49話「花畑の村 ブルーム」
花畑の村ブルームへ向かうべく標識の示した方向を進む。
標識の位置から東へ2キロと書かれていたが、歩き始めると程無くして日は沈み辺りが暗くなる。
視界は徐々に暗がりに慣れてくるが、それで見通しが良くなる訳でもない。それでもなおアテナはカンテラを灯さずに歩き続けているので、そろそろ灯りを頼もうかと思っていると――
アテナの足元に何やら光るものが見えた。
「わあ~! 綺麗~!」
よく目を凝らせばそこには七色に光り輝く綺麗な花が咲いており、私の眠気が吹き飛ばされると乙女心が目を覚ました。
更に行く先を見ると、道端には光る花が星座のようにぽつぽつと点在しており、道を明るく照らし出す光景は私達を村まで誘っているみたいでとても幻想的だ。
感動の余り足を止めてしゃがみ込むと、近くで咲く一輪の光る花へ撫でる様に手を伸ばした。
「可愛いお花~!」
物珍しそうに眺めていると先行くアテナが振り返り、私を見て含み笑いを浮かべる。
「月詠さん初めて? それは月光花って言うんだよ。 元はモンスター除けとして造られた百合科の花なんだ」
「へえ~! 確かによく見ると百合の花だね!」
「月詠、もしかして知らなかったの? 割とどこでも咲いてるよ?」
「……え? 品種改良なのに?」
ちょっとビックリである。
人為的に創り出された花なので、まさか野性化してるとは思いもしなかった。
それと月光花の情報もそうだけど、何よりブラッドムーンの標準語に驚いた。
「月詠もしかしてこっちの世界に来てから、まだ日が浅い? 花粉が風に飛ばされると、やがて何処かの地で花が咲くの。 月光花は今となっちゃ完全に野性花よね」
「あれ……?」
「なに?」
「いつものブラッドムーンじゃない……」
「……! クッークック! 我こそは血染めの月に狂い咲く月夜花。 決して花に夢中で忘れていた訳では――」
「無茶しちゃって……」
隣で立っているブラッドムーンによると然程珍しくないみたいだが、もちろん私は月光花を見るのは初めてだ。
私がヴィエルジュに来ておよそ二ヶ月程度だが、それが長いか浅いかは判断に困るところ。
教会近辺の森を夜歩いたことは当然ある。それもクララとの結魂初夜だけでなく、秘密のお茶会で使うフルーツ採取の為にこっそりと抜け出たことが何度か。
心当たりが無いまま困っていると、顔に出ていたのかこちらを見ていたアテナがフォローに入る。
「月詠さんが初めてなのも無理ないよ。 教会近辺では迷彩目的で春初めに芽を狩りつくしちゃうからね」
「……どーりで」
そういえばいつかサイサリスが言っていたのを思い出す。
教会では敷地一帯を秘匿する為に様々な工夫をこらしていると。月光花の芽摘みもその一環なのだろう。
「まあそのお陰でモンスターが蔓延ってる訳だけど。 でも人間ほど怖い魔物はいないし、仕方ないかな」
「狩猟の女神たるアテナさんならモンスター程度は余裕だろうしね」
「ははは、ありがとう。 まあモンスターはともかく、普通の動物相手なら友達になっちゃうサイサリスさんのが優秀かな」
「クックック……ならばわらわのことは血の女神と呼んで――」
「あー、そういえばアテナさん。 ブラットムーンちゃんの呼び名も考えなきゃ」
「え? 私の呼び名?」
「それもそうだね。 それとさ、何気にブラッドムーンちゃん私の呼び方に困ってるでしょ? さっきから月詠さんは呼び捨てにしてるのに、私のことは全く呼ばないもん」
「うっ……」
「まあ君が月詠さんに懐くのは当然だし、それは別に構わないけどさ。 今後もあるし、村に行くまでちょっと三人で呼び方について考えようか」
アテナが言うことは最もだ。特にブラッドムーン、彼女が如何にロリ系だとしても、さすがに痛いごっこ遊びをするような歳には見えない。
もし人前でもブラッドムーンの中二病ごっこを許せば、人々の痛い視線は私とアテナにも注がれてしまうのだ。
私が立ち上がるのを合図にアテナが正面へ向き直ると、私達は互いの俗名(あだ名?)について話し合いながら村を目指した。
☆ ☆ ☆
花畑の村ブルームに着いた私はとても心が躍っていた。
明るい原色系の屋根を持つ小さな民家が一定間隔を置いて建ち並ぶ様は北欧風で、その間隔にある各家庭の趣が反映された花畑を窓から漏れた明かりが照らしている。
月光花のような目新しい花は無かったけど、チューリップにポピーやパンジー、他にも名前の知らない色鮮やかな花々が咲き誇りどれもみんな綺麗だ。
見惚れて動かなくなった私をアテナがずるずる引っ張りながら歩き続けると、やがて周りの民家より少し大きな建物に着く。
木製扉の上には大きな看板が飾られ『ブルーム・ギルド』と記された文字が刻まれており、私とアテナ(既に紳士モード)は現在その中にいた。
「それでは確かに。 ハンターの受理を承りましたので、只今よりあなたはハンターでございます。 ただし、ハンター証の仕上がりは翌日となりますので朝になりましたら再度お越し下さい」
「え? 試験とか無いの?」
「それはもちろんございます。 ですが、さっき預けられた戦利品の山からして、その必要はないと判断させていただきました」
「ははは、良いね。 話が早くて助かるよ」
「ありがとうございますぅ~♪」
「ちなみに現在、請負仕事あるか? 何でも良いんだが」
そんな訳でいきなりだがアテナはハンターになった。いつぞや朝食の時にシャマルやギブリが言ってたやつである。
早速アテナはダンディなイケヴォイスでギルドの受付嬢(既にときめいた顔してる)に仕事の有無を聞いていた。
このジェントルイケメンのハッピースマイルがハンター試験のパスに一役買ってると思うのは勘繰りすぎだろうか。
しかしアテナはまだ体力が有り余っているようだが正直私はもう休みたい。きっとブラッドムーンだってそうだ。
ちなみにブラッドムーンは食堂にお使いへ行ってもらい、軽食のテイクアウトを頼んでいる。
今やってるハンター証発行の手続きを終えた後は、ブラッドムーンと合流してから宿屋に荷物を置いて食事を済ませ、仕上げに温泉で汗を流してから眠りたい。
「ねえ、今日はもう疲れたから寝ようよ」
私が訴えるような眼差しをすると、受付嬢はそんな私を見てアテナ(紳士モード)との仲を誤解したのか、残念そうに溜め息を吐く。
「はあ……。 残念ですが、本当に残念ですがこんな田舎ですので依頼は殆ど無いんです。 ここを利用される方の大半は戦利品の売買とブラックハンターさん位のもので」
「ブラックハンターが来るってことは、指名手配書はあるんだな」
ブラックハンター?
聞き慣れない言葉に首を傾げていると、アテナは目を輝かせて受付嬢の言葉に喰い付いた。
とても嬉しそうなアテナではあるが、声色が感情に全く左右されていないので男装歴はかなーり長そうだ。
まあ教会の遠征は専らアテナが行ってるようなので当然と言えば当然か。
「は、はいっ! この奥にある待合所に貼り出されていますので御確認下さいませ!」
「わかった」
「では先程預りました戦利品の見積もりが済みましたら――」
「ああ。 待合所にいるから声をかけてくれ」
するとアテナが受付テーブルから離れて奥へと向かおうとしたので、当然のように私はアテナの手を引いて止めた。
「ねえ、本気?」
「気にするな。 お前達は食事を済ませて先に休んでいると良い。 俺は精算金を待つ間に標的の目星をつける」
「で、今夜狩るんでしょ?」
「そうだな。 資金面的な理由もあるが、少しでも早く困っている人を助けたい気持ちも確かにある」
「へ? 困っている人?」
「こんな田舎のギルドでもブラックハンターが来るらしいからな。 先を越される前に手配書を持って行く」
「あー! ブラックハンターってもしかして指名手配書の狩りを専門にしてるハンターのこと?」
「む、そういえばハンターについて大した説明もしてなかったな。 すまない」
「いいのいいの気にしないで。 そっかあ、モンスターにしたって悪漢にしたって被害者が依頼して初めて指名手配されるんだもんね」
もやっとしたのがスッキリしたので気分が良い。
そういうことなら確かに少しでも早い方が良いだろう。私達の資金的にも、被害者達の為にも、アテナなら確実に粛清できる。
理解した私は悩む間もなくアテナに了承の意を示すと、彼女の言葉に甘えてお先にブラッドムーンと合流させて貰う事とした。
木の扉を開けてギルドを後にする。そういえばハンター証には名前が刻まれるらしいが、一体アテナは自身の俗名を何にしたんだろうか。
その後は食堂に行ってブラッドムーンと合流し、宿屋に行って部屋を借りるとアテナから預っていた背荷物を速やかに下ろす。
お腹を空かせた私達は、買ってきたサンドウィッチとレッドハーブ薬(クララ製の滋養強壮ドリンク)で夕食を済ませた。
代金に関してだが、宿代も軽食代もアテナが事前にお金を用意してくれたので何も困らなかった。
明日からは私も稼がねば……。お金の勉強もしなきゃ……。
ブラッドムーンと二人して欠伸をするが彼女も体がベタ付くまま寝るのは嫌なようで、本日最後の一仕事として私達は汗を流すべく温泉へと向かった。




