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54話「理の国 ソフィア」

 結局のところ、ソフィアに着いたのはウィード荒野を出て約二日後の昼下がりだった。

 例のオアシスみたいな休憩所を出てからはろくに休む場所も無く、鮎の日干しとバジリスクの燻製肉にマンゴーもどきが大いに役立った。

 あの野盗三人組の一件以来、ブラッドムーンはすっかり私に懐いて今じゃ本当の姉妹みたいである。

 そんな訳で私達は今、午後の太陽に照らされながらソフィアへの入国審査を受けている最中だ。

 大きな門の入り口に鎧を着た厳めしい男女の兵士が一人ずつ、それから通行口の脇にある窓口にがめつそうな中年監査員が一人。そこで若夫婦は入国税を収めると身体検査を終えた。

 全ての審査を無事済ませると、兵士も監査員も堅苦しい声で「「「ようこそソフィアへ」」」とビシッと敬礼して若夫婦を中に招き入れる。

 通行口を越えて中に入った若夫婦は、向こう側から微笑んで手を振り別れの挨拶を述べる。


「私達はこれで。 アストンマーチンさん達のおかげで無事に辿り着きました、ありがとうございます」

「ツクヨミさんとハーマオニーちゃんも元気でね。 あなた達との道中面白かったわ。 それじゃまた」

「いえ、俺達の方こそ助かりました。 ありがとうございます」

「クッークック! いずれ忘れられし忘却の彼方にて邂逅を果たそうぞ!」

「最後くらいきちんと挨拶しなよ、もう。  すみません、この子がこんなんで本当にすみません」


 私達も別れの挨拶を返し若夫婦を見送ると、次はいよいよ私達の入国審査だ。

 アテナが前に出て背荷物を降ろし、中身を兵士二人に公開する。


「これで全てさ。 地元で収穫した野菜に果物、道中に狩ったバジリスクの肉。 食べ物と自家製ハーブ薬が殆どだ。 それから武器は俺の脇差に、そこのシスターが持ってる弓矢と短剣、あの魔女っ子は見ての通り魔法使いだ」


 兵士達は毛先一本まで確認するように私達三人とアテナの背荷物を何度もじろじろ見た。

 空港でゲートを潜るだけの現代日本では考えられない空気の重さにちょっとたじろぐ。

 するとそれが挙動不審に映ったのか、女兵士の方が疑いの眼差しで私を睨み始めた。


「シスターが弓矢? 珍しいな、修道士の武器は鈍器か拳が相場だと思ったのだが?」

「こ、この弓は持ってるだけなんです。 彼が戦う時も私は荷物持ちで、ただ指示に従って武器を渡すだけ。 シスターと言いましても遍歴のシスターなので武術の心得は無く、護身用の短剣だけなんです」

「ふむ。 次に魔女っ子、その歳で魔法使いとは信じられん。 そしてその眼帯は何か? ふざけてるのですか?」

「クックッ……。 んな、なにをー! ならばその身を以ってとくと――」

「待て待てハーマイオニー、落ち着くんだ」


 怪しくなり始めた空気をアテナがとりなし、男兵士も今の空気を望んでいないのか女兵士をなだめる。

 正直この入国審査で私が異世界人だとばれるのはどうなのだろうか? もし黒髪がばれて何か聞かれたら、孤児だったので生い立ちは知らないとでも言おう。

 女兵士とブラッドムーンが視線をぶつけて火花を散らし、アテナと男兵士が割って入り話を再会させたところで、さりげなく私はヴェールを深く被り直す。


「いやーすまんすまん。 こいつは日頃、女が何で男仕事してるんだってバカにされることが多くてな。 こいつなりに舐められまいと頑張っているだけなんだ。 かわいい嬢ちゃん、許してやってくれるかい?」

「班長、余計なことは――」

「新米は黙ってろ! お前こそ余計なことは言わないで入国審査をきちんとするんだ。 お前の仕事は何だ? 女性二人の身体検査だろう、イチャモンつけることじゃない」

「ですが、あの歳で魔法使いなんて、変な眼帯まで付けて班長は何も思わないですか!?」

「お前はバカか!? お前も女なら察しろよ! あーいった怪我の類には何も触れてやるな。 あんな小さな女の子ならなおさらだろ」

「ではこの如何にもな魔女風の身形は何だと言うのですか!?」

「多感な年頃なら魔女っ子ごっこに夢中になる時もあるだろうよ。 お前だって小さい頃似たようなことやってたじゃねーか」

「はい?」

「錆びて鞘から抜けない剣を持ち歩いてたろ? そんで――」

「は、班長! その話は……」

「『この伝説の剣は』とか何とか言って、うんたらかんたらで……」

「私が悪かったです! すみませんでした! この通りですからその話はお止めください」


 どうやら女兵士も思春期時代は中二病を患っていたらしい。つまり終わってみればオチは同属争いってことになるのか。

 女兵士はさっきまでの強面な顔付きとはうってかわって、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせながら班長へ何度も頭を下げていた。


「俺に謝ってどうする。 あの子に謝れ」

「……申し訳ございません」


 班長が新米女兵士にきつめの注意をするも、言われたブラッドムーンはぶす~っとした顔で女兵士を睨みつけるばかり。


「許さないもん」

「いやいやハーマイオニー、許してあげなって。 女性が男性社会で働くのって実際大変なんだから」

「んー、月詠お姉さまが言うなら……よし。 それじゃ必殺技を教えてくれたら許す」

「「「「はい?」」」」


 ブラッドムーン以外の全員が同時に声を出した。

 よりによってこんな時に何を言っているんだ。後続の審査待ちの人がいないので、誰も聞いてないのが不幸中の幸いである。


「クックック……! そなたも遊休の時をまどろむ者なのだろう? ならばその真名と秘儀をゆえ!」

「だってよ、どうするんだ」

「くっ……おのれ、私の忌々しい過去を根掘り葉掘りと」

「クックック……わらわは黒歴史により創られし暦の修正作用にして終着点なり」

「班長、このような戯れは――」

「はぁ~。 子供一人すらも笑顔にできないで、国民の笑顔を守ろうってのか」


 入国審査待ちの後続がいない為か班長も悪ノリしている。

 この女兵士とは強情さ故に融通が効かず一悶着あったが、今となっては生真面目そうな性格が災いしてちょっと可哀相になってきた。


「そらよっ!」


 班長はにやにや笑いながら何かを女兵士に投げつけた。

 反射的にキャッチした女兵士はそれを見るなり、眉間にしわを寄せ眉をピクピクと動かし顔を真っ赤にさせる。


「こ、ここここれは……! 班長! こんな物を一体何処から!」

「お前の父ちゃんからだよ。 生意気言ったらこれで黙らせろってさ」


 女兵士が手に持っているのは、おそらく中二病時代に持ち歩いていたと思われる例の錆びた鞘と剣だ。

 真剣ながらも、見るからに無骨で古臭くて鞘の抜き口までもが錆びているなまくらだ。両手の平にそれを乗せて強くわなわなと震えている。

 なんともシュールな光景ではあるが、ブラッドムーンは女兵士を見て少々楽しそうにしていた。


「ほう、それがそなたのいう聖剣か。 さあ、その力でわらわを楽しませてみよ!」


 ブラッドムーンが促すと辺りをしきりに気にしだす女兵士。まさか、まさか本当に中二病を披露する気なのか。

 バカな真似はよした方がいい、止めようとも思ったがブラッドムーンのウキウキした顔を見ると止められない。アテナも同じようで私達は揃って苦笑いを浮かべる。

 女兵士は辺りから人が比較的少なくなったところで鞘を上に向けて柄を握り締め、そして口を強く凛々しく結ぶ。

 歳はきっと私とそう変わらない。それだけに中二病モードを発動させると笑えない。ブラッドムーンみたいなごっこ遊びじゃなく、ただの痛い人に見えること間違い無しだ。

 きっと負けず嫌いで逃げない性格なのだろう。だがその誠実さが今回は仇となった。

 やがて女兵士が背筋を正した――その時、風が吹いた。


「我は神に使えし処刑者エクスキューショナーセイントセイバー! 天より賜りし聖剣『エクスカリバー』より繰り出す神技『ファンタジーオペラ』にて不浄なる者を裁く!」


 そしてこの場の誰もが言葉を失った。これは予想以上だ。

 まさかエクスキューショナーのセイントセイバーでエクスカリバーからのファンタジーオペラとは、これは相当な中二病患者である。

 女兵士の口から飛び出すのは、せいぜい約束された勝利のうんたらかんたら程度だと思っていたが、セイントなセイバーさんだけに最早エクスカリバーは標準装備なのかもしれない。

 涼しい表情でしれっと立ち姿を決める女兵士改めセイバーさんだが、正した背筋とはそぐわずに顔色は真っ赤っ赤だった。無理しちゃって、まあ。

 皆が侮蔑のジト目でセイバーさんを見る中、ブラッドムーンだけは目を輝かせて彼女を強く見つめている。


「クーックック! 良いだろう、いずれその聖剣の真の姿を聖戦の時に見せてみよ。 今は精々その銀刃を磨いとくが良い」


 だから鞘から抜けないんだって。そういう設定だけど錆びてるだけなんだって。

 同属を見つけて心底嬉しそうにするブラッドムーンにそんな野暮ったいこと言える訳もなく、班長と監査員(さっきから黙ってるが目配せは絶やさない)を含めた私達四人は乾いた笑い声を発するだけだった。




 その後、すっかり空気が良くなった入国審問は滞りなくすらすらと進み、私達は無事入国を済ませた。

 入国税は貨幣か現物か選べたので、アテナは慣れた様子で「現物にします」と言って野菜果実と肉類を少量渡して納品を済ませた。

 身体審査の方だが、私とブラッドムーンはセイバーさんにあんなところやこんなところを触られまくったが特に何も無くクリア。

 唯一私の黒髪について質問されたが、アテナが「こいつの髪が綺麗だから奴隷市場で買った。 詳しくは知らない」と言ったらそれで終わり。

 私も自分の生い立ちは知らないと伝えると、詮索されるどころかセイバーさんは同情するように私の肩に手を置いた。

 そして心配していたアテナの身体検査だが、彼女はローブを捲くると包帯をグルグルに巻いており「道中野盗に襲われた」と言うとボディータッチは見逃された。確かに嘘は言っていない。

 審査をパスした私達に班長とセイバーさんは「ようこそソフィアへ」と言って中に促すと、窓口の中年監査員もにこやかに私達を受け入れた。

 ついに私達はソフィアに着いた。後はブラックマーケットで闇医者シエルと会ってクララの病について聞くだけだ。

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