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57話「特別報酬」

 ブラッドムーンは顔を近づけながら私の被るヴェールをそっと手で避けると、額を合わせてジッと視線を投げてきた。

 目の前にいるブラッドムーンの顔は真剣そのもので、彼女の方に恥らうような様子は無い。


「んー、ちょっと熱っぽいかな。 月詠お姉さま無理してない?」

「……してないよ」

「ほんとに? でも顔も赤いし、休んだ方が良いんじゃない?」

「ほんとに大丈夫だから」


 このままキスでもされると思っていたので、意外とまともな展開で安心した。

 もちろん体は大丈夫なので休む気はない。少しでも稼いで懐を暖めるのに貢献しなくては。だから私は休んでいる暇は無い。


「月詠お姉さまに休めって言っても無駄か。 でもお仕事は手伝うからね?」

「え? 遊びにきたんじゃないの?」

「……私を子供と思ってるでしょ」

「うん。 さっきも拗ねてたし」

「むぅ~」


 なのに、休む暇なんてないのに、不思議とブラッドムーンから離れられない。

 額を合わせたまま口を尖らせるブラッドムーンを見ていると、体が妙に熱を帯びてくる。

 ん? そういえば何でさっきブラッドムーンはご機嫌斜めだったのだろうか?


「ねえ、さっきなんで怒ってたの?」

「んー。 別に、ただ大事なお話しなのに、私だけ仲間外れにされたみたいだったから」

「違うよ」

「わかってる。 もうわかってるよ。 だから反省してここまで来たんだよ?」

「えらいえらい、良い子だねー」

「月詠お姉さま、また子供扱いしたでしょ?」

「してないしてない。 あれ? そういえば宿屋は大丈夫なの?」

「うん、部屋鍵は持って来てるから」


 つまり私はブラッドムーンに淋しい想いをさせてしまった訳か。

 私の中で無意識に壁を作ってしまったのだろうか? 種族間の差別とまではいかないが、確かに逆の立場なら私だって不安になるだろう。

 これからはそんな想いをさせないように色々話すとしよう。

 小さく笑って気を取り直し、業務の分担について話している時だった。ふと背後から囁き声が聞こえる。


「ねえ見て? ちょっとこんなところでキスしてるわよ」

「作業中なのに? やだ、だいた~ん」


 声からして二人組みの女性のようだ。

 どうやら例のガチ百合カップルに気付いたのは私だけではないらしい。

 別に人様のことなので同性愛をとやかく言うつもりは無いが、あの二人組みはモラルやTPOを少しは覚えた方が良いだろう。


「あら、私達に人のことが言える?」

「えー、だってさっきのはあなたが強引だったからでしょ? 後ろから羽交い絞めにしてガバッとくるんだもん」

「でも好きなんでしょ? 強引なのがさ」

「もうバカ~」


 ……あれ?

 もしかして今喋ってるのが例のガチ百合カップルだったりする?

 それじゃ他にも百合カップルがいるのかな?


「でも私、あのシチュエーション憧れるかも」

「あのシチュエーション?」

「うん。 静かな図書館で本棚の隙間から互いの唇を求め合うって……燃えない?」


 そんな大胆なことをしているカップルまでいるとは。

 一体その人達は何の目的で図書館へ来ているのか、バカ真面目な自分には想像もつかない。

 図書館は本来、勉学に勤しむ場所であって浮ついた目的で利用するのは回りに迷惑だ。

 まあ、ギルドのバイトで来た私には関係の無いことか。


「言われて見ればそうかも。 しかもさっきから長いし濃厚なのしてるわよね、あのシスターと魔女っ子」

「同性愛で歳の差なんて、互いに余程の愛がないと結ばれないよ」

「愛の強さに関しては私達だって負けないんだから」

「わかってる」


 そのまま百合カップルの声は遠くなっていった。

 彼女達はバイトではなく完全に逢瀬をする為にここに来ていたようだ。

 そうかそうか、これで私は何も気にせずバイトに打ち込める訳だな! よーし! 頑張るぞー!


「って、そんな訳あるかー!!」

「ちょ、ええ!? 月詠お姉さま突然どうしたの? 静かに、ここ図書館だから静かに。 シーッ!」

「ご、ごめん」


 私は本棚から離れると大声を上げてしまい、ブラッドムーンに注意されてしまった。まさかロリ吸血鬼に図書館のマナーについて注意を受ける日がこようとは。

 人差し指を唇に添えるブラッドムーンが無駄にかわいい。

 しかしブラッドムーンは気付いていなかったようだが、今の私達はどうやら歳の差百合カップルに見えるらしい。

 これは恥ずかしい。

 まあ、嫌じゃなく……なくもないこともないかな。

 だめだ。頭が熱くなってうまく働かない。


「で、月詠お姉さま? 私は机にあるブックタワーを少しずつお姉さまに渡せばいいの?」

「う、うん。 それじゃ始めようか」


 その後は無駄にした時間を巻き返すように、怒涛の勢いで業務をこなした。

 机の上に築かれたブックタワーはみるみる古い書物へと変わる。

 出来高なのをブラッドムーンにも話し、頑張れば夕食やおやつが豪華になると話した途端、彼女も貪るように業務をこなし始める。

 そしてついに、窓から注ぐ陽の明かりがオレンジ色になった頃、私達は机の上にあるブックタワーを全て入れ替え終えた。

 近くにいた館員に担当区画の終了を知らせると、成果を見た館員は驚くと同時にとても喜んでくれた。

 古い書物はこのまま水に溶かして再利用させるらしいのだが、あまりの働きぶりに今回は特別報酬としていくつか貰っていいことになった。

 貰った書物は全部で三冊。



 ・歴代の魔術師と黒歴史人

 一冊目、歴代の有名な魔法使いと異世界者の軌跡を記した本。魔法の教養としても実用的だし、異世界者の私には要チェックだ。


 ・神器 解体新書

 二冊目、各神器の歴史や使われ方等、色々な目線から研究された成果のような書物。私はこれを熟読しとくべきだろう。


 ・簡単、三分クッキング

 三冊目、料理にそれほど興味がある訳ではないが、旅に出るなら自炊は必要なので勉強せねば。



 上記三冊を貰った訳だが、このチョイスに館員から怪しまれると思っていたのは私の考えすぎのようだった。

 むしろ館員の話によると、駆け出し冒険者の間ではわりと定番らしい。どちらかというとシスターのチョイスとして驚いたようだ。

 もちろん、これらとは別に通常の報奨も発生する。

 番号札に暗号と思しき数桁の数字を刻まれると、それを持って私とブラッドムーンはソフィア・ギルドへと向かう。

 これにて準備は完了。後はギルドで報奨を受け取ってアテナと合流し、いざブラックマーケットだ。

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