当たりにしたような顔つきだ。
「お……おぉ~! これが『ドラゴンの卵』ですか!? 一見した感じでは返り血を浴びた鶏の卵ですが、これはなるほど……」
「やれやれ、苦労したぜ。 ドラゴンの夫婦を一人で狩ってきたんだから、少しは報奨を上乗せしてくれても良いんじゃないか? ご覧の通り殻に亀裂一つもないだろ?」
「確かに学説通り……真紅の殻ですね」
え? 真紅の殻?
それじゃ図書館近くの噴水で別れた際に、アテナは「ちょっとドラゴン狩ってくる」とかコンビニに行くような軽いノリで言っていたが、まさか本当にドラゴンを狩ってきたというのか。それも夫婦揃ったドラゴンを。
パない。一人でドラゴン二匹とか本当にパない。
あの卵もしかしてドラゴンの卵じゃなくて覇王の卵とかじゃないの? 絶対そうだよ、そんな気がしてしょうがないよ。
「ま、とりあえず報奨を貰おうか」
そう言われた受付口のギルドアドバイザーは一旦奥の方に行くと、綺麗な白金色の印章とやや大きめな皮袋を持って帰ってきた。
「で、では……これが印章と貨幣100プラチナになります」
「んー。 貨幣はもうちょっと乗せてくれても良いんじゃないか? せめて消耗品と壊れた武具は経費で落として欲しい」
ひ、ひゃくプラチナ!
1プラチナでもスイートルームで豪遊できるらしいのに、それを100プラチナですとっ!?
私のバイト代が完全に小銭じゃん! ってかもう財政難解決じゃん!
……でもそれはそれでちゃんと稼がないとね。自分の生活費位はきちんと稼がないとね。頑張れ私、めげるな私、はぁ~。
「その辺りは依頼主様と交渉なさってください」
「それもそうか、君に言っても仕方が無いな。 依頼主の名を教えて欲しいんだが良いか?」
「はい。 基本的に個人情報の開示はしませんが、依頼主様と請負人様の間に限っては公開可能です。 ちょっと待って下さい。 えーと……」
アドバイザーは手元にある依頼洋紙の束を手に取ると、ペラペラめくって依頼主の名前を探す。
しかしアテナ、既に100プラチナも手にしてるというのに。更にそこから消耗品と武具の破損を経費で落としたいって……しっかりしてると言うか、ちゃっかりしてると言うか、本当に私と同じ17歳なのかと疑いたくなる。
普段はひょっこり天然な面も見えるのに、こういうところは抜け目ないなあ。
アテナとアドバイザーがやり取りするのを見ていると、辺りのハンター達が畏敬の眼差しでアテナを見ているのに気付いた。
そこかしこから様々にアテナを称賛る声が聞こえてくる。
「すごーい。 あれがドラゴンの卵だってよ」
「いがいと小さいんだな」
「なんでも一人であの依頼をクリアしたらしいぜ?」
「は? マジかよ、指定場所は確か『ドラゴン・パラダイス』だろ? ありえね~!」
なんだか凄く褒められているけど、誰もアテナが血まみれなのには突っ込まないとは、これが現役のハンターか。
それと気になったこともある。
アテナはソフィアを出ての仕事だと言っていたが、まさかこんな発展国の近くにそんなドラゴンの巣窟があるとも思えない。
一体アテナはどうやって『ドラゴン・パラダイス』とやらまで行ったのだろうか。
アテナにも魔法とか超奥義みたいな何かがあるのだろうか? いつだかアテナは私に「君とは何でも話せる仲になりたい」と言ったので、後で遠慮なく聞かせて貰うとしよう。
やがてアドバイザーが依頼主の名前を見つけたのか、依頼洋紙の束をめくる手を止めて話し出す。
「あ、見つけましたよ。 この件の依頼者様は、その名を『シエル』様と申します」
今回はお金の話ですが、横書きですのであえてアラビア数字で書きました。
漢数字と迷いましたが、読み辛い等のご意見がございましたらご指摘下さい。
速やかに訂正させていただきます。




