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50話「ブラッドムーンナイト・メイデン」

 私とブラッドムーンは月光花の明かりを頼りに森を進み、標識に従って西へ進むと湯気が発ち昇る温泉へと辿り着く。

 丸みのある岩を並べて囲い、底には不規則に石畳が敷かれ、旅館にある露天風呂みたいな感じだ。

 教会の水浴び場に比べればさすがに規模は小さい。それでも露天風呂としては十分な広さだし、他に人もいないようなので独占状態である。

 着くなり早速着衣を脱いだ私が水辺で湯浴びをしていると、隣にいる全裸のブラッドムーンが元気にジャンプして温泉に飛び込んだ。

 バシャっとした音と同時に飛沫が上がる。跳ねた温泉が顔にかかり目を細めると、中ではブラッドムーンがバタ足でバシャバシャと泳いで温水プールみたいに楽しんでいる。

 おかしい、本来温泉は楽しむ場所じゃなくてくつろぐ場所だ。というか吸血鬼が温泉って……水じゃなければ良いのかな?


「いやっほー♪」

「ちょっと、温泉で遊んじゃいけません!」

「ちぇ~」


 つまらなそうに唇を尖らせるブラッドムーン。14歳にあるまじき子供っぽさに呆れてしまう。

 私は溜め息を吐くと囲い岩に手を置き、片足ずつ温泉へと入る。中には段差があり良い具合に座れそうなので、まずはそこに腰を下ろして半身浴。

 全身浴をする前に体の傷を確認しておこうと思い、ブリーンハーブ薬を塗った箇所をあちこち確認し始める。


「月詠、何してるのー?」

「今日は体に傷がいっぱい付いちゃったからねー。 薬の効き目を見てるの」

「ふ~ん。 人間って大変だね」

「え、えぇそうね。 傷の大半は地底バトルで誰かさんが召喚した巨大ドラゴンが原因なんだけどさ」

「いや~、それほどでも♪」

「褒めてないよ……」


 話しながら体のあちこちを調べた私は信じられない事実に気付いた。

 何箇所にも塗ったグリーンハーブ薬、その全ての箇所が殆ど完治に近い状態にまで傷が癒えている。

 驚きのあまり、いや感動のあまりに目を輝かせて声を上げる。


「お、お、お……おぉー! すごーい!」

「どしたの?」

「傷が殆ど治ってるー!」


 さすがにゲームにあるような回復魔法には負けるが、それでも常識では考えられない回復の早さだ。

 元はただの薬草なのに、いやきっとその薬草の効能が良いのかもしれない。クララ率いるシスター達の腕もあろうが、正直これ程とは。

 確かにこれなら大量生産する訳だ。開発したクララの偉業を垣間見た気がする。伊達に教会随一の頭脳の持ち主ではないということか。

 感心した私が座ってる段差を下げ、肩まで浸かり全身浴をした時だった。


「痛っ!」

「大丈夫? 傷、治りきってないんじゃない?」


 うなじの辺りに痛みが走る。どうやら傷に気付かず薬を塗ってなかったようだ。

 そんなに酷い痛みではないので大した傷ではないだろうが、念の為にブラッドムーンに見て貰おう。


「んーん。 塗り忘れがあったみたい。 ちょっと傷の具合見てくれる? うなじのところなんだけど」

「良いよー」


 返事をしたブラッドムーンが近付いてきたので、背中を向けてうなじを見せる。

 そのままゆっくりと湯船に浸かっていると――ブラッドムーンがこれまでにない強さで私の肩を掴みだした。

 別に傷口に触れられてる訳ではないので痛くは無いが、ちょっとだけ驚いた。


「ちょ! どうしたの?」


 驚いた私は反射的に肩へ置かれた手を払い除ける。振り向いたそこには瞳を爛々と輝かせて頬を紅潮させたブラッドムーンがいた。

 その顔を見てから思い出した。しかし解き既に遅し――


「月詠……ペロペロして良い?」


 その口の中には鋭利な牙がある。

 ブラッドムーンは吸血鬼。そんなことを何故私は忘れていたのか。

 ってペロペロですか。吸血鬼と言っても所詮はロリ吸血鬼。ロリなのは見た目だけだと思っていたのに。

 ブラッドムーンは盛ったような顔付きで、というより盛っている。吸血鬼なので血を見てしまえば仕方が無いが。しかも今日は私達とバトルをして大量に失血している。

 そのままゆっくりとした足取りで私に迫るブラッドムーン。


「いや、待ってブラッドムーンちゃん」

「待てない」

「えー……」

「月詠ペロペロ」

「ペロペロだけ?」

「ペロペロだけ!」

「噛みつかない?」

「噛みつく!」

「はいダメー!」


 両手を重ねてバツ印にして拒否。

 舐める位なら良いかと思ったけど、噛みつかれるのは嫌なので拒否。

 最早ブラッドムーンにかつてのボスとしての迫力や恐怖は全く無い。

 それにても吸血衝動とは言ったもので、今のブラッドムーンにとても理性があるとは思えない。


「お願い! お願いだから!」

「だって痛いのヤダもん」

「痛くしないよ~! 優しくするから~!」

「噛みつかれて痛くないわけ無いじゃん。 血とかすごいんでしょ?」

「痛いのは最初だけ! 血もそんなに流れないし、慣れれば月詠も気持ち良くなるから」

「なんで私が気持ち良くなるのよ」


 良いながらブラッドムーンが私の手を掴み、上目遣いで見つめてくる。


「吸血鬼のツバには獲物が逃げないようにする快楽刺激があるのよ」

「それ危なそうだよ! 絶対に麻薬か何かだよ!」

「獲物に毒注入する訳無いじゃん。 それに治癒効果もあるし」

「治癒効果?」

「そ、私の再生力は知ってるでしょ? だから、ね? 大人しく私に吸われてよ。 今日は誰かさん達のおかげで、い~っぱい失血しちゃったからなあ」

「…………」


 そう言われるとちょっと弱い。

 アテナにも私が面倒見ると言った手前、きちんとブラッドムーンの衝動も管理するべきだろう。

 そもそも吸血鬼にとっての血飲は死活問題なので解消しなければならない。人間の体の6割が水分であるように、吸血鬼の体の大半は血液なのだから。


「良いでしょ良いでしょ? ね? お願い!」

「どうしよっかな」

「わかった! じゃあ先っぽだけ! 先っぽだけで良いから!」

「本当に先っぽだけ?」

「うん! 絶対に先っぽだけ! 神様に誓います!」


 吸血鬼が神に誓ってどうする。そこは例のお父様じゃないのか。

 人差し指を口に当て夜空を見上げながら考え込むと――後ろから何かが飛びつき、うなじに粘性のある何かが這うのを感じた。

 ちょっと目を離した隙にブラッドムーンが背後に回り、背伸びをするとペロペロし始めたのだ。


「えー、んもう……しょうがないなあ」


 根負けした私は囲い岩の段差の所に移動して半身だけ浸かり、そのままブラッドムーンに背中を許した。

 水面には夢中でうなじを舐めるブラッドムーンが映り、まるでミルクを飲む子猫みたいで可愛い。

 そのまま動かずに背を任せていると、本当にうなじの辺りが痺れ始め気持ち良くなり始めた。

 これはまずいと思った私は一旦休憩を挟もうと思ったが――


 ――少しだけ、後少しだけ。


 その少しが終えられない。魔性の快楽である。

 くすぐったい心地良さに体の力が抜け始めると――カプッと噛みつかれた。

 傷口から少し外れたところ、左側の首と肩の間辺りに一噛み。先っぽだけの約束は当然のように破られ、私の体内にまで深く突き刺さる。

 そしてそのまま血を吸われ、ゴクリと一度ブラッドムーンのノドが鳴る。


「ふぅ……」

「ん? もう、終わりなの?」

「うん」


 仕上げとばかりに噛みついた箇所を一舐めするとブラッドムーンが私から離れた。

 意外とあっさり終わったので拍子抜けしてしまう。

 傷口に手を当てると確かにうなじも噛みつき痕も完治していた。


「あれれ~? その顔、もしかして気持ち良かった? あはっ、目がトロ~ンとしてる!」

「気持ち良い訳……ないじゃない」


 血を抜かれたのに体を火照らせた私は、恥ずかしさのあまりにブラッドムーンが向ける視線にも合わせる事ができない。

 正直物凄く気持ち良かった。映画でよく見る、吸血鬼に血を吸われながらも心奪われ朽ちゆく人の気持ちを味わった気分だ。

 吸血鬼恐るべし!!

 しかしなんだろう。自分が快楽に落ちている様を見られるのはこんなにも恥ずかしいものか。心の中を覗かれたような感覚だ。

 赤らんだ顔を見られたくない私は、目を背けながら温泉から出る。

 すると――


「え? あれ?」


 心は強がっても体は正直で、軽い立ち眩みと体の痺れに足元がふらついてその場で転んでしまう。

 元々疲労困憊なのに、湯船に浸かって血を吸われて無理をすればそりゃそうだ。

 それにしても効き目が凄すぎてハーブ薬の立場が危うくなりかけたが、よくよく考えれば幾ら傷が一瞬で治ると言っても、思考を鈍らせて体に痺れも残るしダンジョン内では使えないだろう。

 やはりシスター製のグリーンハーブ薬のが使い勝手は良い。


「いたた……」

「月詠ってば無理するから、まったくもう!」


 口の中に鉄の味が広がる。拭うと手にはベットリと血が付いてるのでどうやら口の中を切ってしまったようだ。

 他にも体を見ると、囲い岩の所で転んだ為か脇腹と内ももにも擦り傷があった。流鏑馬の初練習の時じゃあるまいし、私は何をやっているんだか。

 ぎこちない手付きで囲い岩に腰を下ろし、自嘲気味な苦笑いをブラッドムーンへ向ける。


「月詠……月詠……月詠!」

「ひぃっ!」


 そこには痺れの抜けきらない傷だらけの乙女に欲情した暴君がいた。

 暴君は目をギンギンに血走らせながら乙女の全身を舐め回す様に眺めている。

 言うまでも無く私とブラッドムーンだ。

 我ながらなんてマヌケなんだろうと、何処か冷静に突っ込んでいる自分がいた。

 どうやら私は覚悟を決めねばならないようである。


「えーと……口の中、それから太ももに脇腹ね」

「いや、その、薬塗れば大丈夫だから」

「ヴィエルジュの君主たるお父様、今宵も乙女と交わり生き血で渇きを潤せる平和に感謝します」

「少しも平和じゃないし! ダメってば! ブラッドム……」

「だまらっしゃああああああああい!!」

「ヒィィィィイッ!」


 お父様に感謝のお言葉を述べて、私を黙らせたブラッドムーンはスゥ~ッと大きく息を吸い込んで何やら意味不明な言葉を叫びだした。


「ダッディ! ウィーアー! ボヨヨン、ボヨヨン! アーアーアー!」


 その後、私は血のブラッド暴君タイラントと化したブラッドムーンに強引に唇を奪われると、乱暴に口の中に舌を入れられてしまい濃厚なキスをされてしまった。

 口の中が完治した後は、内ももに脇腹と立て続けに舐められ続けてしまい、全ての傷が完治すると全身に痺れと気持ち良さが覆う。

 体が満足に動かなくなった私は、そのまま痺れが取れるまで虚ろな眼差しになり――ただただ夜空を見上げていたのだった。

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