月詠無双 「霊長類最侠女子」
ブラッドムーンは吸血鬼だ。
だからツバの広いマジック帽子で日光を避け、熱く陽が照らそうとも手足はすっぽりと長袖とスカートで隠している。
吸血鬼だから太陽が嫌いだ。でも今のブラッドムーンの目には、眩しい陽光がとても頼もしく見えた。
見上げる視線の先には高木の枝で立ち尽くす人影があった。背負う後光がとても目に痛くて直視できないが、その声には聞き覚えがある。
「お待ちなさい!」
凛として力強い、自信と覇気を漲らせた若い女の子の声だ。その声が響くと、さっきまで落ち着きの無かった野盗共が揃ってその人影を睨みつける。
人影の手にある大きなバナナのようなシルエットがとても目立ち、ひらひらと風に踊る衣類はとても艶やか。
「な、なんだなんだ!」
ボロ巾着を纏ったノッポの野盗がどもりながら精一杯の去勢を張るも、人影は歪み無くその場で立ち尽くしていた。
握っているバナナ状の得物を杖のようにして立つ姿は、実に堂々としており名のある武将のようだった。
女武将が得物で枝を叩くと大きな音が鳴り、それは野盗共を存分に怯ませる。
「幼き乙女がまどろむ最中に、下卑た心で純潔を穢そうと企む下郎共。 その魂……粛清してさしあげます!」
歯切れの良すぎる劇的な物言いにブラッドムーンは確信する。
自分を助けに来てくれたのが、密かに姉のように慕っている天乃神月詠なのだと確信する。
月詠が凛々しく断罪を宣告すると、リーダー格であるチビ野盗が一歩前に出て叫ぶ。
「誰だお前は!? 名を名乗れ!!」
「下郎共に名乗る名など無い!!」
言って月詠は背にある矢筒から数本の矢を掴み、チョコバナナに添えると纏めて一斉に放った。
月詠が遊技『因果桜砲』を放つと野盗共はあちこちへ走り回り、三人を分散させることに成功する。更に放った矢の一本がノッポのお尻に刺さり――
「うおおおおおおお!! 無理無理!! あんな矢の雨避けれねえよ!」
そのままノッポはお尻を押さえて悲鳴を上げながら何処かへ走り去ってしまった。
チビは部下の情けない背中を見つめ、地団駄を踏みながら叫んでいる。
「待て! 待つんだ! 相手は小娘一人だぞ! おい! この、くそっくそっ! ……あの腰抜けめ~!」
これで残りは二人。
月詠は勢いそのままに、次は足元に置いておいた果実をデブに向けて投げる。
親子でキャッチボールをするような優しいピッチングに、デブは思わず果実を受け取る為に両手を広げた。
この動きもやはり月詠は予見していた。デブは食べ物に対する執着が強いのだ。
これが罠だと悟ったチビは当然デブへ注意を促す。
「避けろ、カッパ!」
そう呼ばれたデブは確かにハゲだった。しかしチビの注意を聞く訳も無く、デブは喜んで果実をキャッチする。
食べ物が潰れるのを黙って見ているだけのデブなど存在しない。
もちろん、これは罠なのだが。
月詠はデブが掴んだ隙に肥えた三段腹へ矢を放つ。動きもしない的に月詠が外す訳も無く、当然のように矢は命中してデブは大声を上げて泣きじゃくる。
「痛ぇえよぉ~!!」
痛さに堪えきれなくなったデブは、キャッチした果実を思わず投げ飛ばしてしまい、その方向にいたチビの顔面に直撃した。
突然の衝撃にチビは意表を突かれ、そのまま意識を遠のかせながら仰向けに倒れる。
「なん……だとっ」
手足を大の字に広げ気絶したチビの巾着衣からは、ジャラジャラと金銀銅貨が零れる。月詠は意外なドロップアイテムにちょっとだけ目を奪われた。
これで残りは一人。
最後は見るからに動きも頭も鈍そうなデブである。しかも三段腹に矢が刺さり手負い中なのだ。
さすがにこの程度の相手ならば矢を使わずに倒せないと成長できないだろうと思い、月詠はチョコバナナを振りかざすとデブ目掛けて高木から飛び跳ねて叫んだ。
「浄化してあげるわ! その身に刻みなさい!」
痛みに苛まれるデブは空から降ってくる月詠に気付くことも無く慌てるばかり。
そして月詠がスマッシュを脳天に打ち込んで着地すると、デブの頭上ではヒヨコが楽しそうにピヨピヨと踊っていた。
しかしそれでもなお、月詠は攻めの手を緩めるつもりは無かった。このデブはブラッドムーンに直接乱暴をしたのだから、月詠の怒りは当然である。
「はぁぁぁぁあああ!」
チョコバナナを横から薙ぎ払いみぞおちに当てると、デブは大きく腰を曲げくの字になって腹を押さえる。場所が悪かったのか、呼吸もままならずに悲鳴すらも発せられない。
デブは苦悶の顔で月詠を睨むが――もう遅い。
次に月詠は、そのまま下からチョコバナナを掬い上げ腹にめり込む一撃を打ち込み、更に力を入れ踏み込んでチョコバナナを振り抜いた。
「さあ、覚悟はいいかしら!?」
ついに月詠の一撃はデブを空へと吹き飛ばした。
およそ――先程まで月詠が立ち姿を決めていた高木の枝辺りだろうか。女子高校生の彼女でも馬鹿力を発揮すればデブでさえこれである。
やがて落下を始めたデブにも月詠は敵意を露にしていた。チョコバナナをくるりと一回りさせ、片足を振り子のようにしてタイミングを狙う。
「これで終わりよ! フォーリングスタァァァア・ホォォォオムラン!」
そしてデブがストライクゾーンに入った所でチョコバナナを振り抜くと、打撃は芯を捉えて軽快な音を鳴らす。
叫んだとおりに流星と化したデブは見事にホームランされ、遠くまで飛ばされると徐々に小さくなりそのまま見えなくなってしまった。
「成敗っ!!」
最後まで立っていたのは月詠ただ一人だった。
蒼穹の空すらも睨むその佇まい、今の月詠はまさに霊長類最侠女子だろう。
始終を黙って見ていたブラッドムーンは月詠に心を奪われた。それも完全に、これ以上ない位に。
自分を助けてくれただけでなく、野盗を文字通り吹き飛ばした月詠に感動すら覚えた。
だからブラッドムーンが月詠に胸をときめかせたのは、何も不思議なことではないのだ。
ブラッドムーンは立ち上がると同時に駆け出して月詠に飛び込み、彼女の胸のに顔を埋めてひっそりと呟いた。
「月詠……お姉さま」




