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52話「ブラッド・マジシャン・ガール」

 行商人(若夫婦二人組みだった)と合流した私達三人は、商品運搬用の馬車に乗せてもらいソフィアを目指す。

 しばらくは拗ねたブラッドムーンの機嫌取りに苦労していたが、何度かモンスターと遭遇する度にブラッドムーンをたてて狩りをしていたら徐々に機嫌は直っていった。

 夫婦の前というのもあり紳士モードで下手に出るアテナが、傍目からは優しいお兄様って感じで眼福ものである。

 もちろんブラッドムーンもハーマイオニーと呼ばなければならないのだが、男装歴の長いアテナはともかくブラッドムーンまで俗名に慣れた風なのには驚いた。

 戦闘中に呼ばれても直ぐに反応し、まるでその名に長年親しんでいるみたいだ。


「もうすぐ水場に着きますので、ここらで昼の食料を調達します?」


 馬の手綱を引く若旦那が荒野にいるモンスターを眺めながら話す。

 人の手が入らない自然のフィールドでは、食物連鎖の流れに乗って魔力の集束と発散は頻繁に行われ、動物からモンスターになる率が非常に高い。

 どんなに強い捕食者でもやがて老衰で朽ち、魔力の蓄積された死骸を食べた動物達が上位捕食者となる。その流れもあってモンスターには専ら好戦的な肉食獣が多いのが常。

 とりわけウィード荒野は干ばつの進んだ荒地で、雑草や細い木々がまだらに生えている荒地だ。

 ここに来てからも、ゴブリン、狼、猛禽類といったモンスターとエンカウントしてばかりで、草木の少ないここでは草食動物にでくわしていない。


「そうですね。 昼もすっかり越えちゃってますし、ここらで捌いて休憩地でバーベキューにしますか」


 アテナが答えると、若旦那が手綱を引いて馬を止める。

 しかしモンスターを狩ってバーベキューとはこれまたワイルドだ。マンガみたいな骨付き肉とか食べたりするんだろうか。

 私達は戦闘準備をして馬車から降り、点々とするモンスターを目指しながら陣形を整えていると、背後からは若夫婦の声援が聞こえる。


「それじゃアストンマーチンさん、頼みます」

「了解。 運賃分は働きますよ」

「ツキヨミさんとハーマイオニーちゃんも頑張って~!」

「任せてくださ~い!」

「クーックック! 我が茫然たる魔力の胎動、しかと見届けよ!」


 魔力が茫然としちゃダメだろう。そこは忽然とか超然じゃないのか。

 内心ブラッドムーンに突っ込みを入れながらチョコバナナを手にし、背負った矢筒へ手を伸ばす。

 前衛は剣を構えたアテナ、ミドルレンジは弓矢を構えた私、後衛は仮装魔術師のブラッドムーン。これまでと同様にセオリーの型でモンスター達に近寄る。

 私達三人が近付くにつれ、まばらだったモンスター達も戦闘態勢となり徐々に徒党を組み始め、こちらへの敵意を露にする。

 そしてモンスターが一纏めになったところで、ブラッドムーンが先手を打った。


「ブラッドマジック!」


 杖もない仮装魔術師は詠唱もすらも無く、真っ赤な雫を己の頭上に創りだす。

 そしてそれを投げつけるような仕草でモンスター達へと放った。


「あっち行けーっ!」


 あどけない掛け声と共に矢のような速さで飛ばされた雫はモンスター数匹に当たり、そこを中心に巨大な火柱が発ち昇る。

 パチパチと音を鳴らしながら燃え盛る様がなんともエグさを醸し、生きながらに火葬されるモンスターがちょっと可哀想だ。


「ハーマイオニーすごい! 血海無しでもこんな派手なのできるんだ!」

「クックック。 見よ、これぞ我が――」

「終わってないよ。 まだまだだね」


 喜ぶ私とブラッドムーンをアテナが嗜める。

 その言葉に発ち昇る火柱へ視線を戻すと、火中にある影が蠢いて大きな咆哮が聞こえてきた。


「さて、私が囮になるから月詠さん頼んだよ。 余裕があったら矢を節約して短剣でもやってみて」

「りょう~かい!」

「ハーマイオニーはモンスターを黒焦げにしないように注意して。 あれでも私達の食材なんだから」

「クックック! わらわは手加減の仕方を心得ておらぬ故、ランチはウェルダンのステーキとなるであろう!」


 そしてモンスター達が火柱の中から現れた。降り注ぐ火の粉を振り落とすように、猛然とこちらに走ってくる。

 ゴブリンは毛皮がチリチリになっておりちょっとマヌケだが、涎を撒き散らしながら唸ってるので相当怒っているようだ。そりゃそうか。

 他にも狼と鳥類の雛みたいなモンスターもいるが、その中でも見るからに手強そうなのがいる。

 長い手足には鋭い爪があり、大きな口からはギザギザ状の牙が見える。外皮は硬そうな鱗に覆われ、全身茶色の荒野の申し子みたいな猛禽類だ。

 アテナはそいつ目指してまっしぐらに駆け寄ると、他のモンスター達も自然とアテナに群がる。

 こうしてランチ前の食材調達戦がついに始まった。




   ☆   ☆   ☆




 一仕事終えた私達は、場所を変えて小池に移り昼下がりのランチをしていた。

 ここには水があるので植物や木々が生えており、馬車を引いてた飼い馬も水を飲んでいる。隣にはミーアキャットみたいな可愛い小動物もいてとても和む。

 私達は焚き火を囲うように肉を刺した串を立て、更にそれを囲いながら休んでいた。


「あー、これはバジリスクっていうんだよ。 元々出産数が少ないからあまり見ないけど、その分他のモンスターより手強いんだ」


 結局私達が倒せたのはこのバジリスク一匹だけである。

 このバジリスクというもの、今バーベキューにされているのがさっきまで戦っていた猛禽類なのだ。

 あまりに手強く、牙には毒性もありアテナと私の二人がかりでなんとか倒したが、他のモンスターには逃げられてしまった。

 というのも、誤ってバジリスクに噛まれた狼は毒殺され(当然食用にならない)、巻き込まれるのを嫌った他のモンスターは対象を若夫婦へと変えたのだ。

 バジリスクの相手で手一杯だった私達だが、ブラッドムーンが若夫婦を救いなんとか事なきを得た。

 よって目の前にはアテナの手で綺麗に捌かれたバジリスクが串焼きにされている。


「いやー、モンスター達がこっちに来る時はどうなるかと思ったよ」

「あの時、ハーマイオニーちゃんが助けてくれなかったら私達今頃どうなってたか」

「クーックック! 安息の対価はこの肉で以って清算としようぞ」

「良いわよ。 ハーマイオニーちゃんは育ち盛りなんでしょ? ささ、どんどん食べてね」


 ブラッドムーンは若夫婦にすっかり気に入られていた。しかも意外と馴染んでいる、中二病でやり取りしてるのに……。

 この後もしばらく談笑に耽り、バーベキューを楽しんでランチを済ませた。

 見るからに硬そうなバジリスクだったが、そのお肉は随分と柔らかくてとても美味しかった。

 アテナがいうには、バジリスク捌きの職人が処理すれば頭部にある毒も抜いてタンや頬肉も食べられるらしい。




 食事を終えた私達は一息済ませてから各々の準備を始める。

 アテナはバジリスクの残り肉を燻製にして保存食に。若夫婦は馬の手入れで水辺へ。私は果実を摘む為に木に登る。ブラッドムーンはミーアキャットみたいなのを追いかけて何処かへ遊びに行ってしまった。

 シスターが木登りをする光景というのは少々品を欠いてる様に思われるが、私は半分アマゾネスみたいなものなので仕方が無い。

 マンゴーみたいな果実をいくつか摘んだが、当面の食用としてもう少し集めても良さそうなので、そのまま木々をハシゴすることに。

 しばらく集中して摘んでいると気付けば皆から離れてしまった。遠くを見ればアテナと夫婦が点になっているので、この木で最後にしよう。そう思った時だった――


「へっへっへ! 可愛いお嬢ちゃん、ほら美味しいお菓子があるからついておいで」

「やっ! あっち行って!」


 近くからブラッドムーンの声が聞こえる。

 枝の隙間から声のした方を見ると、そこは絵に描いたようなチビ、デブ、ノッポの野盗三人組がブラッドムーンをさらおうとする場面だった。


 ――うへえ、ロリコンか。


 まあブラッドムーンなら血魔術で軽く蹴散らせるだろう。

 あの可愛いロリな外見に騙されて少しは痛い目を見るといい。あんな野盗共は直ぐに裸足で逃げ出すこと間違い無しだ。


「そう言うなよ、一緒に楽しいことしようぜ~!」

「だからいや! こないでよ!」


 と、思っていたがさっきまでの戦闘でブラッドムーンは燃料切れのようだ。これはまずい。

 リーダー格のチビがアゴで指図するとデブは頷きブラッドムーンに詰め寄り、彼女の小さな両腕を鷲掴みにしてズルズルと力任せに引っ張り始めた。

 最早一刻を争う。ただこのまま降りて駆け寄っても人質にされたら面倒だ。

 私はその場でチョコバナナに矢を添え、デブとブラッドムーンの間に目掛けて矢を放った。

 矢は見事に二人の視線を裂くように地へ刺さると、デブは手を離して尻餅をつき残りの野盗共は後ずさりチビが舌打ちをしてぼやく。


「くそっ! こんな時に!」


 ブラッドムーンはその場にぺたんと座り込み、野盗共は矢を放った主を探しキョロキョロと右往左往し始める。

 その間に私は群がる木々から這い出るように枝先を歩き、やがて事態を見下すように高い位置から姿を表した。

 よし――今だ。


「お待ちなさい!!」

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