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51話「アストンマーチン」

 ベッドで寝ていると、開けていた窓から入ってきた微風がカーテンを揺らしながら優しく額を撫でる。

 予算の都合でシングルベッドに三人で寝ていたのでさすがに熱くなり、いつの間にか三人とも衣類を捨てて肌着だけになっていた。

 毛布なんて当然とうに投げ捨てて薄いブランケットを被るだけだが、三人の体温がそれぞれを温めあうので調度良い。


「んー……」


 先日は一日の間に色々ありすぎて相当疲れていたのか、ベッドに入るなり早々に寝付いてしまった。

 あの温泉での一コマは私の人生における黒歴史なので、永遠に虚空の彼方に忘れ去ろうと思う。

 あの後、しばらく温泉でゆっくりしていたら一仕事終えたアテナも入ってきて、そこでようやく普通の女子旅みたいな雰囲気になった。

 アテナの裸体を見て気付いたのだが、昨日だけでダンジョンにボス戦、その後にブラックリスト狩りと一仕事したにも関わらず、アテナの肉体は無傷も当然だった。

 グリーンハーブ薬の働きもあるだろうが、アテナ曰くハーブ薬は本来の肉体能力を引き出すだけなので、スタミナの高い者程効能も大きいのだという。

 

「お姉さまぁ~」


 私とアテナの真ん中に挟まって寝ていたブラッドムーンが寝言をぼやいている。

 しまらない寝惚けた顔でとろ~んと気の抜けた瞳で私を見つめながら、そのまま私の胸元に潜りこんで来た。

 以前ブラッドムーンは月乙女という姉妹の存在をほのめしていたが、おそらく私をお姉さんと間違えているんだろう。自分で言うのもあれだが確かに面倒見は良い方かもしれない。

 もちろん嫌な気はしない。呼び捨てされたり懐かれたりと、私としてもなんだか妹ができたみたいだ。


「月詠さんモテモテだね~」

「アテナさん起きてたんだ」


 するとアテナがにやにやと含み笑いをしながら私達を見ていた。

 一体いつから見られていたのか。ちょっと恥ずかしい。

 誤魔化すように仰向けになると、これまたわざとらしくアテナに昨日の成果を尋ねる。


「昨晩の手配者狩り、どうだったの?」

「んーとね。 魔狼と隠遁した自称賢人様の2件だね。 賢人様は人間だから捕獲だけど」

「人間の手配者もいるんだ……」

「迷惑行為が酷かったりすればそりゃね、罪人だと生死問わずの手配者もいるんだから」

「賢人様は?」

「随分とリスに懐かれていたお爺さんだったよ。 ただの迷惑行為だから捕獲ってより保護だね」

「リスとお爺さんの組み合わせか、可愛いねー。 魔狼の方は?」

「群れが寝てる時にリーダーの魔狼だけ闇討ちした」

「さすがですね……」


 手際が良すぎることこの上ないアテナだった。頭目を失った狼達は狩りもままらなずに飢えていくだろう。

 話し終えるとアテナは起きてベッドから出ると、着替えるなり外へと向かって行った。


「それじゃギルドに行って来るね。 ハンター証と手配者狩りの報奨を貰ってくるから」

「いってらっしゃーい。 食堂で待ってるから」

「りょうか~い!」


 しかしアテナってば随分と楽しそうだ。確かに生活費稼ぎがそのまま人助けになるのだから、やり甲斐はあるだろう。

 ハンターか。クララと旅するのにも良さそうだし、ちょっと興味が湧いてきた。アテナに相談してみよう。




   ☆   ☆   ☆




 その後、しばらくして目を覚ましたブラッドムーンと共に食堂へ向かった、のは良いのだが。

 ロリっ子がダボダボのローブを着てフードを被っている姿というのは思いのほか目立ち、朝食中にもかかわらず村民達の視線がちょっと痛かった。

 それもその筈である。村民から見れば小奇麗なシスター(それも弓があるので怪しさ増加中)が、みるからに貧しそうな孤児を連れまわしているように見えるのだから。

 名前といい服装といい、ブラッドムーンが外社会で暮らしていくには思っていたよりやっつけ事が多そうである。


「ねえ、月詠。 何でみんなこっち見るのかな?」

「さ、さあねぇ~? 何でかな~?」


 作り笑いで誤魔化すと、ブラッドムーンからジト目が返ってくる。

 その視線にすら気付かない振りをしてサラダを食べていると、食堂の扉を開けてアテナが入ってきた。

 アテナはそのままマスター(小さな店なので店員はマスターしかない)にモーニングコーヒー、サラダ、ソーセージ、ブレッド、フルーツヨーグルトを頼むと私の隣に座った。言うまでも無いがアテナは朝からガッツリ派である。


「ブラッドムーンちゃん、この後、村を発つ前にちょっと武具屋に寄るからね」

「え? 私? 月詠じゃなくて?」

「月詠さんの装備はもう十二分に揃ってるって。 それよりも君だよ、君。 せっかく戦闘力があるんだから役に立って貰うよ」

「戦闘に参加するのは良いけどさ、日光が当たらない服装じゃないと……」

「その辺はきちんと考えて目星を付けたから大丈夫。 見た目通りの冒険者スタイルになるから」

「見た目通り?」


 ブラッドムーンは首を傾げ、頭に疑問符が付きそうな表情で答えた。

 しかし服装の問題はこれで解決だ。アテナのチョイスなのが些か不安ではあるが、まだ買っていないのなら私が何としても服を選ぼう。

 きっとまた男勝りの装備に違いない。現状でもパーティには『剣or槍』と『短剣or弓』で戦士系は二人もいるのだ。ただでさえ女子力が欠け気味なのに、これ以上女子力を枯らしてどうする。

 せめてブラッドムーンだけでも可愛い格好でパーティに華を添えてくれないと。


「な、何よ月詠……」


 私は期待を込めてブラッドムーンの顔を見ると、彼女は微妙に顔を引き攣らせながら私を見返す。

 一体ブラッドムーンは何を怯えているのか。


「二人共そんな目で見ないでよね。 先に言っておくけど、私はあなた達の着せ替え人形じゃないから!」


 その言葉に気付いてアテナを見ると、アテナも私を見ており目が合った。

 ブラッドムーンの言葉からすると、私達は二人とも似たような考えを持っていたのだろう。

 私とアテナのぶつかった視線から火花が飛び散る。この戦い、どうやらお互いにとって退けないバトルになりそうだ。


「あれ? アテナさん、その首飾りは?」


 よく見るとアテナの首元に無骨な鉄製の首飾りがあった。


「ああ、そうそう。 これがハンター証だよ、見てみる?」


 アテナが手にして私に差し出したそれは、ジャラジャラと鈍い音を鳴らして首飾りというよりネックチェーンと言った方がしっくりくる。

 チェーンには軍隊のネームタグみたいな鉄板と、黒光りした鉄板が2枚、合計3枚のタグ括られていた。

 鉄板には『アストンマーチン』と刻まれ、黒鉄板には『ブラックハント1Pt』と刻まれており、それが何を示しているかは明らかだ。


「アテナさん、名前はアストンマーチンにしたんだ。 紳士っぽい響きだね。 この黒鉄板は手配者の報奨?」

「そうそう、ネームタグと報奨印章が2件分。 指名手配ブラックリストだから黒色の印章なんだってさ」

「へ~! 実は私も今ハンターにちょっと興味があってさ、後で教えてよ!」

「いいよー。 ソフィアでも何拍かするだろうし、その時にでも」

「そういえばソフィアまではどうやって行くの?」

「ソフィア方面に向かう行商人に話を付けといた。 荷台に乗せてもらうから楽ちんだよ」

「え? 良いの?」

「見返りとして、ウィード荒野での護衛と食料の調達が私達の役目だけどね」

「ギブアンドテイクか」

「そういうこと」


 話がある程度纏まったところで調度アテナの朝食が配膳され、その後は食事を済ませて武具屋に向かった。

 この武具屋までの僅かな道のりでさえも、さっき同様に村民からの視線が集まっていた。やはり視線の多くは私とアテナに向けられ、孤児を餌にお慈悲を募って私腹を肥やすシスター(弓武装中)と吟遊詩人(剣武装中)にしか見えないようだ。

 背後から聞こえるヒソヒソ話が実に気まずい。早くなんとかせねば……。




   ☆   ☆   ☆




 武具屋に来て試着をするなり、私とブラッドムーンはとても驚いていた

 アテナが目星を付けていた装備品が思っていたよりも女子力の高い、というよりもメチャメチャ可愛くてブラッドムーンにお似合いだったのだ。

 ブラッドムーンもその装備品をいたく気に入り、即断即決で購入しその場で着替えることとなる。 

 試着室から出てきたブラッドムーンはとても絵になっていた。


「クークック! 我が絶大なる血の波動を感じるか?」


 そこにいたのは一人の魔女っ子だった。

 まずは定番、邪眼の描かれた紫色の大きなトンガリ帽子。先っぽには小さなカンテラがぶら下がり、ツバはとても広くて日除けもバッチリ。

 帽子と合わせた紫のローブが包むのは、真紅のブラウスと黄色いリボン。スカートも紫でフリフリした生地は床まで届きそうに長く貴婦人のよう。

 私は今のブラッドムーンを見るなりとても興奮していた。


「なにこれ! ちょ~かわいい! 見るからに魔女っ子じゃん! それもホウキ使わないで空飛んじゃう大魔女だよこれ!」

「クークッック! 我が絶大な――」

「でしょー? 月詠さんもこれならありでしょー? この格好なら、彼女の血魔術を見られても魔法使いって理由で説明つくもん」

「ですよねー! さっすがアテナさん!」

「……クークック! 我が――」

「それじゃ、そろそろ行こうか。 行商人がもう村の出入り口で待ってると思うし」

「うんうん。 もう行こうか、清算は大丈夫? いつもアテナさんに頼りっきりでごめんね? 私も稼げるように頑張るからさ」

「我が絶大な――」

「すいませーん! この魔女っ子セット買いまーす! あ、そうそうブラッドムーンちゃん、ちょっとお願いが――」

「もういいもん!」


 私とアテナが夢中でマシンガントークをしていたが、ブラッドムーンはそれについて来れず拗ねてしまい、その場で半泣きしながらしゃがみ込んでしまった。

 すると――


「そうそうそれそれ! ブラッドムーンちゃんわかってるねー!」


 ブラッドムーンがしゃがみ込むと、大きなトンガリ帽子が床まで落ちてスッポリとロリ吸血鬼を覆い隠してしまった。 


「やだ~! なにこれ! ちょ~かわいい~! アテナさんセンス良すぎ~!」

「でしょでしょ? 店員さんほら、ハーリーハーリー! このまま着てくからねー!」


 この後、私とアテナはグズったブラッドムーンをなだめるのに半日を費やすはめになった。

 ついでにブラッドムーンの俗名をこてこてな美少女の名前にするのを余儀なくされ、魔女っ子コスのロリ吸血鬼の俗名はハーマイオニーで落ち着く。

 元ネタはあれだが、西洋の女性名としてはさして珍しくもないだろう。

 ツクヨミ(中距離)、アストンマーチン(近距離)、ハーマイオニー(魔術師)とパーティ構成だけは順調な私達の旅路は今日も幕を開ける。

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