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56話「乙女の逢瀬」

 アテナに言われた通りに噴水のロータリーを右に曲がると図書館と思しき建物が見えた。アイボリーを基調にした石を筒状に重ね、その上には確かに玉ねぎみたいな屋根が乗っている。

 ただそれは図書館というよりも宮殿に近い。それもややアラビアンな感じだ。そこを目指しながら道なりに進んでいくと、程無くして図書館に到着である。

 私よりもずっと背の高い木製扉は引いてみると思いのほか軽く、冷ややかな空気が漏れて前髪を揺らす。

 そのまま静謐な空気に飲まれるように中へ入ると、中も石造りの内壁でそこかしこにウッドテーブルが綺麗に並んでおり、上には整理中であろうたくさんの書物が塔のように積み上げられていた。

 

 ――これ、やっつけるんだ。


 あまりの冊数に気が遠くなるが、何も一人でこなす訳ではない。ましてや私は夜までの契約だ。

 塔のような書物を眺めながら進むと、受付と思われる場所にこちらを見ている女性が座っていた。

 ギルドで預った番号札を握りながら館員女性に近付くと、それを見てわかったのか早々と手元の資料と私を交互に見始める。


「すみません。 ギルドからきたバイトの者ですが」

「番号札を見せていただけますか?」

「はい。 こちらです」

「えーと、今夜までの契約ですね。 報奨は出来高しだいで……と。 では業務内容の方ですが――」


 説明された内容はとてもシンプルで簡単なものだった。

 要は古い書物と新しい書物を入れ替える作業なのだという。

 館員から担当場所を指示されると早々に私はそこへと向かった訳だが、あまりに館内が広いので着くまでに結構時間がかかってしまった。

 館内のいたるところ地図があったので迷わなかったのは幸いだが、それでも相当な広さである。教会の建物は愚か、メインホールだけでブルーム村が入ってしまいそうな規模だ。

 やがて担当場所に着いた私は、早速テーブルの上に積み重なるブックタワーを見て絶望していた。

 なんだこれ。いくら時間契約と言っても報奨は出来高なので手を抜くつもりは毛頭無いが、それにしてもバベルすぎる。目の前の本をボンドでくっつけてれば小さな図書館ができそうな勢いだ。

 まあ何を言っても動かなければ始まらない。フンッと鼻息を吹いて気合を入れるて私は作業へと取り掛かった。




 しばらくブックタワーと格闘していると、なにやらヒソヒソとした声が聞こえてきた。

 図書館は静かに過ごす場所と言っても多少の話し声は付き物なので、そのまま気にせず作業を続けていたのだが。

 目の前にある本棚から古い書物を取り出そうと、横並びの5冊分を纏めて挟み持ち上げた時だった。

 本棚にポッカリと穴が開きその向こうには逢引中のカップルがいた。

 サラサラな栗色の髪をした女性が後ろから羽交い絞めされており、絵に描いたような濃厚なキスをしている最中だった。


 ――ちょっ、んもう本当にこんなことする人達いるんだ。


 つい反射的に本を元に戻してしまった。なんだか見てはいけない気がする。

 ん? いや、ひょっとしたら休憩中なのかもしれない。そもそも見てしまったところで私は何も悪くないはずだ。なのに込み上げてくるこの恥ずかしさは何?

 カップル揃ってバイトして自分達のペースで働き、休憩中に逢引ですかそうですか。

 正直ちょっとだけ羨ましい……とか思ってる訳もない。せいぜい低い出来高で困るのは本人達なのだから。

 でも、ちょっとだけ気になるので、もう一回だけ見てみよう。うん、もう一回だけ。

 ついつい気持ちが煽られてしまい、再度本を5冊纏めて持ち上げる。


 ――え? えー! ちょっと、えー!


 次に見たその光景に驚き目が強く開く。

 なんと、栗色髪の女性と濃厚なキスをしていたのも女性だったのだ。その女性は赤茶色のショートヘアをしているが、覗ける顔つきはとても綺麗で中性的でもない。

 見ていた私は頭が真っ白になり、そのまま食い入るように見ていると徐々にカップルのスキンシップが過激になってくる。

 やがて赤茶色の女性の手が伸びて、栗色女性のブラウスの中に消えた時、私は息を飲んだ。

 初めて見る人様のガチ百合な展開に、一瞬にして私の頭は噴火したように熱くなった。理性が爆発している感じで何も考えられない。

 途端、私の頭にヴィエルジュ初夜でのクララとしたキスが思い出され、胸が焼けたように高鳴るとクララの笑顔がフラッシュバックする。


 ――私ってばこんな時に何考えてるのよ、んもう!


 これ以上見たらまずい。体がなんだか火照ってきたし気が変になってしまいそうだ。

 ……もう、変になってるかもしれないけど。

 目を閉じて本を元に戻すと、私は別の本棚から片付けることにした。あの百合カップルはもう放っておこう。

 なんとか落ち着きを取り戻し、反対側の本を端から5冊纏めて持ち上げた。


「あ……いたいた! 月詠お姉さま、み~っけ!」


 すると今度は向こう側にブラッドムーンが見える。もしかして幻だろうか、私はそれほどまでに疲れているのか。

 チラチラと恥ずかしそうに私を見つめているが、うん。きっと気のせいだ、そうに違いない。大体宿屋で寝ていたブラッドムーンが、道も知らずにどうやってここまで来たというのか。

 私は自分を誤魔化すようにブラッドムーンから視線を逸らすと、5冊分の本を何事もなかったように元に戻した。

 と、今度は急にその5冊の本が押し出されたので慌ててそれらを掴み直し、改めて向こう側を見ると――


「月詠お姉さまのいじわる」


 ちょっとだけ唇を尖らせているブラッドムーンがいた。

 どうやら本当に来てしまったようだ。


「どうやってここまで来たのよ」

「えへへ~。 ついてきちゃった」

「よく入れたわね」

「え? だってここ図書館だよ? 誰でも入れるに決まってるじゃん」


 それもそうか。

 今は多忙の為に作業をしている人が多いけど、業務中も普段通りに会館すると窓口の館員が言っていた。

 しかしこの仕事は出来高制なので、ブラッドムーンと遊んでいる時間は無いのだが。

 困った風にブラッドムーンを見ていると、彼女は悩ましげな目になって呟いた。


「お姉さま? なんでそんな目がとろ~んとしてるの? もしかして……」


 言いながらブラッドムーンは本棚越しにこちらへ詰め寄り、本を抜いた隙間から私に顔を近づけてきた。

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