55話「ギルドでバイト」
ギルドとは――
地域に住む人々から多様な依頼を請け負ってそれをハンターに斡旋したり、あるいはお尋ね者を指名手配してハンターへ告知する場所だ。
ギルドの課す試験をクリアすれば晴れてハンターになれるが、憧れるのは体力と野心に溢れる若者が殆どであり、最近では私こと天乃神月詠もちょっと憧れている。
というのも、このハンターという職業はその性質上、世界を渡り歩くことが必要不可欠なのだが、お爺ちゃんを見つける為に世界を旅したい私には打ってつけなのだ。
クララの病が解決したら二人でハンター試験を受けてみようと思っているのだが、今は先ずそのクララの病を治すべく、ここソフィア国に来ていた。
そんな訳でまずは宿屋に部屋を取って休憩し、各々これからの過ごし方を纏めているところである。
ベッドに座った私が被っていたヴェールを取ると、出入り扉に背を預けながらアテナが話し出す。
「で、月詠さんはブラックマーケット始まるまでどうする?」
「夜からだっけ? アテナさんはハンターで仕事でしょ? それまでに終わるの?」
「終わらせるから大丈夫。 宿代も稼いどきたいし」
私達はソフィアへ入国して早々にブラックマーケットが催される酒場の地下へ向かったのだが、残念ながら前述の通りに夜開始とのことで門前払いになったという訳だ。
ブラックマーケットにいる闇医者シエルに会えば、クララの患っている病の治療法が解るらしいのだが……。
「んー、私もハンターになりたいな。 すぐには無理だろうけど、今回の遠征はクララの件だし。 やっぱり私が頑張らなきゃ」
「月詠お姉さま、クララって誰?」
「あー。 そういえばブラッドムーンちゃんには言ってなかったね。 クララは――」
ベッドで寝転ぶブラッドムーンに魂約者であるクララの話をすると、何故か面白く無さそうな顔をされる。
別に何も怒らせるようなことではないはずだが、ブラッドムーンは口を尖らせて頬をリンゴ色に染めご立腹の様子だ。
「ふ~ん。 月詠お姉さまにそんな相手がいたんだ」
「うん……なんで怒ってるの?」
「怒ってないよ!」
「ほら怒ってる」
言ってブラッドムーンはベッドの中に入るとシーツに包まってしまった。
今回も節約したいからシングルベッドなので、寝るまでに機嫌が直れば良いのだが。しかし何故ブラッドムーンが怒ってるのか本当にわからない。
丸まったブラッドムーンに優しくツンツン指でつつくと、アテナがこちらを見て笑いながら言う。
「二人共、何やってるのさ。 あれならハンターじゃなくともギルドでバイトでもする?」
「バ、バイト!?」
あまりに身近すぎる言葉に一瞬我が耳を疑う。
まさかハンターにも正規雇用とか派遣とかパートみたいな格差社会じみたランクでもあるのだろうか。
驚きのあまりにツンツンを止めてベッドから立ち上がりアテナに詰め寄る。
「バ、バイトってアルバイトのこと!?」
「そ、そうだよ? 何驚いてるの?」
「いや、別に……私の世界にもバイトとかあったからちょっと驚いたの」
「そうか、それでさ、月詠さん」
「何?」
「顔、近いよ」
何事も無かったかのようにコホンと咳払いをしてベッドに座る。
しかし助かった。バイトができるなら今の私でも少しは家計の力になれるだろう。
そうと決まれば、その後の話は早かった。
機嫌の悪いブラッドムーンはそのまま部屋待機となり、私達はソフィア・ギルドへと向かった。
結局ブラッドムーンの不機嫌の理由はわからないけど、報奨が出たらジュースでも買ってあげよう。彼女は吸血鬼なのだから大人しく部屋にいるならそれに越したことは無い。
☆ ☆ ☆
綺麗に整った黄土色の石畳を歩き続け、いくつもの区画を進み、曲がり、時に露天商に営業され、私とアテナはソフィア・ギルドに着いた。
田舎のブルームの建物とは違い、レンガ造りの大きな建物は比較的にだが近代ヨーロッパを思わせる雰囲気だ。
ソフィア国全体としても人通りは多いし、道中の露天はそこかしこにあってバザーみたいな賑わいを見せている。
ギルド館に入るなり私はアテナ付き添いの元、窓口にいるギルドアドバイザーと話して依頼請負をする。
「シスターさんがバイト? へえ珍しい、もしかしてお姉さん遍歴のシスターかな?」
「ええ。 そうです」
「失礼ですがお隣の方は?」
「俺はハンターだよ。 彼女がバイトしたいって言うから請負の手筈を教えるために付いて来たのさ。 奴隷商人じゃないから安心してくれ」
「夫婦手を取り合って頑張ろうってとこですか? 羨ましい話ですね」
「「ふ、ふうふ!?」」
「え? あれ? 違ったんですか?」
「いやその……結婚はまだ、な? ツクヨミ?」
「え、ええ」
「『まだ』ですか。 これはこれは幸先が良さそうですね」
アドバイザーからの羨望の眼差しに恥ずかしさを覚えながら私は依頼請負を済ませた。
請け負った内容はまさにバイトだった。そりゃそうだが。
危険性は無いがとにかく人手が欲しい依頼も舞い込むようで、一般人の他にも駆け出しのハンターが主な請負人らしい。
今回受けた『ソフィア図書館での書物整理』もやはり危険性は無く、とにかく人手が欲しいようで採用枠も多めに設定されていた。
このような仕事は通常のハンター仕事に比べて報酬は格段に少ないが、その分安全性は見ての通りで時には主婦もくるとのこと。
「それじゃ夜までの請負で報酬は働き次第、と。 ではこの番号札を持って図書館まで行ってください。 後は現地のスタッフの指示の通りにお願いします」
「りょう~かい!」
アドバイザーから数字が彫られた木札を預ると、次はアテナが手馴れた様子で請負を済ませた。
数日前のブルーム・ギルドでハンターになったばかりのアテナが何故あんなにも手馴れていたのか。気になってはいたのだが、つまり彼女もバイト歴が長かったのだろう。今夜寝る時に色々聞いてみるとしよう。
そしてギルド館を後にした私達は仕事先へと歩いた。
アテナはソフィア国を出ての仕事となるらしいが、その前に私を図書館まで送ってくれるとのこと。何をするにしてもアテナありきなのがちょっと申し訳ない。
でも私がバイトをするのはアテナも嬉しいようで、図書館までの道中は私よりアテナの方がテンションが高かった位だ。
歩き続けていると、アテナが立ち止まって先に見える噴水を指差す。
「見える? あの噴水ってロータリーになってるんだけどさ」
ロータリーって、そんな言葉まであるんですか。まあ馬車のロータリーってことなんだろうけど。
ん? つまり馬車がタクシーみたいな感じで利用できるってことなのかな?
ヴィエルジュの世界観が私の中で日を増すごとに身近になっている気がする。
「子供が何人か水遊びしてるところ?」
「そうそう。 あの噴水を右に曲がると、玉ねぎ屋根の大きな建物が見えるからそれが図書館だから」
「りょう~かい。 ここまでありがとね」
「んーん、むしろ途中まででごめん。 私も準備して向かうからそんな余裕なくてさ」
「気にしないでいいよ。 アテナさんなら大丈夫だろうけど、体に気をつけてね」
「うん。 お互い頑張ろう!」
そして私達は手を振ると別々の方向を歩みだす。
そういえばアテナはどんな仕事を請け負ったのだろう。私の仕事なんて本の整理だから心配無いけど、男勝りのアテナはソロでボス狩りしそうな勢いだ。
素朴な疑問が心にできると、それに合わせたようにアテナが振り返り――そしてアテナは言った。
「それじゃ! ちょっとドラゴン倒してくる!」




